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やばいやつ

迂闊なセラフィナに、おかしなアルベルトです。

 王都フィオレイドから最北の森に行くには、二つのルートがある。まず、フィエルヴィクに戻って北上するルート、もう一つは先に北上して、村伝いに東へ向かうルートだ。どちらも距離はさほど変わらないが、道の整備が違った。大きな町を繋ぐ一つ目のルートは、冬でも通れるよう広い街道が整備されているが、村を繋ぐルートはそうではない。冬には馬車が通れなくなるほど道が悪くなる場所もあり、慣れた者でないと道に迷う恐れもある。そのため、セラフィナたちは聖都へと向かう馬車に乗り込んだ。

 馬車に揺られながら、セラフィナは考え込んでいた。

 ――あの言葉、聞き覚え……いや、見覚えがある。

 昨夜は、気が動転して気が付かなかったが、あの言葉は、どこかで見たはずだ。腕を組んで、うーん、うーん、と唸っていると、リーゼが怪訝そうな顔でセラフィナに尋ねた。

「さっきから、どうしましたか? 駄犬が邪魔なら、蹴落としましょうか?」

 サラッと物騒なことを言い、エーリヒが抗議の声をあげる。

「ねえ、リーゼ。俺の扱い、雑じゃない?」

「無礼者には、この程度でちょうど良いかと」

 リーゼが冷静に返すと、エーリヒの肩がガックリと落ちた。「俺の認識は、最初から変わっていないんだね」と、少し悲しそうだ。

 それを見ながら、セラフィナはさらに考える。攻略対象ではないこの男は、規格外に美形で、優しく、なんでもできる。貴族としては男爵と位は低いが、騎士としては近衛も務めていたエリートだ。そして、あの言葉。売り言葉に買い言葉、のようになっていたが、絶対に見覚えがある。

 セラフィナは、腕を組んだまま目を瞑り、眉間に皺を寄せて考え――

「…………あ」

 パチリと目を開けた。横に座るエーリヒに目を向けると、褐色の瞳がふんわりと微笑んだ。顔が熱くなるのを精神力で抑え込み、ぱっと目を逸らす。横からくすくすと笑い声が聞こえるが、聞こえていないことにした。

 それよりも、思い出したことで頭がいっぱいだった。

 セラフィナの頭の中にある、ゲームの記憶。この世界が元になっているであろうゲームの攻略情報。そもそも、このゲームは恋愛系RPGだ。恋愛を通して世界を救う、あれだ。現実のヒロインが攻略するはずだったのは四人。アストレア王国第二王子アルベルト、騎士志望のイース、宮廷魔法師ルシアン、そして隣国の王太子ガイアスだ。もれなく攻略されずに闇を抱えたままだか。それはさておき、RPGの醍醐味、周回と、恋愛系の醍醐味、隠しキャラ。周回して条件を満たせば出てくる隠しキャラについては、セラフィナはシルエットしか知らない。だって、恋愛要素はどうでもよかったから。その一人のシルエットの横に、書いてあった。

 ――『絶対に、離さないよ』、と。

 セラフィナは、頭を抱えた。

(何をやっているのよ、私!?)

 心の中で絶叫する。最初から隠れていないキャラなんて、警戒しようがない。いや、警戒しなくてもいいのだが、セラフィナは、混乱の極地にいた。

(攻略対象が二人も揃っていて、そのうち一人は私を好きだというし……何かが起こるフラグにしか、思えない……っ!)

 セラフィナは、背筋が冷えた気がして両腕をさする。それを見たリーゼが、どこからともなく毛布を取り出し、セラフィナの肩にかけた。その毛布をありがたく引き寄せ、首まで潜る。

「セラ、大丈夫か?」

 黙って様子を見ていたカイルが、セラフィナを気遣う。裏表なく、本当に心配そうにしている。セラフィナは、実直で優しいカイルの視線に、少しだけ落ち着いた。

「大丈夫よ。寝不足なだけ」

 にこりと笑って返事をする。いくらエーリヒの態度が心臓に悪くても、いくら攻略対象が二人いても、自分がやることはただ一つ。依頼をこなしてランクを上げる、それだけだ。そう考えると、少し気が楽になった。

「ありがとう、カイル。ハルグレイムまで、少し寝るわ」

 そう言って、いつものようにリーゼの肩に顔を埋める。すぐに、規則正しい寝息が微かに聞こえた。

 揺れる馬車の中、ずり落ちかかけた毛布を、エーリヒがそっと肩まで上げる。ほんの一瞬、頬に指先が触れ、セラフィナの長いまつ毛が微かに揺れる。その僅かな動きも見逃さず、褐色の瞳は嬉しそうに輝いた。

 

 その一部始終を、アルベルトは黙って見ていた。

 何かを考えていたセラフィナは、自分でエーリヒを見たくせに、動揺して目を逸らした。やはり、朝から変だ。

 そしてエーリヒ。これまでも、彼の行動は目についた。だが、今日は何かが違う。毛布を整える手つきも、触れる距離も、あまりにも自然で、壊れ物を扱うような――まるで、それが当然であるかのようだった。

 今朝、エーリヒに言われた言葉が、不意に頭をよぎる。

 ――彼女は、君の自尊心を満たす道具じゃない。

 そんなふうに思ったことなんてない、はずだ。

 生まれた時から、王子である自分の婚約者で、公爵家の令嬢で、公爵家の跡取りだった。王子である自分に相応しい、美しく頭の良い婚約者。

 対して自分は何だ。いつ何時も王子であれ、と言われてきた。人前では理想の王子、剣も、魔法も、勉強もできる。そうあるように、人一倍努力した。結果を出せば、周囲は自分を王子として敬った。なのに――セラフィナは、変わらなかった。どんなに成果を出しても、その態度は変わらない。しかも、彼女は何でも卒なくこなしてしまう。腹が立つに決まっている。欠点と言えば、そのキツい言動だけ。彼女の言動のせいで、自分の評価も落ちていると感じた。だから正そうとした。彼女が失踪したせいで、自分の評価が疑われたと感じた。だから連れ戻そうとした。セラフィナは、自分の婚約者で、自分の人生の一部だ。自分を一番に理解し、敬い、愛さなければならない。それなのに――。

 毛布にくるまって眠るセラフィナは、無防備にリーゼという侍女に身を預けている。彼女を、信頼し切っている。

 その行動に動揺し、表情を必死に押し隠す対象は、俺ではなく、あの男だ。

 接する時間を増やし、会話も増えた。なのに、セラフィナの全てをエーリヒが持っていく。

 そう思った瞬間、胸の奥がざわりと冷えた。

(それは全て、俺の――役割になるはずだったのに……っ)

 ドクリ、と心臓が波打った。

 彼女の笑顔が、欲しい。楽しげな声も、穏やかな視線も、目が合って動揺する仕草も。触れても自然になるほどの距離感も。

(――全て、俺のものになるはずだったのに)

 奥歯にギリっと力を入れた時、また、今朝の言葉が耳に蘇った。

 ――彼女は、君を見ているよ。今度は、君が彼女を見る番だ。

 本当なのか。セラフィナは、自分を見ているのか。

 確かに、前より接しやすくなった。興味も示さず、敬意も怒りも何もなかった冷たい氷青は、今では少しだけ探るような色が見える。目が合うと感情が視える。見返すと反応がある。ただ、そこに、あの男に見せるような、安心感はない。

 宙を彷徨っていた視線が、向いに座るセラフィナに戻る。

 毛布に包まって眠る姿は、何も変わらない。しかし、その距離だけが、どうしようもなく遠くに感じた。

 王子として得たものは、限りなくある。だが、失くしたものも、数知れない。セラフィナだけが、何も変わらなかった。それが、悪い意味であっても。

(俺が彼女を見る番、か――)

 アルベルトは、じっとセラフィナを見つめた。無防備な寝顔。規則的な呼吸。あの目が今開いたら――目が合えば、彼女は目を見開いて驚き、動揺するだろうか。一瞬顔を赤らめて、それを隠そうと真顔になるだろうか。少しキツい視線向けて、「何よ?」と瞳を揺らすだろうか――。

 アルベルトは、ゆっくりと目を閉じた。

 セラフィナは、自分の何を見ているのか。今まで、何を見てきたのか。

 なぜ、彼女が自分に興味を失くしたのか――。

 揺れる馬車の中、アルベルトは、初めて自分の行動を振り返り始めた。


 ハルグレイムに着いた時、セラフィナは必要以上にぐったりしていた。リーゼの肩を借りて仮眠をとり、すっきりした気持ちで馬車に揺られていたのだが、ふと視線をずらすと碧の瞳と視線が合う。視線が合っても、反応がない。

「……何?」

「――いや」

「そう」

 何もわからなかったが、アルベルトから視線を逸らした。しかし、その後も何度も目が合う。カイルと雪の話をしていても、エーリヒと精霊について議論していても、リーゼと毛布の取り合いをしていても、とにかく目が合う。

 その度に、「何?」「いや」「そう」の中身の無い一言が飛び交った。

 ハルグレイムに着く頃には、気持ちがぐったりしていた。カイルは不思議そうな目でアルベルトを見ているし、リーゼが彼を見る目は氷点下だ。エーリヒだけが、なぜか申し訳そうな顔をしていた。

 それでも、ハルグレイムで宿をとった後の買い物は、楽しかった。雑貨屋を覗きながら、まだ行っていない本屋に行った。小さなその本屋は、思いの外珍しい本が揃っていて、セラフィナはご機嫌だった。片腕に二冊の本を抱え、上の段に手を伸ばし――届かなかった。

「……どうして人は、高さを求めるのよ」

 降ろした手を、今度は背伸びもしながら思い切り伸ばす。が、本の下端に指先が微かに触れるだけで、動きもしない。なおもつま先を伸ばし、もう少し、と手を伸ばし――両足が浮いた。

(…………はい?)

 混乱の最中、手に当たった目的の本を反射的に取ると、そのままストンと地に両足がついた。

 セラフィナは、何が起こったのか分からず、違和感のある腰のあたりに目を向けた。離れていく人の手が見えたので、それを追って視線を移動する。そのままするすると上に視線を上げると、鮮やかな碧眼と目が合った。

「………………ありがと……う?」

「いや」

 短い会話の後、しばらく見つめ合った。

 セラフィナは、状況整理を試みた。本棚の一番上の本が取れず、背伸びをしていたら、身体が浮いて本が取れた。それは、アルベルトがセラフィナの腰を持って、身体を物理的に上げたからである。以上。

 疑問一。なぜ、アルベルトは、セラフィナを持ち上げたのか。

 疑問ニ。そもそも、アルベルトは、いつからいたのか。

 そこまで考えて、セラフィナはふと思った。疑問をそのままアルベルトにぶつけてもいいが、いつもそれで彼を怒らせていた。何を言っても怒っていた気もするが、本屋で面倒なことは避けたい。それで、セラフィナは、よく考えてから口を開いた。

「……女性を持ち上げる時は、一声かけた方がいいわ。びっくりするから」

 そっと、遠回しのさらに外側を通る言い方をした。すでに原型をとどめていないが、これなら大丈夫だろう、とアルベルトを伺うと、彼はやはり落ち着いた表情だった。

「ああ、そうしよう」

 セラフィナを持ち上げた理由はわからなかったが、とりあえず彼らが怒らなかったことにホッとして、次の言葉を選ぶ。この疑問は、そのまま聞いてもおかしくはないだろう、と思い、遠回しに言うのはやめた。

「……それで、いつからそこにいたの?」

 特に、おかしな質問ではなかったはずだが、アルベルトは、そっと視線を逸らしてしまった。結果として、アルベルトの間違いも、セラフィナの疑問も、何も解決されないまま、二人は揃って宿屋へ戻った。

いつも読んでいただきありがとうございます!

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