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コートを手に入れよう

 その日は魔物の襲来もなく、順調に旅路を終えた。

 フィヨルライン王国に入って二日目。王都へと続く道の途中にある町フィエルヴィクは、人が多く活気があった。

 町に並ぶ家々は、どれも低くどっしりとした作りをしている。太い丸太を組み上げた茶色い壁、急な角度のついた三角屋根。小さな窓には赤や緑のカーテンがかけられ、家の扉には小さなレリーフが揺れている。大通りには平たい石が敷き詰められ、荷馬車が行き交うたびに、硬い音を立てていた。

 日はすでに傾き、町は夕方の賑わいに包まれている。

 店の前では、店主が商品を片付けながら、客と値段の話をしており、道の端では旅人たちが今夜の宿を探して足を止めていた。薪を背負った子供が小走りに家へ戻り、仕事を終えた人々が急足で家路へ向かう。どの表情も、どこか気の抜けた明るさをしていた。

 そんな人の流れの中で、セラフィナとリーゼは婦人服に店の前で足を止める。

 雇い主のアウルは、一足先に宿屋へ戻っていた。カイル達男性陣は、店が違うため別行動だ。

 澄んだドアベルの音と共に店に入ると、若い女性がこちらを見た。

「いらっしゃいませ!」

 眩しいほどの笑顔で迎えられ、セラフィナもつい笑顔になる。この国の人たちは、総じて色素が薄い。肌も白く、髪の色も薄い金や、白に近いグレーが多かった。店員の女性も、例に漏れず薄い金髪で、美人というより可愛いという言葉が似合う容姿をしていた。

「あら、ずいぶんときれいなお嬢様が、お二人も!」

 上機嫌な店員に褒められて、セラフィナは少し照れたが、リーゼは通常稼働で進める。

「暖かいコートと服を、二人分見せてください。私たちは冒険者です。できるだけ、動きやすいものを」

 そうして出てきた衣類は、どれも趣味のよいものだったので、選ぶのが面倒になったセラフィナは「全部ください」と言ってリーゼに怒られた。

「お嬢様お二人で冒険者だなんて、珍しいですね」

 衣類を包みながら、店員は不思議そうに言うので、セラフィナは首を振って答えた。

「五人でチームを組んでいるの。今は別行動よ」

 そう言うと、店員の瞳がきらりと輝いた。

「と、いうことは、中には男性もいるのですね! 危険と隣り合わせの冒険の中で生まれる、ほのかな感情……いいですねぇ」

 急にニヤニヤしだした店員の顔を見て、セラフィナは背筋が冷えた気がして一歩後ずさった。

「間一髪助けられて恋に落ち、けれども周りの目があるから表には出せない……切ないですねえ。その方は、優しい方ですか? それとも、いつもは冷たいけど、ふとした笑顔がステキ、とか?」

 店員は、頬を染めてうっとりとセラフィナを見る。

 すでにストーリーが出来上がっているのが、怖い。セラフィナは顔を引き攣らせてリーゼに助けを求めるが、知らん顔で外を見ている。

「もしかして、お二人が好きな方が、被っているとか!?」

 今度は青ざめた顔で言い出す店員を、セラフィナは焦って宥めた。

「そういうことは、ないですからね!」

 言ってから、セラフィナはふと、本当にそうだろうかと考えた。エーリヒには「好き」と言われたし、アルベルトにはキスをされそうになった……と思う。セラフィナは顔に熱が集まるのを感じ、慌てて首をブンブン振った。

「えー! やっぱり、何かあるんじゃないですか! もしかして、もう恋仲になってるとか、ですか!?」

 店員が嬉しそうに迫り、セラフィナは顔を赤くしながら「違います!」と言うしかなかった。

 ようやく衣類を受け取り、店を出た頃には、セラフィナは疲労困憊だった。早く宿で休みたい。それだけを考えて歩いていた。

「――さっきの店員のお話、気になりますね」

 横を歩くリーゼが、落ち着いた声で言った。あの後も続く店員の猛襲を助けてくれなかったくせに、とセラフィナはリーゼを睨んだ。

「何よ。あなたも妄想が激しくなったの?」

 珍しく低い声に、リーゼは気にせず話を進める。

「妄想はしておりません。そこではなくて、北に魔物が多いというはなしです」

 ああ、とセラフィナは我に帰った。

「この町よりも北の方が、特に荒れているって言っていたわね。アウルの息子さんの話と同じね」

「北の方の村から、避難してくる人もいるというのは、相当ですね」

 リーゼの言葉に、セラフィナも真剣な表情になる。

「そうね。もしかしたら、ギルドに討伐依頼がたくさん来ているのかも。王都に着いたら、まずはギルドに向かいましょう」

 アウルの依頼は、王都の手前、聖都ハルグレイムまでだ。そこは、大陸の多くの人々が信仰する創造神ノルヴァディオンが降臨した地とも言われている。だからこそ、この地には精霊が宿ると信じられているのだが、その特別な地で魔物が増えているという。

「聖都のあるフィヨルライン王国で魔物が増えるなんて、やっぱり魔王が関係しているのでしょうか」

 リーゼが顎に手を当てて言った。

「さあねえ。何にせよ、ギルドが調査をするでしょ。私たちは、依頼をこなすだけよ」

 セラフィナは、なんでもないように言った。本当なら、「魔王が動き出したから、浄化できる主人公を探しにいきましょう」と言うべきなのかもしれない。しかし、攻略に失敗した主人公は、果たして主人公たる力を発揮できるのか、そもそもそれを望んでいるのか、全くわからない。そんな状態の主人公を見つけたとして、何にもならない気がする。

 だから、セラフィナはこう思うようにした。

「大丈夫よ。どんなことも、なるようになるわ」

 何の解決にもならないが、気分が落ち込むことはない。依頼をこなして技術を磨き、問題が起きれば解決する。自分たちにできることなんて、それくらいなのだ。

 明るく言うセラフィナに、リーゼが少しだけ笑った。

「そうですね。物事は、なるようにしかならないものです」

 二人は、賑やかな夕暮れの道を、軽い足取りで宿に向かった。


 宿屋に戻る頃には、あたりは暗くなっていた。

 木の長椅子と太い梁のある広い食堂には、旅人や商人たちの話し声が満ちている。煮込みの香りと焼いた肉の匂いが混ざり、外の冷たい空気とは別世界のように暖かかった。

 セラフィナとリーゼは、その奥のテーブルで夕食を摂る四人の席に向かった。

「遅かったな」

 カイルが、黒パンをちぎりながら言った。

「おかえり、セラ、リーゼ」

 エーリヒが軽く手を振る。

「良いものは買えましたか?」

 にこりと暖かくアウルが笑み、その隣でアルベルトが小さく視線を上げた。

「……ただいま」

 セラフィナは椅子に腰を下ろし、どっと息をついた。

「どうした、その顔」

 カイルが怪訝そうに言う。

「店員が、すごかったのよ……」

 セラフィナは遠い目をした。

 リーゼは何も言わず、セラフィナの分も注文を始めた。

 エーリヒが興味津々の顔をする。

「へえ、どんな?」

「………………」

 セラフィナは黙った。自分で振っておいて、内容は言いたくない。何と言えばいいか逡巡する。

「……乙女心を抉られたわ」

 結果、謎の返答を返した。

 エーリヒは「は?」と首を傾げたが、カイルが納得の顔をした。

「つまり、冒険者グループで誰が好きだとか、危険と隣り合わせで恋が芽生えるとか、そういう話で盛り上がったというわけか」

 笑いを含んだカイルの言葉に、セラフィナが驚いて顔を上げた。カイルの隣では、アルベルトのナイフがカチャンと音を立てる。

「どうしてわかるの!? あなた、まさか覗いて――」

「なわけあるかっ!」

 ジトっとしてカイルを見るセラフィナを、彼は睨みつけて弁明した。

「男女のグループだと、店の店員にはそんなことをよく聞かれるんだよ!」

 エーリヒが、「そういうことね」と苦笑いしたが、アルベルトは怪訝そうな顔をしている。

「冒険者とは、不埒者と認識されていると言うことか?」

「え、どうしてそっちの方向に行くの? 何がどうしたの?」

 急に話が逸れたアルベルトに、エーリヒが聞き返す。

「男女が集まれば必ず恋仲に発展するなど、考えなしにもほどがある。そういった目的で集まったと思われるのも、不愉快だな」

 いつもより更に硬い表情のアルベルトが、低い声で言い、エーリヒが「えー」と遠い目をする。

 セラフィナも、思わず目を丸くする。

 ゲームでは、セラフィナが興味を持たないからといって、外に子供を作る男である。真っ当に恋愛を語るとは、思ってもみなかった。

 シンとなったテーブルで、アウルの朗らかな笑い声が響いた。

「いやいや、そんな硬い話ではありませんよ」

 その声で、ふっと雰囲気が柔らかくなった。

「店の店員はね、自分が動けない代わりに、旅人に冒険譚を求めるのですよ。時には戦いの話、時には恋の話を聞いて、羨む自分を楽しむんです。私なんかは、妻との馴れ初めを何度話したか!」

 アウルは、ははは、と明るく笑った。

「へえ。俺も聞きたいですね。後学のために、ぜひ!」

 エーリヒが、隣に座るアウルに身を乗り出した。アウルは、「そんな大層な話ではないのですがね」と照れながら、彼と話を始めた。そこに、なぜかリーゼが入り、二人は興味深げにアウルの話に聞き入った。

 その様子を横目に見ながら、カイルがセラフィナに話しかけた。

「――それはそうと、北の方、だいぶ荒れているみたいだな」

 酒の入ったグラスを傾けながら、少し真剣な顔で言った。

「ここより北に、最北の森があるんだが、その辺りが一番ひどいらしい。その辺にあるダンジョンも、魔物が強くなったり増えたりしてるとか」

 セラフィナも頷いて、買い物で店員に聞いたことを話す。

「北の方の村から避難してくる人までいるらしいわ。何が起こっているのかしら」

「ハルグレイムには、ギルドの営業所がある。そこで聞いてみるのがいいかもな」

 カイルが言うのを聞いて、珍しくアルベルトが口を開いた。

「それほど大ごとになっているのなら、国が動いているのではないか? 少なくとも、アストレアではそのような話を聞かなかったが」

 腕を組んで言う姿は、一国の王子そのものに見える。空気がピリッとするのを感じて、セラフィナは少しだけ背筋を正した。

「アストレアとフィヨルラインは友好国だものね。フィヨルラインに何かあれば、アストレアには少なくとも情報提供があるはずだわ」

 アルベルトは頷いた。

「だが、俺がいた時には、魔物が増えているという話は聞いていない。この現象は、少なくともここ一ヶ月ほどで急激に悪化しているのだろうな」

「だとしたら、フィヨルライン王国自体も、相当混乱しているでしょうね。ギルドに状況の集約を求めている可能性が高いわね」

「どこも混乱しているだろう。営業所に行くのもいいが、より正確な情報を得た方が安全だ。王都には行った方がいいだろうな」

 アルベルトの言葉に、セラフィナは「そうね」と同意した。それから少しだけ考えて、カイルを見る。

「カイル、どう思う? 営業所で情報を得るとしても、確認のために王都には行く、でいい?」

 セラフィナが問いかけるが、カイルは反応しない。目を大きく開けて、アルベルトとセラフィナを交互に見ている。

「カイル? どうしたの?」

 セラフィナがカイルの腕を揺さぶると、彼は我に帰ったようにハッとした。

「――お前たち、何歳だ?」

「十八だけれど?」

 セラフィナが即座に返し、首を傾ける。アルベルトは、興味を失ったように水のグラスを傾けている。

 カイルが脱力して肩を落とした。

「――いや、いいや。うん、俺も賛成。そうしよう」

 少し落ち込んだようなカイルに、セラフィナは眉を顰めた。

「何よ、その反応は」

 セラフィナが少し不機嫌そうに言うと、カイルは顔を背ける。

「……いや、将来が恐ろしいなと思って」

 その言葉に、セラフィナは更に首を傾けた。

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