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神話

 朝の王都は、太陽の光をキラキラと反射した雪が眩しく、青く澄んだ空が印象的だった。一昨日以降、雪は降っていないが、気温も上がらず道はしっかりと雪で固められている。

 フィオレイドにあるギルドは、三角屋根の二階建の建物だった。王宮から伸びる大通りの一本に面しており、商業施設が多く立ち並ぶ一角で賑わいを見せていた。ギルドの三部門は全て一階にあり、二階に支部本部や応接室、資料室などがある。セラフィナは、ゲームで主人公を操り二階に上がったことがあるが、この支部の資料室はとても広く、創造神ノルヴァディオンの神話も数多く置かれていた。

 この世界には、最初、海しかなかった。創造神ノルヴァディオンは、手にした爵で海をかき混ぜると、海面が大きく盛り上がり、大陸が出来上がった。その大陸が豊かなものになるように、と、創造神は生命を育んだ。ある時、人類が疫病に侵された。その疫病は、どんな薬でも治すことができず、どんな医者でも解明することができなかった。人類は、滅亡の危機に晒された。それを哀れんだ創造神は、その血を一滴を人類に与え、一部の人類は魔法を得た。魔法により疫病を克服した人類は、生物の頂点に立つようになり、やがて繁栄を極めた。その数は大地を支配するほどに広がった。しかし、希望の影から這い出た絶望により、大地には魔物が生まれ、人類の生活圏は脅かされることになった。

「――変なの」

 セラフィナの呟きに、エーリヒが反応した。

「何が、変なの?」

 カイルとリーゼは、依頼票の確認に行っている。セラフィナ、エーリヒ、アルベルトは、ロビーの壁に寄りかかって、二人を待っていた。

 完全に思考に埋もれていたセラフィナは、エーリヒにひょいっ、と顔を覗き込まれて、内心で飛び上がった。いつもはそこまで意識しないが、何の予備動作もなく突然近くに彼の顔が来ると、その造形の良さに心臓が飛び跳ねるのだ。公爵令嬢時代に培った精神力がなければ、エーリヒの、こういった何も意識していない動作に完敗していただろう。

 セラフィナは、口から飛び出しそうになっている心臓を鋼の意志で押さえつけ、何事もなかったかのように話す。

「――創造神の神話のことを、考えていたの」

 視線を斜め上にして顎に指を当て、あたかも何かを思い出すような動作をした。その実は、首を傾げるエーリヒの褐色の瞳から、目を逸らしたかっただけなのだが。斜め上を向いたその先で、今度はアルベルトと目があった。物言いたげにしている碧眼に、セラフィナが「何よ」と視線を送ると、ぷいとあちらを向いて「別に」という意思が返ってきた。

 何を拗ねているのか、とセラフィナが半目になったところで、エーリヒが問い返してきた。

「創造神の神話の、何が変なの?」

 セラフィナは、そうだった、とエーリヒに向き直った。心臓が正常な働きを取り戻していることを確認して、セラフィナはエーリヒの問いに答えた。

「創造神ノルヴァディオンは、滅びそうになる人類を救ったのでしょう? でも、魔物の脅威からは救ってくれなかった。こういう神話って、魔物に対抗できる策を下さったり、その後に何かのオチがあったりするものではないの?」

「んー? とりあえず、『オチ』って、何?」

 エーリヒが首を捻った。

「オチっていうのは、急な展開だとか、意外な結末のことよ」

 へえ、とエーリヒが頷いた。

「だとしたら、人類は繁栄したけれど、魔物が後に残りました、っていうのが『オチ』なんじゃないの?」

「それじゃあ、創造神のイメージに合わないわ。創造神は、疫病で滅びかけた人間を助けたのよ? どうして、魔物の脅威からは救ってくれないの?」

 セラフィナの勢いに押されたエーリヒが、「えー」と困った顔で顎に手を置いた。

「創造神は、救世主ではないってことではないの? あくまでも、創り出す神様でしょ?」

 それにしてもよ、とセラフィナは言い返す。

「だったとしても、話が途中で終わってしまっているわ。続きが気になって、しょうがないもの」

 腕を組んで、まるで怒っているように言った。

「確かにね。ちょっと、中途半端だよね。その神話の続きが、今なのかな」

「……だったら、少し怖いわね」

 セラフィナが両手で上腕をさすってぶるりと震えたのを見て、エーリヒも自分の言葉に少し怖くなった。誰もが知る創造神の神話は、結局のところ、何なのだろうか。遥かな昔の実話なのか、作り話なのか、それさえもわからないが、現在に繋がると考えると、空恐ろしい気がしてくる。

 セラフィナとエーリヒが背筋を凍らせていると、アルベルトがぼそりと呟いた。

「――神話というのは、過去の自然現象を神の名に当てはめて著したものが多い」

 その声は小さいが、はっきりとしていた。

「創造神の神話がそうなのかは検証できないが、人類に魔法があることと、魔物が跋扈していることは、何らかの繋がりがあるのかもしれないな」

 腕を組んで壁に寄りかかるアルベルトは、そう言ってから、顎でロビーを示した。

「――二人が戻ってきた」

 言われてセラフィナとエーリヒがそちらを見ると、カイルとリーゼが歩いてくるところだった。

 二人を迎え、会話は自然と途切れた。

 

 北部の魔物討伐の依頼は多かった。単純に荷物の護衛から、ダンジョンの探索、素材回収まで、アストレア王国の支部の、倍以上の数になっていた。

「ほとんどの依頼が、北部の魔物討伐でしたね」

 リーゼが確認内容の報告をする。

「依頼元は、商人が多いようです。長期間の護衛依頼なんかもありましたね。けれども、調査依頼についてはありませんでした。アストレアの支部と同じように、受付で直接、冒険者を見て依頼をするようです」

「とりあえず、受付に行って、話を聞いてみないと始まらないみたいだ」

 カイルの言葉で、五人は受付に並ぶ長い列の最後尾に立った。フィヨルライン王国のギルド支部には、朝から多くの冒険者が集まっていた。平面積としてはアストレア王国の支部よりも広い建物ではあるが、一階に全ての部門の受付があるため、商人も技術職もこのフロアに混在している。そのせいか、少々雑多な印象を受けた。依頼票の確認に、カイルとリーゼだけで行ったのも、掲示板の前に人が多すぎて五人では行けなかったせいだ。ただし、その選出には多少の言い争いが発生した。

 最初、混雑しているためセラフィナが一人で見にいくと言い出した。それを止めたのがエーリヒとリーゼで、カイルとアルベルトは一緒に行くと言い出した。それならば自分も行くとエーリヒが言い出し、別れる意味がないとリーゼが言った。だったら一人で待っているから、皆で行って見てきて、とセラフィナが言うと、今度は一人になるなと全員に怒られた。それで拗ねたセラフィナが壁にもたれて頬を膨らませ、両横をエーリヒとアルベルトが無言で陣取った。結果、カイルとリーゼが、ため息混じりに依頼票を見に行くことになったのだった。

 ギルド支部に入ってから、セラフィナは一人になっていない。一人になりたいわけではないが、「一人になるな」と言われる理由がわからない。

「……ねえ、もしかして、私が何か、トラブルを起こすとでも考えているの?」

 セラフィナが、横にいるリーゼに尋ねると、彼女は少し考えるそぶりをしてからセラフィナの方を向いた。

「セラフィナさんがトラブルを起こす、というより、セラフィナさんにより、トラブルが起きる可能性がありまして」

 微妙な言い換えに、セラフィナは「は?」と首を傾げた。

「それって、私が何もしなくても、いるだけでトラブルが起きるみたいじゃない」

「その通りです。ようやく自覚されましたか」

「……本当に、あなた、私を何だと思っているのよ」

 セラフィナがリーゼを睨むと、今度はアルベルトが斜め後ろでため息を吐いた。

「お前、先日男に絡まれていただろう。忘れたのか?」

 アルベルトにそう言われたが、セラフィナは何のことか思い出せず、顎に人差し指を当てて斜め上を向いた。

「え、何があったの? 絡まれたって、大丈夫だった?」

 顔を青くしたエーリヒに問われても、何のことだかわからないセラフィナは、「んー?」と首を捻って考えた。

「ハルグレイムで、俺が魔法書を借りた日に、宿屋の近くで絡まれていただろう」

 セラフィナは、今度はこめかみに指を当てて、目を瞑って下を向いた。眉間に皺が寄るほど考えて、「――あっ!」と閃いた。

「本屋さんに行った日ね。男の人たちに何だか色々言われたけれども、早く本が読みたかったから、聞いていなかったわ。あの人たち、アルを見てどこかに行ってしまったわよね。あなた、本当に怖い顔をしているのね」

 セラフィナが一気に言い切ったのを聞いて、リーゼが横で頭を抱え、エーリヒが「そういうところだよ……」と、大きなため息を吐いた。

「少なくとも、ここでは一人にならないことだな」

 アルベルトが、セラフィナを無表情で見ながら言った。が、セラフィナには、それは呆れているように見えて、抗議の声を上げた。

「カイル! これは“干渉”よね! ダメなやつよね!」

 カイルの服の袖を引っ張ってそう主張するが、対するカイルも呆れた顔でセラフィナを見た。

「……いや、これは正常な判断だと思うぞ」

 それを聞いたセラフィナは「横暴だわ!」と悲鳴をあげた。

「はい、次の方」

 ちょうどその時、受付の一つから女性の声が響いた。

 気づけば列は大きく進んでおり、五人の番が回ってきていた。まだ抗議したそうなセラフィナの背中を、エーリヒが優しく押して進むのを促した。

「ほら、セラ。順番だよ。何を言おうと、俺はセラから離れる気はないからね。さ、行くよ」

 さりげなく念を押しながら、エーリヒはカイルに続く。彼に宥められながら、セラフィナも歩き出した。そして、エーリヒに冷たい視線を投げながらリーゼとアルベルトが続いた。


 受付の女性は、それは美しい人だった。肩口で短く切ったミルクティー色の髪はさらさらと流れ、少し垂れ目がちな空色の瞳は、優しげな雰囲気を醸し出している。かと思えば、艶やかな赤い唇は程よい色気を伴い、白い肌にほんのり染まる頬は、つい触れたくなるほどだ。

「……あの、カードをお願いします」

 思わずぽやっと女性を見つめていたセラフィナは、そう声をかけられてはっとした。周りを見渡すと、四人が一斉に自分を見ている。

「セラ? どうした?」

 カイルに不思議そうに問いかけられ、セラフィナは焦ってカードを取り出した。

「――ご、ごめんなさい。これ……」

 あたふたしながら受付の魔道具にカードをかざすと、それはキラリと輝いた。

「……あら?」

 呟いて銀色のカードをまじまじと見てみると、Eの文字がDに変化している。いつの間にか、ランクアップしていたようだ。

「――はい、皆さんの確認が取れました」

 受付の女性は、花が綻ぶような笑顔を見せた。

「Cランクのカイルさん、Dランクのリーゼさんとセラフィナさん、Eランクのエーリヒさんとアルベルトさん、五人のグループですね」

 全員がランクアップしていた。セラフィナは驚いて皆を見るが、返ってきたのは揃いも揃って呆れた視線だった。

「セラフィナさん。立ったまま寝てはいけません」

 リーゼが半目になって言うが、セラフィナはいつものように言い返せない。受付の女性に見惚れて、何も話を聞いていなかったのは事実だ。それで、リーゼを睨むだけにして、ぷいっと顔を背けておいた。

 女性はくすくすと笑いながら話を続けた。

「ハルグレイム営業所のヨハンから、話は伺っています。ギルドからの依頼に興味はありますか?」

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