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距離がおかしい

少しずつ続けていきます。感想お待ちしています!

 吐いた息の向こうに、月の光が反射した気がした。

 ふと目をやると、そこにいたのはアルベルトだった。

 月と星、そして窓から漏れる僅かな灯り。それでも、この男の髪や瞳は、光を拾って輝いている。白い肌は薄明かりに浮かび上がるほどで、冒険者風の服装をしているのに、これほど王子様という言葉が似合う人はいないだろう。

「…………本当に、嫌味なくらいきれいね」

 セラフィナは、半目になって低く呟いた。

「……は?」

 アルベルトは、眉間に皺を寄せた。しかし、セラフィナがぷいとあちらを向いてしまったので、ため息をついて彼女に近づいた。

「――座っても?」

「だめです」

「……座るぞ」

「なんでよ」

 アルベルトは、紳士的にセラフィナに聞いてみたが、すぐさま拒否されたので、いつも通り自分で決めて座ることにした。横でぶつぶつと文句を言っているようだが、聞こえないことにして黙ってセラフィナの横に座り続けた。

 セラフィナの文句も終わり、沈黙が流れる。さわり、と木の枝が擦れる音がする。

 冬の夜風は刺すように冷たい。暖かい格好をしてきたつもりだが、じわじわと身体が冷えてきて、セラフィナは襟元をぎゅっと握った。

 何もないなら戻ろうかしら、とセラフィナは思い、チラリとアルベルトを見ると、碧い瞳と目が合った。

「……ずっと、見ていたの?」

 セラフィナは、目を瞬かせて聞くと、アルベルトは目を合わせたまま答えた。

「ああ。髪に月の光が反射して、きれいだと思って」

 いつもの無表情で言われて、セラフィナは「はあ……?」と首を傾げてしまう。

「お前と、何の目的もなく対面するのは、初めてだ」

 言われて、セラフィナは、確かに、と思った。自分は王子の婚約者としての仕事を全うするために対面していたし、彼もまた、政治の駒として婚約者を利用するために会っていたのだろう。今は、ただ会ったから一緒にいるだけだ。

 セラフィナは、ほうっと息を吐いた。

「まあ、お互いに立場も何も、ありませんからね。私も好きに振る舞っていますから、アルベルト様も、どうぞお好きになさってください」

 よっぽど相手のことが好きではない限り、セラフィナは、嫌われているとわかっている人に歩み寄る気はない。突き放したように言ってから立とうとすると、アルベルトに腕を掴まれ立ち損ねた。

 驚いて彼を見ると、眉が下がり、碧い瞳が揺れている。そんな表情を初めて見たセラフィナは、「離してください」という言葉が喉元で詰まって消えてしまった。

「――お前は、俺が嫌いか?」

 アルベルトが低い声で言った。

「……なぜですか?」

 嫌いではない。しかし、好きでもない。そう思ったが、なんとなく言葉にできなかった。いつもは上から見下されていると感じる瞳だったが、今は不思議と不快には感じない。まるで、とセラフィナは思った。

(――まるで、捨てられた犬のような……)

 セラフィナは、耐えられずじりっと身体を後ろに引くが、その分だけアルベルトが近づいた。

「お前は、俺には笑わない」

 声は抑揚がないのに、碧い瞳だけが揺れている。

「そんなこと、ないでしょう。いつだって、私は――」

 社交界では笑顔だった、と言おうとしたが、アルベルトに遮られる。

「あんなもの、いらない」

 完璧な笑顔を「あんなもの」と言われて、セラフィナはムッとした。「ちょっと」と抗議するが、それもアルベルトに遮られる。

「数日、お前に言われたことを考えていた。それから、お前という人間も見てきた。俺は、俺として、お前に好かれたい」

 今度はセラフィナが「……は?」と言った。アルベルトは、構わず続ける。

「王族だからといって敬わない、とお前は言った。では、王族でなければ、俺を好くこともあるだろう」

 アルベルトがさらに近づき、セラフィナはたまらず背中をのけぞらせた。後ろに倒れそうになったところを、アルベルトの腕が背中を支える。そのまま引き寄せられ、アルベルトの腕の中に収まった。

 顎を取られて、くいと上を向かされる。

 視線が絡む。二人分の白い吐息が、一緒になって空に消える。

「――俺を見ろ、セラフィナ」

 アルベルトの低い声と共に、顔がゆっくりと近づいて来た――

 

「へえ」

 間の抜けたような声が、夜の静寂に落ちた。

 アルベルトの動きが、ぴたりと止まる。

 セラフィナは、はっとして顔を横に向けた。宿の裏口のあたり、灯りの届く境目に、一人の男が立っている。

 エーリヒだった。

 腕を組んで柱にもたれ、面白そうにこちらを眺めている。いつもの穏やかな笑みを浮かべているのに、目だけが少しも笑っていない。

「いい雰囲気だね」

 ゆっくりと歩いてきながら、エーリヒは続けた。

「俺、邪魔だったかな?」

 セラフィナは、「何のこと?」と首を傾げてから前を見ると、アルベルトの顔が至近距離にあった。

「――え!? アルベルト様!?」

 慌てて身体を離そうとするが、アルベルトの腕がまだ背中に回ったままだ。セラフィナがじたばたしている間に、エーリヒが二人の前まで来て立ち止まる。

 アルベルトは、セラフィナの背中にもう片方の腕も回し、離す気がない。

「様、はいらないし、敬語もなしだと、昼間に言ったはずだ」

「こ、これは、もう癖で――わ、わかりました、わかったわよ! だから、もう離して!」

 途中で腕に力を込めたアルベルトに恐怖を覚え、セラフィナは早々に降参した。

 緩くなった腕から抜け出したセラフィナは、素早くエーリヒの背中に回り込み、影から顔を覗かせた。薄暗闇の中でも見てとれるほどに顔が赤い。

 そんなセラフィナを見て、エーリヒはくすりと笑った。

「セラ、もう遅いよ。明日に響くから、寝た方がいいよ」

 そう言って、セラフィナの背中を優しく押した。

「あ、そうよね。エーリヒは寝ないの?」

 されるままに裏口から宿の中に入り、エーリヒに尋ねると、彼はにっこりと微笑んだ。

「アルを部屋に戻したら寝るよ」

 その返事に、セラフィナは「そう?」と疑いもなく言って、おやすみなさい、と廊下の奥へ戻って行った。

 エーリヒも、おやすみ、と言ってドアを静かに閉める。そして、そのままアルベルトの方に向き直った。

 エーリヒは穏やかにアルベルトを眺め、対するアルベルトはチッと舌打ちをする。

 それから立ち上がり、エーリヒを真正面から睨んだ。

「……盗み聞きとは、趣味が悪いな」

「うん? 聞くつもりはなかったんだけどね」

 エーリヒは肩をすくめた。

「月がきれいだから外に出たら、面白そうなことをしてる人たちが見えただけ」

 そう言って、にこりと笑う。その笑みを見て、アルベルトの眉間の皺がさらに深くなった。

「……性格が悪い」

 ぼそっと呟いたアルベルトに、エーリヒがくすくすと笑った。

「王子様が、お子様なんだよ」

 そう言うエーリヒを、アルベルトはさらに強く睨みつける。

「あれでしょ? 嫌いな子を見すぎて、逆に目が離せなくなったやつ」

 エーリヒは、腕を組み、壁にもたれた。

「しかも、見れば見るほど違う表情を見せるもんだから、もう泥沼」

 長い脚を組み、首を少し傾けて続ける。

「セラ、貴族令嬢としては完璧だけど、それをやめたら、ただの女の子だもんね。あんな顔を見ちゃったら……ねえ?」

 アルベルトは、はっと息を止めた。

 なぜ、こうまでセラフィナが欲しいと思うのか。王宮にいた頃とは違う「欲しい」という感情は、どこから来るのか。王子としての自分は、公爵令嬢が欲しかった。しかし、今の自分は――

「……俺は、セラフィナが欲しい」

 だからこそ、自分を認めてもらいたいのだと、気がついた。

 アルベルトの自答を拾ったエーリヒは、うんうん、と頷いた。

「知ってる、知ってる。君は、セラフィナが好きなんだよね。――なんでこんな数日で好きになるかなあ」

 エーリヒは呆れ声で言って、眩しそうに月を見上げた。そして、すぐに視線を戻してアルベルトを見る。

「――でも、あれはダメ。キスするなら、本人の同意をとらなきゃダメだよ?」

 同意を求めているのに返事を求めていないエーリヒの表情に、アルベルトは背筋がゾクリとするのを感じた。緑がかった褐色の瞳が細められ、口元は笑っているのに、笑顔に見えない。

 アルベルトは、「ああ」という言葉を、何とか喉元から搾り出した。

 それに頷いたエーリヒは、「じゃあ、早く寝るんだよ」とにこりと笑い、手をひらひらと振って裏口から消えていった。

 一人取り残されたアルベルトは、しばらくそこに立ち竦んでいたが、ブルリと背中を振るわせると、急足で部屋へと戻っていった。


 旅の朝は早い。朝食も早々に、一行は荷馬車に乗り込んだ。

 天気は良いのに、空気が冷たい。アウルに借りた毛布を着込んだセラフィナは、小さく欠伸をした。

「眠れなかったですか?」

 セラフィナと一緒に毛布に包まったリーゼが、セラフィナを覗き込む。

「そうなの。身体が冷えてしまって、なかなか寝付けなくって」

 半分は、本当だ。だが、もう半分は、考え事のせいだった。

(エーリヒはいつものことだけれど、アルベルト様は……何があったの?)

 あんなに近づく人ではなかった。むしろ、自分とは一定の距離をとっていたはずなのに、昨夜は距離感が狂っていた。これも、好きになるはずの主人公がいなくなった影響なのか。エーリヒの視線だけでも、たまにドキッとすることがあるのに、アルベルトの距離感まで狂ってしまうと、心臓が持たないのではないか。冷静な顔を保つのにも、限度がある。

 セラフィナは、夜にベッドの中で不安を募らせた結果、寝不足になってしまったのだった。

 はあ、とため息をつくと、エーリヒが真面目な顔をして言った。

「セラ。あんな時間に外に出るからだよ」

 エーリヒに注意されて、セラフィナは少しだけ口を尖らせて「だって……」と呟いた。それを横から遮ったのは、リーゼだった。

「待ってください。あんな寒い中、外に出たのですか?」

 怒られる気配を感じて、セラフィナはリーゼから視線を外す。

「……少し、考え事をしていたのよ。それに、ちゃんと暖かい格好をして行ったわ」

 言い訳にもならない言葉を聞いて、リーゼはため息をついた。

「それでもです。――エーリヒさん、どうして寒いのがわかっているのに、セラフィナさんをコートなり毛布なりで包まないのですか」

 急に矛先が向いたエーリヒは、「ええ?」と驚いた声を上げた。

「俺は、セラを見つけてすぐに、宿屋の中に戻したよ? そこは、褒められるところだと思うけど」

「身体はすぐに暖まりません。そこは気を利かせて、私に一声かけてください」

「……君、寝てたでしょ」

「だとしてもです」

 リーゼの過保護っぷりに、エーリヒが呆れた顔をして「はいはい」と両手を上げた。

「リーゼ、あなた、私を子供だと思っているわね?」

 セラフィナも呆れた声を出すが、リーゼに睨み返されてしまう。

「当然です。セラフィナさんは、大抵のことは自分でできますが……妙なところが抜けているのです。ご自宅で本に埋もれて寝ていたら窒息しかけたこと、覚えていませんか?」

 無表情で早口に言われ、セラフィナは黙り込んだ。覚えているに決まっている。家中の人に泣かれたのだから。

「そう言うわけで、みなさま。セラフィナさんのことは、私に報告を」

 男三人は、リーゼの言葉に神妙に頷いた。

 セラフィナだけが、「大袈裟なのよ……」と呟いた。味方がいないことを悟った彼女は、少しだけ唇を尖らせると、毛布の中でもそもそと動いた。居場所を定め、リーゼの肩に額を押し付け目を瞑る。

 リーゼは、当たり前のように毛布を整える。すぐに、穏やかな寝息が聞こえてきた。

 その様子をじっと見ている二人の男を見て、カイルは「そういうとこだよ……」とため息をついた。

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