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ようやく本題

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 別室に移動した五人は、濡れた髪の毛をタオルで拭いた。セラフィナの髪の毛は一度解かれ、リーゼが丁寧に拭いている。二人の周りだけが貴族の屋敷の一室に見える。かと思えば、水気を拭き取ったアルベルトの髪が自由に跳ね出したのを見て、エーリヒが「毎朝苦労しているんだな……」と哀れんだ。最終的に、アルベルトの髪もリーゼが整え、事なきを得た。

「いやー、よかったです! 皆さんがあのままロビーにいたら、営業所は休業しないといけないところでした!」

 対応してくれた男性職員――ヨルンと名乗った――は、テーブルにお茶を置きながら笑った。

「ええと、それは申し訳ない。休業するほど雪を付けていたか?」

 カイルが謝りながら首を傾げ、リーゼが呆れた顔をしながらセラフィナにお茶を勧めた。

「いえいえ! あの程度、ままあることですよ」

 ヨルンが、慌てて両手を振って続けた。

「皆さん、揃って見た目がいいから、あの後も大変だったんですよ。職員は、皆さんを見てぼーっとしちゃって、誰も仕事にならないし、ロビーにいた冒険者なんて、セラフィナさんに突撃しそうだったし……」

 はぁー、と深くため息をつく。

「僕も、ドキドキして仕事にならないんで、とりあえず髪を拭いてくれて助かりました」

 ヨルンはチラリとセラフィナを見て、すぐに視線を逸らしながら顔を赤くした。

 リーゼを除く四人は、雪合戦の結果頭から雪を被っていた。それが室内に入ったことで全て溶けて、頭だけずぶ濡れだったのだ。疲れも相まって暗い表情をしていたのが、余計に雰囲気を醸し出していた。

「気づいていただいて、ありがとうございます。事件に発展するところでした」

 リーゼが神妙に頭を下げると、ヨルンは苦笑いで返した。

「事件か何かは知らないけれど、リーゼ。あなたはどうして無事なのよ」

 セラフィナが、首を傾げて雪合戦の被害に遭っていないリーゼに問いかけた。

「セラフィナさんがキレる寸前に、建物の影に身を潜めましたので。リスク回避は基本です」

「何のリスクよ……」

 セラフィナはリーゼをジトっと見るが、横でエーリヒが頷いた。

「今回は、リーゼが正しかったね。どうしてこうなったんだっけ?」

「セラが転んで、笑ったらキレた」

 カイルが、げっそりとして言った。

「お前、短気だな。俺を見習え」

 アルベルトが、セラフィナの向かいのソファーで、腕を組んで見下ろした。

「何ですって? だいたい、最初に笑ったのはあなたでしょう? 転んだのだから、手ぐらい差し出しなさいよ」

 セラフィナがアルベルトを睨みつけるが、彼は一切表情を変えない。

「その前に、俺を笑い物にしただろう。いい気味だと思ってな」

「性格の悪い男ね」

「優しく微笑んで、抱き上げればよかったのか?」

「気味が悪いわ。絶対にやめて」

「面倒だな」

 セラフィナが顔をしかめ、アルベルトがため息を吐いた。

「それはそうと、アルベルトさん。はっきりさせないといけないことが、あります」

 隙をみて、リーゼが割って入った。

「セラフィナさんが転んだ時、笑ったのですか?」

 リーゼが見ていた限りでは、アルベルトの表情は少しも変わっていなかった。いや、眉間に僅かに皺が寄ったが、すぐに元に戻っていた。

「……ああ、そうだな」

「――うちのお嬢さんには、何が見えているのでしょうか」

 リーゼが頭を抱えた。

「思うんだけど、アルは以前と違うよね。笑顔もないし、口は悪いし……」

 エーリヒが言うと、セラフィナが首を傾げた。

「何を言っているの? ずっと同じじゃない。この人、人前ではいつだって演技しかしていないもの。普段は、不機嫌か無表情か、どちらかだわ。必要以上に話はしないし、珍しく口を開けば、私への不平不満ばかり」

 耐えた私は偉いわ、とセラフィナは最後に付け加え、アルベルトに「お前もだろう」と反論された。それを見て、今度はエーリヒが頭を抱え、カイルは「苦労したんだな」とどちらともつかない相手に同情した。

 微妙な空気が流れたところで、ヨルンが遠慮がちに口を挟んだ。

「――あの、それで、ご用件は……?」

 そこで、カイルがはっとした。今日の目的はギルドで情報収集のはずだった。なのに、それ以前に色々ありすぎて、もう一日が終わったかのようにすら感じていた。

「すまない。つい話が逸れていた」

 カイルが、思わず遠い目をしながら謝ると、ヨルンが「お察しします」と静かに言った。

「ええと、今回は北の状況を聞きたくて来たんだ。ここに来るまでに、北が荒れてるって聞いたから、どの程度のものか、知っておきたくてな」

 本題に入り、セラフィナたちは背筋を正してヨルンを見た。

 ヨルンは一度言葉を選ぶように視線を落とした。それまでの軽い調子とは違い、わずかに表情が引き締まっている。

「――そうですね。現時点でわかることは、北部で魔物が増えていること、強い個体が出現していること、ダンジョンがおかしいこと、この三点です」

 淡々とした口調だったが、その声音には微かな硬さが混じっていた。

「北部での魔物増加については、季節的な要因で片付けられなくもありません。雪が深くなると、餌を求めて南下してくる個体もいますから」

 そこまで言って、ヨルンは一度言葉を切った。

 カイルが無言で先を促す。セラフィナたちも、自然と呼吸を潜めていた。

「ただ――その数が、異常です。他の二点についても、現状説明がつきません」

「ダンジョンがおかしいって、具体的には?」

 エーリヒが聞いた。

「これは支部からの報告ですが、ダンジョン内の魔物の数が増え、強化もしているそうです」

 カイルとセラフィナは顔を見合わせ、カイルが口を開いた。

「アストレア王国にある初期ダンジョンで起こったことと、同じことが?」

 ヨルンは首を振った。

「不明です。まだ、これらのダンジョンで裏ボスを確認した者はいません。したがって、ギルドは“同じこと”とは断定していません」

 なるほど、とセラフィナは考え込んだ。

 ダンジョン内に魔力が充満することで発生する、いわゆる“裏ボスイベント”は、ゲームの終盤のイベントだったか、それともクリア特典だったか。大抵の場合、初期ダンジョンのように珍しいアイテムや魔法が手に入るイベントで、レベル上げやスキルアップに欠かせない要素だ。しかし、“裏ボスイベント”が単体で発生しているならともかく、他のイベントらしきものも発生しているのは、どういうことか。

 セラフィナは、首を捻った。正直なところ、主人公が攻略に全失敗した時点で、このゲームはシナリオを大きく外れている。そして、セラフィナは、レベル上げに注視するあまり、シナリオを詳細に覚えていない。何が原因で異変が起きているのか、わからないのだ。一つわかっているのは、ゲームのエンディングが来ていないこと、つまり魔王が存在し続けていること、それだけだった。

「ギルドは、これらの原因を調査中です。調査については、細心の注意を払う必要があるため、調査依頼は各国の支部でのみ取り扱っています」

 ヨルンは、事務的な口調で続ける。

「ご協力をいただけるのであれば、ぜひ、支部へお越しください」


 ギルドを出ると、雪はすっかり弱まっていた。灰色の空の下、先ほどよりも行き交う人の数も増え、雪を踏む足音がザッ、ザッ、と道に響いていた。

「とりあえず、飯にしないか」

 午前中に動き過ぎたせいで、うまく頭が働かない。カイルは、頭を休める時間が欲しかった。昼食の時間はとっくに過ぎていたが、通りに面した食堂を指さして、食事を提案した。

 異論は出ず、五人は揃って店に入った。時間がずれていることもあり、店内は人がまばらで、落ち着いた空気が流れていた。運ばれてきた温かい料理の湯気が、冷えた体にじわりと染みる。

 一通り空腹を満たしたところで、カイルが話を切り出した。

「さてと。とりあえず、次の予定は王都だったが、どう思う? あえて事情を知らないまま、引き返すのもありだ」

「詳細を知ったら、気になって引き返さない子がいそうだしね」

 エーリヒが、にこやかにセラフィナを見ながら言う。

「もう気になっているのではないでしょうか」

 そう言って、リーゼもセラフィナを見る。

 四人に注目されて、セラフィナは目を瞬いた。

「なに? それって私のこと? もちろん気になっているから、止められても行くけれど」

 何事もなくサラリと言って、セラフィナはお茶を飲む。

「だって、みんなだって気になるでしょう? それに、また貴重なアイテムが手に入るかもしれないわ」

 エーリヒが、少し考えてから、「そういえば」と言う。

「初期ダンジョンで手に入れたアイテムって、あの後どうしたの?」

 アストレア王国の初期ダンジョンで、裏ボスを倒した結果手に入れたアイテムは、通常では流通しない、珍しいものばかりだった。カイルはオリハルコン、リーゼは石壁の指輪、セラフィナは謎の石板と魔法書を持っている。

「俺は、まだ持ってる。そのうち素材として使おうかと思ってな」

「石壁の指輪なら、ダンジョン攻略の時は着けています。防御力がものすごく上がるので、重宝しています」

「魔法書は、言われなくても活用しているわ。石板は、目下研究中よ」

 セラフィナの言葉に、アルベルトが反応した。

「ダンジョンで魔法書が? 俺にも見せろ」

 セラフィナは、嫌そうな顔をする。

「……ずいぶんと偉そうね」

「偉いからな」

「偉くないわよ」

 腕を組んでセラフィナを見下ろすアルベルトは、たいそう偉そうに見えたが、セラフィナは負けなかった。同じように腕を組んで、顎を上げる。口の端をキュッと上げて目を細めた。

「態度を改めないのなら、魔法書は見せないわ」

「…………」

「…………」

 数分の睨み合いの後、アルベルトが息を吐いた。

「……魔法書を、見せて欲しい」

「あなたにしては、上出来よ」

 セラフィナはにっこり笑って、後で見せる約束をした。

「……あれは、悪い顔だよな」

 カイルがこっそりとエーリヒに言うが、彼はセラフィナをにこやかに見つめて反応がない。

「カイルさん、カイルさん。言う人を間違えています」

 リーゼがカイルの肩に手を当てて首を振った。

「その人は、ダメです」

 カイルは、微笑むエーリヒ、黒い笑顔を浮かべるセラフィナ、眉間に皺を寄せるアルベルトの順で見やり、最後にお茶を飲むリーゼに目を戻して、息を吐いた。そして、ふっと目尻を下げた。

 誰もが自分勝手だし、話はすぐに脱線するし、協調性のかけらもないグループだが、なんだかそれが楽しかった。気がつけば、自分も話が逸れているのだから、重症だ。しかし、これまで組んできたグループよりも、ずっと息がしやすい、とカイルはどこよりもうるさいこのテーブルを笑って眺めていた。

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