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北へ

 商業都市ルーヴェンを出発して一週間。アストレア王国の国境を難なく越え、五人はフィヨルライン王国に入った。冬の初めの空気は冷たいが、まだ雪が降るほどではない。それでも、アストエア王国の王都で育ったセラフィナにしてみれば、真冬並みの寒さに身が凍る。馬車の中で上着を寄せて、縮こまった。

「この時期に、北に行こうといったのは、どなたでしたっけ」

 リーゼが、同じように上着を手繰り寄せながら静かに言った。

「よく聞きなさい。それは、私よ。何か言いたいことがあるの?」

 セラフィナが、リーゼを見据えて答えを返す。鋭く見られても、リーゼは通常通り無表情だ。

「いいえ、これは愚痴です。ただの愚痴です」

「愚痴なら仕方がないわね」

 セラフィナとリーゼのいつもの会話に、アルベルトが首を傾げてエーリヒに尋ねる。

「いつも思っていたのだが、主従の会話は、これが正解なのか? 俺の周りとの差が激しいのだが」

「主も従も不正解だよ。アルの認識が正しい」

 エーリヒが穏やかに、しかしはっきりと言うので、アルベルトは少しほっとした。その様子を見ながら、カイルは不安げに呟いた。

「……俺は、このグループにいていいのか?」

 この四人は何も隠す気がない。かと言って、はっきりと言うこともない。

 しかし、セラフィナとエーリヒが貴族、リーゼはセラフィナの侍女謙護衛であることは、カイルも気づいている。そして、新たに加わったアルベルトは、セラフィナよりも上の身分。以前エーリヒが、セラフィナを『最上級のお嬢さん』と呼んでいた。その上ということは――カイルは、いつものようにそこで考えることをやめた。

 ふとカイルが顔を上げると、四人全員が、驚いたように自分の方を見ているのに気づく。馬車の中には、馬の蹄の音と車輪が土を噛む音が響いている。

 誰も、何も話をしていなかった。

「……どうした?」

 沈黙に溜まりかねて、カイルが皆に尋ねた。

「カイル……まさか、嫌になった?」

 セラフィナが、眉を顰めてそっと聞いた。

「あ、いや……でも、お前たちは……」

 カイルは、そこで言葉を切る。彼らは貴族、またはそれ以上で、自分だけが平民だ。今「お前たち」と呼んだその言葉すら、本来なら首と胴が離れかねない案件だ。カイルはそう言おうとしたが、言ってはいけない気がして口を閉じ、代わりにセラフィナから視線を外す。

 馬車に満ちた重い沈黙を破ったのは、意外にもアルベルトだった。

「お前たちの関係性がわかっているわけではないが――」

 下を向いたカイルを、アルベルトはひたと見つめて無表情で続ける。

「俺は、お前がこのグループの中心だと思っていたのだが、違うのか?」

 静かな言葉に、カイルは「え?」と顔を上げる。何かに迷うような碧い瞳が、カイルを見返している。

「たかだか数日の感想だ。お前が違うと言うのなら、違うのだろうな」

 碧い瞳は、ぷいと逸らされてしまった。

 カイルは、どうしていいのかわからず、視線をうろうろさせる。

「とりあえず、カイルさん。セラフィナさんの魂が抜けています。謝ってください」

 リーゼの言葉でセラフィナを見ると、口から魂が出ていくのを見た――ような気がして、カイルは慌てて手を合わせた。

「ご、ごめん! 嫌じゃない! 嫌じゃないから!」

「カイル……セラとリーゼが暴走したら、誰が止めるの?」

「ほら、カイルさん。セラフィナさんが反論しません。謝り足りませんよ」

「ごめんって! エーリヒも、絶望的な顔するのやめてくれる!? ねえ、リーゼも! 楽しんでないで、何とかしてくれっ!」

「何だ。噛み合っているではないか」

「そういう問題じゃないっ!」

 一時的に静かだった馬車の中は、すぐに大騒ぎになった。

 

 そうしてしばらく騒いでいたが、ふとカイルが外に意識を向けた。

「ん? 何か引っかかった?」

 カイルを見て、エーリヒが反応する。

「魔物が近づいてるな。中型のやつ。五匹くらいだ」

 今回乗っている馬車は、アストレア王国の国境の街アレストで受けた護衛依頼だ。ギルドの支部は、国に一つずつしか設置されていないが、アレストのような比較的大きな街には営業所が置いてあることが多い。移動しながら経験値を稼ぐために受けたのが、同じ方向へ行く商人の、この荷馬車の護衛依頼だった。

「逃げられそう?」

 エーリヒが聞くが、カイルが首を横に振った。

「無理だな。狼系だろう。移動が早い」

 そう言うと、カイルは御者に、馬車を止めるよう指示した。

「アウルさんは、馬車の中にいてください」

 依頼者のアウルは、不安そうにカイルを見る。

「だ、大丈夫でしょうか。このまま逃げた方が……」

 顔を青くしながら言うのを、エーリヒがにこやかに対応する。

「狼系の魔物は足が速いので、追いつかれてしまいますよ。走っている馬が襲われるより、ここで止まって倒してしまった方が安全です」

 穏やかな雰囲気に、アウルは少し息を吐いた。

「――では、馬に目隠しをしましょう。怯えて暴れないように」

 そうして、アウルは黒い布を馬の頭に被せた後、自分は荷台に隠れる。入れ替わりに五人が外に出て、魔物が来る方向を向く。森を貫く一本道は、馬車がすれ違えるほど広くとってあるが、一歩道を逸れれば木々に視界を遮られる。カイルたちは、木々の向こうに視線を送る。

「――来るぞ!」

 カイルの声と同時に、狼を二回りほど大きくしたような魔物が、木々の中から姿を現した。匂いを嗅ぎつけて来たのだろう。五匹ほどの群れは、林を抜けると一瞬速度を落としたが、牙を剥いて一気にこちらに向かって来た。

「スカルヴァルグだ! 口から氷の矢を放つ!」

 カイルは叫んで、鋭く矢を放つ。先頭の一匹目掛けて放たれた矢は、頭の硬い皮に跳ね返される。続けて放たれた魔力矢が魔物の肩を掠め、連続する攻撃に距離を取る。

 群れを見た瞬間に動いたエーリヒは、その横から走りこみ、端の一匹に切りかかった。胴を裂くと思われた攻撃も、カン!という硬い音と共に跳ね返される。攻撃を受けた魔物がエーリヒに爪を立てる瞬間、リーゼが魔物の目を狙う。魔物はスレスレで避けて、リーゼの剣が空を薙ぐ。避けた先にはエーリヒが待ち受け、剣に魔力を込めて斜め下から首を断つ。今度は弾かれることなく肉を断ち切り、次の一匹を牽制する。

 馬に狙いを定めた一匹に、アルベルトが立ちはだかる。カッと開いた口から出現した氷の矢は、アルベルトの剣に叩き落とされた。返す刃で魔物の胴を狙うが、後方に吹っ飛んだだけで魔物はすぐに立ち上がった。その横からもう一匹が走り込むのを、アルベルトの放った強風が弾き返す。

 アルベルトは、舌打ちをした。カイルやエーリヒは、魔力を武器に戦っているし、リーゼも他のフォローに回っている。自分は武器に魔力を込めることができない。リーゼほど小回りもきかない。かと言って、弱点属性である炎を使えば、木々に燃え移る可能性がある。何かないか、と奥歯を噛んで、ふと名前が出ていない一人を思い出した。

 アルベルトは、最初に馬と馬車に結界をかけたきり、動いていない人物に、苛立たしく声をかける。

「おい、セラフィナ。腑抜けてないで、役に立て」

 二匹の魔物を風で抑え込みながらセラフィナを見ると、いまだに機能していないセラフィナが突っ立っている。

「――カイルに捨てられるぞ」

 静かなひと言が、セラフィナの耳に鋭く響いた。氷青の瞳が大きく開かれたかと思うと、顔に朱が戻り、スタッフを取り出してアルベルトに向けた。

「――何ですって? 攻めきれないでいる男に、言われたくないわ……ねっ!」

 スタッフを大きく振りかぶって振り下ろす――その瞬間、空気が低く震えた。肌がゾワっとする感覚が通り過ぎる。

 何が起きたのかわからず、四人が一斉にセラフィナを向く。一瞬遅れて、パリン、パリンという固い音が響いた。

「ほら、これで剣が通るわ。私は優秀なのよ」

 勝ち誇ったような表情で、セラフィナが胸を張る。

「ふん、上出来だ」

 アルベルトは、すぐさま一匹を風で吹き飛ばし、残る一匹を切り伏せた。そこここで放たれる氷の矢は、セラフィナがスタッフを振るたびにパリン、という音と共に砕け散る。硬い皮と氷の攻撃を無効にされたスカルヴァルグの群は、ものの数分で制圧された。

 

 最後の一匹が倒れると、林の中に静寂が戻った。

 先ほどまで飛び交っていた氷の矢も、唸る風も、もうない。

 カイルは弓を下ろし、周囲を見回す。

「……終わりだな」

 その声で、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。

 エーリヒが剣の血を払う。

「スカルヴァルグが群れで出るなんて、珍しいね」

「冬が近いからだろ」

 短く答えながら、カイルは最後に倒れた魔物に矢を回収しに向かった。

 リーゼは周囲を警戒しながら、静かに剣を鞘へ戻し、セラフィナは馬車と馬にかけていた結界を解いた。

 一方で、アルベルトは荷台に乗ったアウルに声をかけているセラフィナを眺めていた。

 護衛として来ているのに、何もしないセラフィナに苛立ち、つい口をついて出た言葉。荷馬車での様子から、仲間に捨てられるのが一番効くと思って発した言葉に、セラフィナはアルベルトの予想を超えて反応した。

 その反応は、いつもアルベルトに向ける"公爵令嬢"のそれではなく、感情の乗った、一人の人に見えた。

 セラフィナが、倒れた魔物の方に向かうのを、アルベルトは目で追った。

「スカルヴァルグって、焼くと美味しいらしいわ!」

 リーゼに駆け寄り、何やら相談を始めた顔は、真剣そのものだ。

(――今だったら……)

 今なら、また、感情を向けてもらえるだろうか――アルベルトが足を向けた瞬間、二人の元にエーリヒが近寄ってきた。

「毛皮はコートにちょうどいいらしいよ」

 穏やかに、自然に会話に入る彼を見て、アルベルトは足を止めた。結局、その光景を遠くから眺めるだけだった。

「それよりセラ、さっきのは何?」

 エーリヒが、解体した魔物を魔法拡張鞄に入れながらセラフィナに尋ねた。

「セラが何かしたら、硬い皮に剣が通るようになったけど、何をしたの?」

「あれ? あれは振動を使ったの。スカルヴァルグの皮は硬いのではなくて凍らせているの。振動をすごく細かくしてぶつけて、氷を割ったのよ。氷って、振動に弱いのよ」

「ふうん。だから皮が綺麗に残っているんだ?」

「必要以上に傷ついていなくて、助かります」

 リーゼがせっせと手を動かしながら、セラフィナを褒める。

 セラフィナは、二人に得意げな表情をする。

「そうでしょう、そうでしょう。私は、どんどん進化するのよ」

「ところで、スカルヴァルグの皮が凍っているって、どうしてわかったのです? 知っていたのですか?」

 リーゼの質問に、セラフィナが固まる。エーリヒも、不思議そうに首を傾げている。

「あー……私は色々と、知っているの……」

 まさか、ゲームで弱点を知っていたなんて、言えない。セラフィナはそっと視線を外して誤魔化した。

 そういえば、とセラフィナはふと思った。セラフィナは、まだ使えない魔法がたくさんある。ゲームでは自然と覚えていた魔法も、現実世界では魔法書を読み、その構造を理解しなければ使えないらしい。

(旅の目的に、魔法書集めを追加するのもいいかもしれないわね!)

 そこに思い至って、セラフィナの頬が自然と緩んだ。

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