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雪合戦

アルベルト不幸の回。

感想ご意見お待ちしております。

 その後、靴屋と雑貨屋に寄って、五人はギルドへの道を歩いていた。日は朝よりも高くなったはずなのに、空一面にかかる分厚い雲のせいで、少しも暖かくない。降り続ける大粒の雪は、店を出るたびに五人が歩いた足跡を覆い隠してしまっていた。

「どっちにしても、今日は王都まで行けなかったな」

 カイルが、空を見上げて言った。

「初日にこれだけ雪が降るのも珍しいって、さっきのお店のお姉さんが言っていたわ」

 セラフィナが、歩きながら右手を上に向ける。手袋をはめた手には、それだけで雪が積もっていった。

「セラフィナさんは、キツそうな顔で立っているのに、なぜか人にモテますよね。さっきのお姉さんとも、随分仲良くなって」

 リーゼが、セラフィナの手に積もった雪をほろう。セラフィナは、リーゼを少し呆れた顔で見た。

「……あなたは、私が好きなの? 嫌いなの? どっち?」

「もちろん、大好きです」

 リーゼがセラフィナの目を見て即答する。

「じゃあ、口が悪いだけね。許すわ」

「ありがとうございます」

 妙な主従の会話を聞きながら、エーリヒは前髪から落ちてきた水滴を邪魔そうに手で跳ね除けた。雪が髪に積もると、体温で溶けて、まるで小雨の中を歩いているように髪が濡れてしまうのだ。かと言って、ここまで濡れてしまったらフードを被る気にもならない。次からはフードを被ってから外に出よう、と考えた。

 その時、通りの向こうから、子供たちの笑い声が聞こえてきて、エーリヒはそちらの方を見た。そこでは、二、三人の子供たちが雪の中を転げ回り、雪をぶつけて遊んでいる。

「平和だな」

 カイルが、目を細めて言った。

「子供が楽しそうにしている街は、いいところだよね」

 エーリヒも微笑んで言って、ギルドへと再び足を向けた。

「――あ」

 カイルは見た。子供が放った白い塊が、こちらへ飛んでくるのを。

 ――ばすっ。

 放物線を描いたそれは、見事にアルベルトの後頭部を直撃する。硬く握られていなかった雪玉は、アルベルトの頭に当たって砕け、彼の金髪をするすると滑り落ちていった。

 カイルがそれを見て固まった。カイルの声に振り向いた三人は、何事かと彼が見ているものを見て一様に固まった。

 アルベルトは、動かない。子供達も、動かない。

 しんしんと雪が降り続ける中、そこだけ時が止まったかのように静まり返っていた。

 実際は数秒、体感にして三十分程の沈黙の後、アルベルトが左手で髪の毛に触れて雪を確かめ、ゆっくりと子供たちの方へ向き直った。

 無表情で振り返ったアルベルトの顔を見て、子供たちは「ひっ」と悲鳴をあげた。雪玉を投げた少年は、「ごめんなさいっ!」と頭を九十度まで下げたあと、脱兎の如く走り去った。

 再び、沈黙が落ちる。

 ――かと思うと、誰かが吹き出す声が聞こえた。

 セラフィナが顔を背けて口を手で覆っている。肩が震えて、苦しそうだ。アルベルトは、小さく首を傾げた。カイルは、固まったまま動かない。セラフィナに近づこうとすると、別の方向からも吹き出す声が聞こえた。

「――くっ……くっ……はははははっ」

 吹き出すどころか、大笑いしたのはエーリヒだった。リーゼまでもが、後ろを向いて両手で顔を覆っている。

 アルベルトは、何がそんなに面白いのか、わからなかった。子供が投げた雪玉が、自分に当たった、それだけだ。心配されこそすれ、笑われる筋合いはない。

 さて、誰に文句を言うべきかと一瞬迷い、やはり最初に吹き出したセラフィナに近づいた。

「――おい」

 セラフィナの片手を掴み、口から手を外させる。驚いたセラフィナは、一瞬肩を震わせるのをやめたが、アルベルト目が合うと「……ふっ」と目元を和ませて、くすくすと笑い始めた。

 氷青の瞳に涙を溜めて笑う顔を、アルベルトは引き込まれるように凝視した。その間も、セラフィナの笑いは止まらない。

 息を切らしながら、セラフィナはやっとの思いで声を出した。

「――ふっ……ふふっ……だって……だって、アルベルトってば……っ」

 笑いながらの声は、大変聞き取りにくかった。

「……ふふっ……振り向いた、だけで……子供が――」

 そこからは言葉が続かず、セラフィナは込み上げてくる笑いを止めることができなくなった。お腹を抑え、身を捩りながら声を抑えて笑い続けた。

「――お、お前……アル……っ!」

 後ろでエーリヒが笑い続けている。

「子供に、逃げられる、顔……っ! はははははっ!」

 アルベルトはムっとした。セラフィナのあの顔が見られたので、笑われたことはよしとしよう、と思ったのだが、エーリヒの、この遠慮のない笑いは解せない。

「お前ら……っ」

 王子の自分に向かって、あまりにも不敬だ、と言おうとして、アルベルトは口を閉じた。「身分を捨てる」と言ったのは、他ならぬ自分だ。今、それを振りかざすのは、あまりにも恥知らずではないか。そう思い、アルベルトは自分を恥じるように俯いた。

 その肩に、カイルが手を置いた。

「いや、あそこで怒らなかったのは、偉いよ。子供らは間違えただけだからさ」

 少し笑いを含んだカイルの声は、暖かかった。「それに」とカイルが続ける。

「雪玉が頭に当たるなんて、間違えでも良くないことだからな。子供らを怒ろうと思ったんだが、お前を怖がって、先に子供の方から謝ったからな」

 子供たちは怒られなくて助かったな、と笑顔で言った。

 アルベルトが首を傾げると、カイルが髪についた雪をほろいながら更に続ける。

「アルのおかげで場も和んだし、いい仕事をしたな」

 カイルが、アルベルトの背中を軽く叩いた。

「……俺は、笑われて不愉快だ」

 アルベルトがぼそっと呟くと、三人の笑いがピタッと止まった。一斉に眉を下げて見られたので、アルベルトは気味が悪くなって一歩下がった。

 セラフィナが、その一歩を詰めて頭を下げた。

「気分を悪くさせてごめんなさい。悪気があったわけではなかったの」

 アルベルトは「は?」と三人を見た。

「笑い物にしたわけじゃないんだ。ごめん」

「申し訳ありません」

 エーリヒとリーゼも、頭を下げた。

 さっきまで散々笑っていた三人が、急に頭を下げてきたので、アルベルトは混乱した。カイルを見ると、「俺も、配慮のないことを言ったな」と謝ってきて、更に何と言えばいいのか、わからなくなった。

「――なぜ、笑った? 俺は、そんなにおかしなことをしたのか?」

 出てきたのは、怒りでも罵りでもなく、単純な疑問だった。それに対して、セラフィナは「そうではなくて」と首を振った。

「あなたが、驚いた顔をしていたから。あんな顔、初めて見たわ。いつも、作り物めいた表情か、無表情か、どちらかだったから……」

 言いながら、だんだんと恥ずかしくなってきたセラフィナは、唇を尖らせて俯いてしまった。声も尻窄みになり、最終的に、ぷいっと向こうを向いてしまった。

「……ちょっと、――――」

 ぼそっと呟いた声は、アルベルトには届かなかった。

「何だ?」

 不機嫌な声に、セラフィナは「あー……」と声を出した。

 セラフィナは、少なくともアルベルトの前では、はっきりとものを言う令嬢だった。何かを問えば、すぐに明確な返答が返ってきた。それが自分の意に沿うかどうかは別だったが。だから、歯切れの悪いセラフィナに、アルベルトは少しイラッとした。

「はっきりしろ。何だ?」

 あちらを向くセラフィナを睨みつけた。

「――だから……澄ました顔より、いいわよって話! 作り笑いなんかより、気持ちが乗った表情の方が、あなたらしいわよって!」

 早口で一気に言ったセラフィナを、アルベルトは黙ってじっと見つめた。

「もう! だから、ちょっと気が抜けて、驚いた表情なのに子供が怖がるってどう言うこと?って思って、そうしたら笑ってしまったのよ!」

 セラフィナは、今度こそ言い放って、向こうへ歩いて行ってしまった。

 離れていく彼女の背中を眺めて、アルベルトは微かに――誰も気が付かないくらい微かに口の端を上げた。そして、一息吐くとゆっくりと彼女の後を追った。


「ねえ、あれ、驚いていたの? 無表情じゃなかった?」

 エーリヒがこっそりとリーゼに問いかけた。

「さあ……私には分かりかねます」

 リーゼも、ヒソヒソと返答した。

「俺、純粋にアルを怖がる子供の図に笑ってたよ」

 エーリヒが素直に言うと、リーゼが「私もです」と答えた。

「うちのお嬢様は、謎が過ぎますね」

 言いながら、リーゼは怒った様子で歩き出したセラフィナを追った。

 エーリヒは、苦笑いして様子を見ているカイルを振り返る。

「カイルも、気を使わせて、悪かった。フォローしてくれて、ありがとう」

 それを聞いて、カイルは肩をすくめた。

「結局は、意味がなかったけどな」

 そう言いながら歩き出す。エーリヒもそれに続いた。

 先頭を歩くセラフィナと少し距離が空いてしまったが、彼女の歩みは遅い。本人は急いで歩いているつもりでも、本当に遅い。すぐに追いつくだろうと見た途端、彼女は見事に滑って転んだ。

 雪の降る中、笑い声が、また広がった。


「昨日ぶりです、皆さん。……そんなに吹雪いていました?」

 昨日、依頼完了の報告をしたギルドの受付の男性は、開口一番にそう言った。二十代後半に見えるこの若い職員は、営業所の実地部門担当だ。

 ギルドの営業所に着く頃には、リーゼ以外の四人は雪まみれになっていた。滑って転んで笑われたセラフィナが、怒って雪玉を誰彼構わず投げつけたのだ。結果として、路上で街の人を巻き込んだ雪合戦が始まり、気がついた時には全員が肩で息をしていた。リーゼだけ、どこで何をしていたのか誰の記憶にもなく、謎に包まれていた。

「……いや、むしろ雪はやみ始めていた」

 カイルが疲れ切った声で答えた。

「雪を持ち込んでごめん。これ以上、ほろえなくて」

 エーリヒも、前髪から滴る水滴を祓いながら、申し訳なさそうに言う。

「いえ、それは大丈夫なんですが……」

 男性職員は、チラリとロビーを見渡してそっと息を吐いた。

「別の意味で差し障りがありますので、別室で対応します。タオルをお貸ししますよ」

 男性職員の言葉に、リーゼ以外が首を捻る。リーゼだけが、「ああ」と納得したが、何も言わなかった。

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