危険な二人
五人は割と騒がしい。
結局、夕食の時間まで本を読んでいたセラフィナは、その輪に途中でエーリヒが加わっていたことにも気が付かず、分厚い一冊を読み切った。途中で、少し寒いなと思ったものの、すぐに暖かくなったのは、エーリヒが肩掛けをかけてくれたからだそうだ。リーゼが悔しそうな顔をしながら言っていた。
「……お前たち、ずっと本を読んでたのか?」
吹雪の中外出していたカイルが、呆れた顔で言った。
「セラフィナさんは、一日中ですね。私たちは、合流組です」
「ちゃんと、お昼ご飯は食べたじゃない」
「セラ、あれは食事というより、葉っぱだよ」
「動いていないから、あれでいいのよ」
リーゼ、セラフィナ、エーリヒにより、カイルは大体の事情を把握した。ちらりとアルベルトを見ると、まだ本を読んでいるが、意識はこちらに向いていて、少し安心した。カイルはリーゼに確認した。
「それで? セラは何を食べたんだ?」
「ちょっと、カイル。どうして私にだけ尋問が始まるの? みんなだって、本を読んでいたのは同じだわ」
セラフィナは、カイルに抗議したが、その声は誰にも届いていない。
「お昼には、生のスイバを数枚、齧っていました」
「…………は?」
「スイバ、です。ご存じありませんか?」
間の抜けた声を出したカイルに、リーゼが繰り返す。しかし、カイルの疑問はそこではない。
「ご存じなんだけどな。そこじゃなくて、どこからスイバ?」
それなー、と言ったのは、エーリヒだ。
「気づいたら、食べてたんだよね」
腕を組んで考えるエーリヒに、セラフィナが当然のように言う。
「リーゼではないの?」
「さすがの私も、違います」
四人は、揃ってアルベルトを見た。
「……俺のわけ、ないだろう」
アルベルトは、呆れたように片手を振った。
「気がついたら、一人でスイバをもぐもぐしてたぞ? 両手は本で塞がっているし、器用なものだと思ったが」
「口に入ってきたから、食べただけよ。私は、てっきりリーゼが食べさせてくれたのかと思っていたわ」
セラフィナの言葉に、エーリヒが頭を抱えた。
「――口に入ってきたものを、見もしないで食べるの? この子、どうやって生きてきたの?」
「こうやってです」
リーゼがテーブルにあったビスケットを、小さく割ってセラフィナの口に持っていくと、彼女は何の疑問も持たずにパクリと食べる。もぐもぐと口を動かすセラフィナを見て、エーリヒもリーゼの真似をした。
「…………何も思わないんだ?」
唖然とするエーリヒに、セラフィナが口を動かしながら首を傾げた。カイルが、片手で目元を覆って下を向き、盛大なため息を吐く。もう、何も言えなかった。
「――それで、スイバはどこから出てきたんだ?」
読んでいた本を閉じて、アルベルトが聞いたが、その答えは誰にもわからなかった。
夜、アルベルトは部屋で一人考えていた。
狭い部屋、簡素なベッドとテーブルセット。長く座れば腰が痛くなりそうな木の椅子に座り、テーブルに肘をついて顎を預けた。
セラフィナを見つけ出し、すぐに連れ帰るつもりだったのに、何がどうしてこうなったのか。全て自分で決めたことだが、振り返ってみるとおかしな話だ。なぜ、あそこで戻らなかったのか。結果としては、セラフィナの意外な一面を見ることができた。
彼女は不思議な女性だった。落ち着いていて大人びているように見えて、子供のようによく拗ねる。完璧な所作かと思えば、人前で寝顔を晒す。どこか冷たい印象なのに、人に触れられることに抵抗がない。何事も卒なくこなすと思っていたのに、中身はダメ人間だった。
(――そうか。人間なのか)
アルベルトは、ふと顔を上げた。
人は、他人を映す鏡だ、と誰かが言っていたような気がする。自分がとった態度は、相手も返してくるのだと。だから、常に王子たれ、と。
アルベルトは考えた。自分は、彼女の目にどう映っていたのか。自分は、彼女に何をした――?
王子の婚約者であることを押し付けながら、彼女の存在を認めなかった。言葉尻を攻め立て、その内容は無視した。他者への態度を糾弾しながら、自分は彼女に冷たく当たった。
(……興味を失くさないわけがない)
自然とため息が出た。
脳裏をよぎるのは、四人の関係。時には言い争うこともあるし、意見が合わない時もある。特に、セラフィナはいつも呆れられている。それでも、指摘されることに反論しないのは、それがセラフィナのためを思って言っていることがわかるからだろう。
そういったことは、考えたことがなかった。王子である以上、必要がないと思っていたからだ。しかし、このグループに入る時、自分は対等だと言った。果たして、自分にできるのだろうか。
アルベルトは、目頭を押さえて上を向いた。少しの間、思考を停止する。そのまま、身体を倒して、深く息を吐いた。
――違う。
彼らは、意識してそれをしているわけではないし、自分がそれを真似る必要もない。自分がすべきなのは、先入観なく相手を見て、真摯に向き合うことだ。人は、他人を映す鏡なのだとしたら、自分の態度は自らに返ってくるはずだから。
王子ではない自分は、何者でもないかもしれない。アルベルトは、それが怖かった。しかし、セラフィナは「王族であるならこうである、といった一定の評価はない」と言っていたではないか。裏を返せば、何者でなくても評価はされる、ということではないのか。きっと、王子ではない自分にも、誰かが、何がしかの評価をしているのだ。
「――俺は……俺で、いいはずだ」
アルベルトは、まっすぐ前を見て呟いた。そこには白い壁しかなかったが、何かが変わった気がした。自分でもよくわからなかったが、何となく、今日はよく眠れそうだと感じた。
翌朝は、よく晴れていた。夏よりも薄い青をした空は太陽の光を遮るものもなく、降り積もった雪が目に痛かった。昨日一日中吹雪いていたせいで、町中が雪に埋まっているように思えた。
「え、これ、大丈夫?」
エーリヒが、宿の敷地から一歩出て立ち止まった。
足跡はついているものの、彼の膝下まで雪に埋まっている。それでも、そこかしこで住人が雪かきをしており、建物の前は雪がなくなっている。代わりに、家と家の間の敷地に、人の背丈ほどの雪が積まれているのだが。さすがに歩道の雪は残っており、歩くのには雪をかき分けなければならなかった。
カイルは、苦笑いしながら返事をした。
「昨日聞いた限りでは、大丈夫だそうだぞ」
「でも、馬車は使えないでしょ?」
これほど降り積もると、馬車の車輪が回らないのではないか。そう言うと、カイルは雪をかき分けながら歩き出した。
「ここまで積もると、ソリを引かせるんだと。北国は、強いな」
カイルの説明に、エーリヒが「へえ」と感心した。
「それは楽しみだね。ねえ、セ……ラ……?」
後ろを振り向いたエーリヒは、誰もいないことに戸惑った。横にいるカイルと目を合わせ、宿の方へ目をやると、大小三人が歩道の前でたたずんでいる。
「三人とも、どうしたの? 早くいくよ?」
エーリヒが、首を傾げて声をかけると、リーゼが非難の目を向けた。
「あなたたちは、背が高いので雪は膝下かもしれませんが、スタイル抜群のセラフィナさんでさえ、この雪は膝上です。移動不可能です」
「……スタイル云々は、いらないと思うのよ」
セラフィナが横でボソっと呟いた。
「この雪を、ばさっとよける魔法はないかしら」
顎に手を当てて考えだしたセラフィナを、カイルが慌てて止めに入った。
「セラ、やめるんだ。町中で魔法を使うと、騒ぎになるぞ」
それを聞いて、セラフィナは納得して考えるのをやめた。でも、とリーゼは諦めない。
「この雪の深さでは、どうやってもブーツに雪が入ってしまいます」
「俺が先に行って、雪をかき分けるんじゃ、だめかな」
カイルが苦笑いで答えた。歩道には、他にもいくつかの足跡があり、人が歩いた後ならば、少しはマシなようだ。
リーゼは、うーんと考えるが、セラフィナは明るい声で言った。
「まあ、何をしても雪が入るなら、同じよね。行きましょう、リーゼ」
そう言って、一歩踏み出そうとすると、いつの間にか近づいてきたエーリヒに、横抱きに抱えられた。
「ほら、これなら大丈夫だよ」
にこにこしながら言うエーリヒに、セラフィナは頭が追いつかない。口をぱくぱくさせてしまった。
「エーリヒさん! そういうことは、本人の許可をとってから――」
「アルは、リーゼを頼んだよ」
エーリヒは、リーゼを無視して機嫌よく歩き出してしまった。腕の中では、セラフィナが復活して講義の声を上げている。
アルベルトは、「まったく」とため息を吐いてリーゼを見る。リーゼは、何かに気づいて顔を引き攣らせ、一歩下がるが遅かった。ひょいと抱き上げられると、ザクザクと運ばれてしまった。
「おい、俺も足が冷たいのは嫌だ」
アルベルトは、エーリヒに追いついた。
「セラ、やはり魔法を考えろ。強風でも起こせば、雪は消えるのではないか?」
しっかりと抱えられているリーゼは、あまりのことに固まって動かない。アルベルトがセラフィナに魔法を要求したが、後ろから追ってきたカイルに、再び止められる。
「アル! セラを煽るな!」
「町全体を暴風で包めばいいかしら!?」
エーリヒに抱えられて混乱しているセラフィナに、カイルの言葉は届かなかった。
「もういっそのこと、太陽をもう一個作るのはどう? 元素魔法の理論で圧縮した魔力を核にして熱を作り出すの。魔力は見えないから、その周りは火で薄く覆えばいいわ。さらにその周りを熱の膜で覆うようにして、その膜の表面温度は二千度くらいがいいかしら! 上空数千メートルまで上げないと、みんな干からびてしまうわねっ!」
「よし。セラ、核を作れ。俺はそれを上空に上げてやる」
珍しく意見が一致した二人は、本当に魔力を操作し始めた。
「ちょっと! セラ! アル! 何をしようとしてるの!?」
セラフィナを抱えたエーリヒが、魔力を両手に貯める様子に慌てた。
「エーリヒさんが調子に乗るから、セラフィナさんが混乱しています!」
リーゼが、フィエルヴィクの危機を察知して我に返った。後ろで見ていたカイルが、エーリヒに叫ぶ。
「エーリヒ! 馬車の停留所まで走れ! アルとセラを離せ!」
エーリヒは、すぐに走り出す。しかし、雪が邪魔をしてうまく進まない。セラフィナを横抱きにしているので、なおさらだ。バランスを取ろうと、自然に腕に力が入る。そうすると、セラフィナはエーリヒにぎゅっと抱きしめられるわけで、混乱が収まるわけもない。
「え、え、え、エーリヒ! とにかく、おろしてー!」
両手に集めていた魔力が、その圧の差で周囲に風を起こしながら消えていく。結果的に足元の雪が舞い、走りやすくなったエーリヒは、一人だけ吹雪の中のようになりながら、停留所へ走った。
セラフィナの声がコダマする後を、アルベルトが「太陽はどうした?」と呟きながら、それでもリーゼを丁寧に抱いたまま器用に追いかける。エーリヒは、怖くなってさらに走るスピードを上げた。その後を、カイルが慌てて追いかけるが、近づきすぎると、物理的にも精神的にも危険と判断して、ある程度の距離を保つことにした。
まもなく停留所に到着し、セラフィナもリーゼも雪に埋もれずに済んだ。しかし、それ以上のダメージを受けてしまい、大人しく歩けばよかったと、人生で一番後悔した。エーリヒは、ちょっとしたイタズラが町規模の被害にならずに済んで安堵し、アルベルトは「足が冷たい」と呟いた。少し遅れて停留所に入ってきたカイルは、脱力した三人と、寒がっている一人を見て、少しだけ未来が不安になったのだった。
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