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ギルドの依頼

エーリヒのヤキモチ回前半です。

「それでは。本日は、私、イーダが担当させていただきます」

 ギルドの依頼を聞きたいと返答すると、受付の美女――イーダがにこりと笑って言った。五人は応接室のソファーにテーブルを囲んで座っていた。イーダの正面にカイル、その両隣にセラフィナとエーリヒが座り、角を挟んでリーゼとアルベルトが座った。五人は、イーダが取り出した一枚の紙を見る。

「今回の依頼には、参加条件があります」

 そう言って、イーダは細い指でテーブルに置いた紙を指差した。

「一つ、三人以上のグループであること。一つ、Cランク以上のメンバーを含むグループであること。一つ、魔法使い、魔法剣士などの魔法職がいるグループであること。一つ、ギルド職員の推薦があること」

 そこで一旦言葉を切り、イーダは五人をぐるりと見渡した。

「皆さんは、お若いグループですが、これら条件を全て満たしています。よって、ギルドとして依頼をさせていただきます。受けるかどうかは、内容を聞いた後に、お返事をお願いします」

 五人は、お互いに顔を見合わせた。そして、誰もが首を傾げたのを確認し、カイルが代表して片手をあげる。

「質問を。条件四つについては理解した。最後の一つ、ギルド職員の推薦とは、何だ?」

 イーダが、空色の瞳をふんわりと和らげて微笑んだ。

「これらの依頼は危険を伴うと共に、慎重な対応が必要となることが予測されます」

 ですから、とイーダが続ける。彼女の穏やかで落ち着いた声音により、緊張感が伴わない。しかし、重要なことを言っているのだろう、と五人は思わず姿勢を正した。

「日頃の行動も、本依頼の参加条件としております」

 笑顔で、しかし事務的にイーダは言った。

 ――軽々しく扱ってよい依頼ではない、ということだろう。

 カイルはそう判断して、横のエーリヒをチラリと見た。彼は、カイルと目が合うと、慎重に頷いた。次に視線をずらして見たアルベルトは、腕を組んで無反応。彼の対面に座る、姿勢を正したリーゼも同様だった。最後に、隣に座るセラフィナと目が合うと、にこりと微笑まれた。その笑みに安心して、カイルはイーダに視線を戻した。

「――ちなみに、我々を推薦したのは、ヨルンですか?」

 カイルはともかく、セラフィナたちは冒険者になって日が浅く、推薦を受けるほどの人脈を持っていない。カイルにしても、ギルドとそこまで深く関わっていないので、先ほど名前が出てきたヨルンが推薦者なのかと考えた。しかし、イーダは首を横に振って否定した。

「いいえ。ヨルンからは、皆さんの動向の報告を受けました。皆さんを推薦されたのは、アストレア王国ルーヴェン支部の実地部門キーラ・ナイトレイン副部門長です」

 その名を聞いて、カイルは納得した。彼女は、初期ダンジョンの依頼達成を知っている。そこを考慮に入れた推薦ということか。

「――なるほど。わかりました」

 カイルが頷くと、イーダはにこりと微笑み、他のメンバーを見た。

「他にご質問がなければ、依頼内容の説明を致しますが、いかがですか」

 一人一人と目を合わせる。最後に目が合ったエーリヒとは、他よりも一瞬長く視線が交差した。が、彼が「大丈夫です」と答えると、イーダの目線はすぐにカイルに戻って行った。

 それでは、とイーダは説明を始めた。

 この王国にあるダンジョンは三つ、北から氷の大地、最北の森、白の森にある。そのうち、氷の大地と最北の森にあるダンジョンで、魔物に異変が起きている。さらに、最北の森に発生する魔物が増え、護衛なしには出歩けない状態になっていた。その範囲は日毎に広がり、今ではフィエルヴィクの北にあるクロウクの村へと迫っている。

「今回出ている依頼は二つです。まず、氷の大地にあるダンジョンの調査、同じく最北の森にあるダンジョンの調査です。クロウク周辺の魔物討伐依頼もありますが、こちらは条件なしの依頼になります」

 イーダは、そこまで言って一度言葉を切り、それまでの柔らかい表情をやめた。それを見たセラフィナは、美人は真面目な顔も輝いて見えるのね、と内心でにやけながら彼女を眺めた。

「皆さんは、初期ダンジョンでの実績があります。ギルドは、皆さんに期待しています」

 イーダの言葉に、カイルは少し考えた。確かに、初期ダンジョンの異変は、セラフィナの活躍により解決できた。しかし、今回の異変の原因が同じとは限らない。しかも、駆け出し冒険者の練習にも使われる初期ダンジョンとは違い、フィヨルライン王国のダンジョンは、元々の魔物の強さも違う。グループで動いている以上、軽々しい返事はできなかった。

 カイルは、横でイーダをじっと見ているセラフィナと、その彼女を呆れた目で見るリーゼに目を向けた。初期ダンジョンの裏ボスを倒したのは、自分たち三人だけだ。カイルは、状況のイメージがつきやすい二人に、先に聞くことにした。

「――セラとリーゼは、どう思う?」

 カイルが声をかけると、セラフィナが慌てたように彼を振り返った。

「――あっ! ええと、依頼の話よね。ダンジョンの。ええ、もちろん、受けたいわ」

 様子がおかしいセラフィナに、カイルが首を傾げると、リーゼの冷静な声が聞こえた。

「セラフィナさん、さっきから心が天国に行っていますよ」

「そんなことないわよ。しっかり聞いていたわ」

 セラフィナは澄ました顔で反論したが、リーゼの冷たい目線を受けて、唇を尖らせた。

「いいじゃない。綺麗な人は眼福なのよ。目の保養よ」

 その言葉で、リーゼ以外の全員がセラフィナを「は?」と見た。

「待って、待って。それで、セラはさっきからぼーっとしていたの? イーダさんに見惚れていたってこと?」

 エーリヒが呆れて言うと、セラフィナは「失礼ね」と怒った風に言った。

「ぼーっとなんて、していないわ。イーダさんの一挙手一投足に心惹かれていただけよ」

「言い方を変えただけ……」

 セラフィナの横でカイルが顔を引き攣らせ、アルベルトは呆れた目を向けてため息を吐いた。

「……セラ、後で話をしよう」

 少し怖い顔で言ったのはエーリヒで、そこには有無を言わさない響きがあった。セラフィナは、訳が分からず口を開きかけるが、カイルが肩に手を乗せて止めた。

「セラ、今は何も言うな。逆効果だ」

 神妙な声に、セラフィナは首を傾げてカイルを見た。彼と目が合うと、静かに首を横に振るので、結局何も言えなくなった。

 一瞬、しん、と静まった応接室に、くすくすと軽やかな笑いが漏れる。全員が、声の主――イーダに目を向けた。

「――あ、すみません。ふふ……セラフィナさん、ありがとうございます」

 イーダは笑いを堪えながらセラフィナに礼を言った。その笑顔に、セラフィナの顔がぱっと輝く。彼女と話をしようと口を開くが、先にアルベルトの声が割り込んだ。

「――それで。話の続きを」

 抑揚のない声に、場の雰囲気が引き締まる。カイルが、その後を続けた。

「ああ、すまない。ダンジョンの調査依頼だが、セラは賛成だな。リーゼはどう思う?」

「セラフィナさんが賛成するのであれば、私に異存はありません」

 キッパリと言い切ったリーゼに苦笑して、カイルは今度はエーリヒとアルベルトの方を向く。

「お前たちは? あまり判断材料はないが、どう思う?」

 エーリヒが、顎に手を当てて、うーん、と考える。

「確かに、結局のところ情報がないよね。まあ、でも、ギルドが無理な依頼を押し付けることもないだろうし、いいんじゃないかな」

 先ほどまでの冷気が嘘のように、エーリヒは穏やかに答えた。

「その異変とやらに興味がある。俺も連れて行け」

 違う角度で返事をしたのは、アルベルトだった。彼の中では、ダンジョンの調査は決定事項のようだ。

 カイルは、この様子を見てしみじみと思った。いつもは喧嘩ばかりしているメンバーだが、方向性を決める場面では妙なまとまりをみせる。かと言って、全員が同じ根拠のもと動いているわけでもない。きっと、自分の考えを持ちつつ、お互いの意見も聞けるグループなのだ。

 ――やりやすい連中だな。

 カイルは、ふとそんなことを思った。

「そうか。――じゃあ、依頼を受けることにします」

 カイルの言葉に、イーダはにこりと微笑んだ。

「ありがとうございます」

 そう言って、イーダは一枚の紙をテーブルに置いた。

「皆さんは、北には慣れていないと、ヨルンから伺っております。今のフィヨルライン王国は、どこも雪が積もっていますが、特に氷の大地は厳しい環境です。なので、皆さんには最北の森にあるダンジョンの調査をお願いします」

 その後イーダは、テーブルに置いた契約書の内容を説明した。いつも通りカイルが署名をし、必要な情報をもらってから五人はギルドをあとにした。


 その後、なぜこの状況になったのか、セラフィナは先ほどから考えているが、わからなかった。というより、頭がうまく回らない。硬いドアを背に動くことができず、何より鼓動がうるさい。背中はドア、顔の両横にはエーリヒの手、鼻が触れるほどの位置にある、彼の顔。

 この状況の原因となった人物に、理由を聞きたかった。しかし、彼は先ほどからセラフィナの目を見つめたまま動かない。いつもの優しい笑顔もない。セラフィナは、原因を突き止めようと、ここに至るまでの経緯を思い返した。

 ギルドに行った後にリーゼと本屋に行き、皆で夕食を食べた。明日からの予定を話し合い、早めに部屋に戻った。寝る支度も終えて、昼間に買った本を読んでいると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

「――セラ、少しいい?」

 聞き慣れた優しい声に、何の疑いもなく返事をする。

「ええ、今開けるわ」

 扉の前に立っていたのは、もちろんエーリヒだった。いつもの通り、優しい眼差しと目が合った。夜にエーリヒが訪ねてくるのは珍しい。何かあったのかしら、と少し不安になりながら首を傾げていると、エーリヒが口を開いた。

「夜にごめんね。今日中に、話がしたかったんだ」

 彼女を気遣う口調も、いつも通り。セラフィナは、安心してにこりと微笑んだ。

「大丈夫よ。本を読んでいただけだから。入って?」

「え、いいの?」

「……? いいわよ? ドアを開けておくと、寒いのだもの」

 そう言って、自身は先に室内に戻り、読みかけの本に栞を挟んで閉じる。エーリヒは、少し迷った後、「じゃあ」と言って部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。

 部屋の作りはどこも同じ、家具もベッドと小さな丸テーブル、木の椅子が一つずつあるだけの、簡素な作りだった。それでも手入れが行き届いており、休むだけなら快適に過ごすことができる。セラフィナは、椅子をエーリヒに勧めたが、彼はドアの前から動かない。心なしか、表情も硬い。

「……? どうしたの? 具合でも、悪い?」

 セラフィナはエーリヒに近づき、顔を覗き込む。相変わらず、まつ毛は長いし、目元は涼やかだし、綺麗な顔よね、と感心してしまった。その褐色の瞳が、二、三回瞬いて、首を傾げる。

「もしかして、セラ。――何とも思ってない?」

 エーリヒが、少し低い声で呟いたのを聞いて、今度はセラフィナが首を傾げた。

「何? どうしたのよ? やっぱり、具合でも悪いの? リーゼを呼んでくるわよ」

 エーリヒの顔色がすぐれないので、セラフィナは焦ってリーゼを呼びに行こうと、扉を開けようとした。その時――

 エーリヒ自身の手が彼女の後ろから伸びてきて、内開きの扉を押さえてしまった。

 セラフィナは振り返り、彼の顔を見上げて言った。

「開かないわ。よけてちょうだい」

 エーリヒは、いつになく真面目な顔でセラフィナを見下ろしていた。

「開かないように、押さえたんだよ」

 そう言われ、セラフィナはムッとして「どうしてよ?」と身体ごとエーリヒに向き直る。すると、彼との距離がやけに近い。というか、あと数センチで密着する。驚いて、彼の腕に阻まれていない方からすり抜けようと、足の位置をずらした。その動きを読むように。

 どん、と。

 エーリヒの手が、扉に触れた。右も左も、塞がれる。

 視界が、彼で埋まった。

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