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エーリヒの猛攻

エーリヒのヤキモチ回後半。エーリヒが攻めます。

「――セラ、落ち着いて?」

 至近距離から落ちる低い声に、セラフィナの心臓はバクバクと跳ねる。それでも、なんとか声を出せたのは、幼少期から受けた教育の賜物だろう。

「……あなたが、落ち着いた方がいいわ」

 セラフィナがそう言うと、エーリヒは目を細めて、ふふっと笑った。

「ごめん、間違えた。もっと、焦って欲しいんだよね」

 イタズラっぽく笑うエーリヒに、セラフィナは口から心臓がこぼれ落ちるかと思った。かと思うと、彼はすぐに表情を引き締めた。

「ねえ、セラ。俺が来た理由、わかっていないでしょ」

 セラフィナは、ハッと我に返ってエーリヒを見て首を傾げる。

「理由って? まだ何も聞いていないけれど……」

 セラフィナの言葉に、エーリヒが目を細める。

「今日、ギルドで、『後で話そう』って言ったよね?」

 それを聞いて、セラフィナは「ああ!」と声を上げた。そう言えば、そんなことも言っていたような。

「ごめんなさい、そうだったわね。ええと、思い出したから、離してくれる? 座って話しましょう?」

 とにかく距離が近すぎて落ち着かない。心臓の音だって聞こえてしまうかもしれない。だから、セラフィナはエーリヒに座るように勧めた。しかし、彼ははっきりと首を振った。

「だめだよ。理由がわかっていないでしょ」

 その目が真剣で、セラフィナは誤魔化すこともできなくなった。ぎゅっと目を瞑って、両手でエーリヒの胸を押す。それでもびくともせず、むしろ少し近づいた気がする。セラフィナは、観念して素直に彼にお願いすることにした。

「――お願い、少し離れて?」

 目を瞑っているので、エーリヒがどんな表情をしているのか分からない。けれども、「どうして?」という優しい声音に、少し安心した。

「その……近すぎて、落ち着かないのよ……」

 そう言うと、ふふっという笑い声が落ちてきた。

 セラフィナがそっと目を開けて上を見ると、すぐ近くに褐色の瞳が見えて、一気に顔が熱くなった。

「――顔が、真っ赤だよ」

 エーリヒは、蕩けるような瞳をセラフィナに向ける。それが恥ずかしくなり、セラフィナは両手で頬を覆った。しかし、すぐにエーリヒの手が伸びてきて、セラフィナの頬から両手を離してしまった。

「もっと、見せてよ」

 言って、エーリヒはそのまま両手を壁に押さえつけ、じっとセラフィナの瞳を覗き込んだ。目が逸らせない。セラフィナは、手を解こうと力を入れるが、やはり少しも動かない。恥ずかしさも限界で、セラフィナは再び目をぎゅっと瞑った。すると、耳元がふと暖かくなり、エーリヒの顔が耳元にあることに気がついた。

「――少しは、意識してくれた?」

 そっと囁かれた吐息が耳にかかってくすぐったい。セラフィナは、驚いて肩を跳ねさせ目を開けた。それを楽しそうに見て、エーリヒは顔をセラフィナの前に戻す。

「ね、ギルドでイーダさんに見惚れていたでしょ?」

 鼻と鼻が触れそうな距離に、セラフィナは少しも顔を動かすことができない。ただ、緑がかった褐色の瞳を見つめ返すだけだった。

「俺には見惚れてくれないのに」

 エーリヒの言葉に、セラフィナは「え?」と掠れた声を出した。

「アルのことだって」

 エーリヒは、少し目を細めて不機嫌そうに続ける。

「なんか二人で通じ合っちゃって」

 一泊置いて、少し低い声が聞こえた。

「視線で会話するし」

 エーリヒが怒っていることは、セラフィナにもわかった。そして、その理由も、次の言葉でわかった。

「俺、セラのこと好きだって、言ったよね? なのにさ――」

 一度言葉を切って、ゆっくりと唇を動かした。

「俺のことは、全然意識しないの?」

 二人の視線が交差する。いつもは優しいエーリヒの瞳に、焦りと、少しの寂しさが見えた。

 理由はわかった。気持ちもわかった。しかし、何を言っていいのか分からない。セラフィナは、何かを言おうとして口を開き、けれども何も言えずに口を閉じる。じっと見つめられ、氷青の瞳が揺れる。喉が詰まったかのように声が出ず、ただ吐息が漏れるだけだった。

 どれくらいそうしていたのか、こつん、と額がぶつけられ、エーリヒの瞳が閉じた。

「――ごめんね。困らせたいわけじゃ、ないんだ」

 いつもの優しい、静かな声で、ただ、と呟いた。

「ちょっと、悔しくってさ」

 そう言って、エーリヒはゆっくりと目を開く。先ほどよりも、更に近づいた瞳には、穏やかな優しさが戻っていた。セラフィナの瞳を柔らかく覗き込み、そのままゆっくりと離れていった。

 両手がそっと離され、エーリヒが離れていくほどに、セラフィナは身体が冷えていくのを感じた。それは、温もりが離れたからか、それとも――。

 気がつけば、エーリヒの上着の裾を、両手でしっかりと掴んでいた。エーリヒが、驚いた顔でセラフィナを見た。何かを言われる前に、彼女は口を開く。

「意識するとか、しないとか、そう言うのはわからないけれど」

 ええと、と少し考える。何を言おうとしていたのか、よくわからない。しかし、彼を引き留めて話し始めたのだから、最後まで話さなければ。その思いだけで、セラフィナは続けた。

「こ、困るのよ」

 セラフィナが拗ねた顔で言うと、エーリヒが反射的に「――ごめんね」と言うので、セラフィナは泣きたくなった。謝って欲しいのではなくて、と思った。

「だって、こんなに近くにいられると、心臓がうるさいし、考えがまとまらないし……」

 裾を握った手を見つめながら、怒ったように言った。目に涙が溜まってくるのを、必死に我慢する。

「だからと言って、いなかったらいなかったで、さ……寒いし!」

 言っていることがよくわからなくなってしまい、セラフィナはプイッと顔を背けた。

「あ、あなたは、私の護衛でしょう? だったら、は、離れないで、ず、ずっとそばに、いなさいよ!」

 裾から手を離して、腕を組んだ。顔は背けたまま言い切って、少し後悔する。偉そうだっただろうか。呆れられただろうか。けれども、言ってしまったものはしょうがない。このままの勢いでいくことにした。

 エーリヒは、どんな顔をしているのだろうか。セラフィナは、チラリと彼を盗み見た。それが悪手だと思った時には、もう遅かった。

 エーリヒは、それは蕩けるような、指でつん、と突いたら溶けてしまうような、そんな笑顔をしていたのだ。セラフィナは、その輝きに目が潰れるかと思った。まずい、と思い目を逸らしたが、エーリヒが一歩近づいてきた。セラフィナの右手を取り、顔の高さまで上げる。

「――寒いの?」

 笑いを含んだ声は優しく、いつも通り、明るかった。セラフィナは、彼を見ざるを得なくなり、悔しそうに目だけで見上げた。

「寒いわよ。冬だもの」

 つい、言い返すように言ってしまった。しかし、エーリヒは気にすることもなく、にこにことしている。

「えー、その顔は、ずるいな」

 嬉しそうな顔をしながら、エーリヒはセラフィナの目を覗き込んだ。

「――抱きしめたくなってしまう」

 その言葉に、セラフィナは、今度こそ顔に熱が集まるのを感じた。「な、な、な……っ」と、声は出るが、言葉にならない。それを、エーリヒがくすくすと笑って見る。

「――うん、わかった」

 微笑みと共に、何かを納得したようだ。

「俺も、いろいろあって、焦っていたみたい。ごめんね?」

 エーリヒに謝られたが、セラフィナはついていけない。何が何やらわからずに、口をぱくぱくとさせた。

「でも、ちゃんと効果があったみたいだから、気長に頑張るよ」

 いい笑顔で言い切って、上げていたセラフィナの右手に口付けた。

「俺は、セラの護衛だからね。絶対に、離さないよ」

 セラフィナは、引き攣った笑顔で「重いのよ……」と小声で呟いた。

 

 朝の食堂は、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、暖かなスープの湯気で満ちている。その一角で、カイルはエーリヒと朝食を食べていた。そこへ、アルベルトがトレイを手に合流する。最初の頃は食事を自分で持ってくることすらできなかったアルベルトは、今では何の迷いもなく同じテーブルに座るようになった。それを笑顔で迎えて、朝食を続けた。

「セラとリーゼ、遅いな」

 カイルは、食堂の置き時計を見て言った。いつもならアルベルトより早く降りてくるのだが、今日はまだ姿を見せない。

「――セラが、寝坊したらしい」

 アルベルトが、ボソリと言った。彼は最近、寝癖がひどいとリーゼに直してもらっている。セラフィナのことを知っているということは、今日も寝癖が直らなかったのだろう。カイルが「ああ、なるほど」と言ったところで、二人が食堂に入ってきた。

 トレイを手に揃って挨拶をし、二人もテーブルに着いた。

「おはよう。――セラ、寝坊したんだってな」

 カイルが明るく声をかけると、セラフィナはアルベルトをひと睨みしてから、パンをちぎって口に入れた。

「悩みが多い年頃なのよ」

 澄ました顔でスープを飲んでいると、エーリヒがにこにこ笑って問いかけた。

「へえ、何を悩んでいたの?」

 セラフィナは、危うくスープを吹きそうになり、必死で堪えた。過去一番の自制心だった。リーゼの訝しげな視線を感じながらも、何事もなかったかのように通す。

「……本当に、あなたって、たまに性格が悪くなるわよね」

 セラフィナはエーリヒを睨むが、笑顔でさらりと流された。そんな二人を交互に見て、カイルが首を捻った。

「何があった?」

「何もないわ」

 セラフィナは、即座に答えてパンをちぎる。カイルがエーリヒを見るが、穏やかな笑顔が返ってきただけだった。

「……まあ、喧嘩してるとかじゃないなら、いいか」

 カイルは言って、その後は、何気ない話で朝食を終えた。

 カイルが先に部屋に戻り、セラフィナとリーゼも戻っていった。静かになったテーブルで、エーリヒはゆっくりとお茶を飲みながら、セラフィナの顔を反芻する。

 彼女の感情はわかりやすい。いつも澄ました顔をしているつもりでも、キラキラした氷青の瞳のせいで、全く隠しきれていない。しかし、一度令嬢のスイッチが入ると、途端にわからなくなる。そういう時は、だいたい恋愛が絡んでいるのがわかってきた。そうか、あれは動揺を隠しているのか、と思うと、途端に嬉しくなってくる。

「――おい」

 機嫌良くお茶を飲み終え、席を立とうとすると、ようやく食事を終えたアルベルトに声をかけられた。彼は、育ちのせいか食事が遅い。セラフィナも遅いが、彼女は食べる量が少ないので、食べ終わりが皆とそれほど変わらない。しかし、アルベルトは皆と同じ量を食べるので、どうしても食事を終えるのが遅くなるのだ。

 エーリヒが、そんなアルベルトに目を向けると、彼を鋭い目で見ている。

「何? なんか、怒ってる?」

 エーリヒは、アルベルトのこの表情を久しぶりに見たと思った。王宮にいる時、セラフィナが思うように行動せず、イラついていた時の表情だ。今度は、何にイラついているのだろうか。

「何があった?」

 短い言葉に、エーリヒは「ん?」と首を傾げる。それにもイラついたのか、アルベルトの眉間に皺が寄る。

「セラが、お前を見て動揺していた。何をした?」

 エーリヒは驚いた。やはり、この二人は婚約期間が長いだけあって、お互いの反応は理解できているようだ。嫌いあっていたはずなのに、と悔しくなったエーリヒは、アルベルトに意地悪をしたくなった。

「ん? なんだろうね。君なら、セラの反応を見て予想できるんじゃない?」

 爽やかな笑顔で返すと、アルベルトが勢いよく立ち上がった。

「お前、あれが誰だか、わかっているのか?」

 今にも掴みかかりそうな勢いを、エーリヒは軽く肩をすくめて流した。

「魔法使いの冒険者、セラフィナだよ」

「俺の婚約者だ」

「元、だよ」

 エーリヒは、ふう、とため息を吐いた。

「セラは、望んで冒険者になったんだよ。彼女は、君の自尊心を満たす道具じゃない」

 穏やかなエーリヒの口調に、アルベルトは奥歯をギリ、と鳴らした。

「――なんだと?」

 普段は表情に乏しい顔が、人並みに歪んでいく。

 エーリヒは気がついた。王宮では表情豊かに接していた彼だが、演じていただけだと、セラフィナが言っていた。自分の前では、無表情か怒っているかだけだ、と。それは、セラフィナのことになると、激しく感情が動くということではないのか。

(――この王子がセラに向けていたのは、自尊心じゃなくて独占欲?)

 エーリヒは、顔が引き攣りそうになるのをなんとか堪え、余裕の笑みを作って、ゆっくりと立ち上がった。この王子が、セラフィナの意思を無視する行動に出ないように縛るには、どう言葉をかければいいのか――。

「彼女は、君を見ているよ。今度は、君が彼女を見る番だ」

 優しく諭すように言って、エーリヒは部屋に戻った。

 後に残されたアルベルトは、両手を固く握りしめ、エーリヒの後ろ姿を睨みつけていた。

お読みいただきありがとうございます!

エーリヒは、基本距離がバグってます。

今後も少しずつ、ドキドキのシーンを混ぜながらお送りいたします!

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