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増えた

 数日後、セラフィナたちは、商業都市ルーヴェンをたった。セラフィナの「雪が見たい」という言葉だけで、一行は馬車に乗った。目指すはフィヨルライン王国――妖精が住むといわれる、古い国だ。

「フィヨルライン王国の魔法体系は、アストレア王国とは違うのですって。こちらが自然物を操るのに対して、あちらは妖精の力を借りて魔法を使うのだそうよ。楽しみだわ!」

 冬のこの時期に北に向かう者は少ない。馬車には、セラフィナたち五人しか乗っていなかった。

「セラフィナさん、ワクワクするのはいいですが、本は読まないようにお願いします」

 リーゼは、いつも通りセラフィナの指導をする。

「わかっているわよ。私だって、学習するわ」

 セラフィナがジロリとリーゼを睨むが、本人はどこ吹く風で外を眺める。セラフィナも、つられて外を見た。

「これよりもっと寒くなるのでしょう? 途中でコートだとかを買わないといけないわね」

「それなら、アストレアを出た先にある町で買えるぞ。冬に旅する奴らは、みんなそうするんだ」

 落ち着かない馬車内の雰囲気を感じながら、カイルがセラフィナに教える。セラフィナは、「それは楽しみだわ」と返事をしてチラリと隣に座るエーリヒを見た。

「……あの、エーリヒ? 顔が怖いわ?」

 腕を組んで座るエーリヒの眉間には、シワが寄っている。ここまで不機嫌な彼を、セラフィナは初めて見た。

「セラ? この状況で、俺がご機嫌になると、本当に思っているの?」

「えーと……」

「セラフィナさん、地雷です。謝るべきです」

 言い淀むセラフィナに、リーゼが的確な助言をする。

「……はい。ごめんなさい」

 セラフィナは素直に謝るが、エーリヒの不機嫌は治らない。

「だいたい、セラはさ。あんなに見事に出奔してみせたのに、どうしてここにきて隙だらけなの? もう、俺、セラのこと閉じ込めていい?」

「閉じ込められたら、世界を見て周れないわ」

 セラフィナは、困った顔でエーリヒに返した。

 今度はカイルが心配そうな顔をする。

「……セラ。閉じ込めるのは、犯罪だからな? 全力で逃げないと、ダメだからな?」

「え、犯罪!? エーリヒ。いくらあなたが陰湿でも、犯罪はよくないわ」

 驚くセラフィナに、リーゼがこめかみを抑えてため息をついた。

 この光景を黙って見ていた金髪碧眼の男性――アルベルトは、静かな声でカイルに話しかけた。

「おい。セラフィナは、いつもこうなのか? 噛み合わないと言うか、気が抜けると言うか……」

 それにカイルが答える前に、キリッとした顔のセラフィナが言い返した。

「アルベルト様。随分と失礼なことを仰いますね」

「失礼も何も、お前、俺の前でネコを被っていたな?」

「被っていません。場に合わせているだけです。TPOです。……ん? リーゼ。『TPO』って、何?」

 最後に表情が崩れて、こてりと小首を傾げる。

「……知りませんよ。それより、でん……アルベルト様を悩殺したいのですか?」

 リーゼの言葉に疑問符を浮かべながらセラフィナがアルベルトを見ると、ポカンとした表情が見えた。

 セラフィナの隣では、エーリヒが「やっぱり閉じ込めたほうが……」と呟き、カイルに止められている。

 セラフィナが状況についていけず首を傾げていると、アルベルトの意識が戻って咳払いをした。

「それよりも。俺も、お前たちと一緒に行く。冒険者登録もした。お前たちと俺は、同等だ。よって、俺のことは名で呼び捨てろ。俺も、皆をそのように呼ぶ。敬語も不要だ」

 アルベルトの言葉に、セラフィナは目を見開いて驚いた。

 自尊心の塊で、誰よりも王族という肩書きにこだわっていたアルベルトだ。それが、平民の立場に立つと言う。冒険者登録をしたことといい、この王子に何があったのか。セラフィナとエーリヒは、一瞬視線を交わし、困惑を共有した。

 アルベルトは、その一瞬を見逃さなかった。

「身分や肩書では評価されないのだろう? お前――セラが言っていたことだ」

 アルベルトは、無表情で言い放つ。

「ならば、それ自体捨ててしまおう。お前は、何を持って俺を評価する?」

 碧い瞳に鋭く射抜かれて、セラフィナは顔色を悪くして固まった。

 馬車の中ではエーリヒが殺気を放ち、カイルがエーリヒを宥め、リーゼが外の風景に意識を移していた。


 夕方近くになって、五人はようやくその日の目的地に着いた。途中で乗り換えた馬車には、子供を二人連れた親子が同乗していた。フカフカクッションを子供達に貸したセラフィナとリーゼの強い希望で、その日は町で一番良いベッドがある宿に泊まることになった。夕食を終えて、セラフィナとリーゼは早々に部屋に戻った。

 エーリヒの部屋では、アルベルトが長い脚を組んで椅子に座る。対面に座るエーリヒは、アルベルトをにこやかに迎えている。

「それで、フェルナー。お前は、いつから俺の婚約者と通じていた?」

「“元”婚約者ですけれどね」

 無表情のアルベルトに、エーリヒはあくまでも穏やかに、しかしはっきりと返す。

「些細なことだ。あれが出奔したのに、お前も絡んでいるだろう?」

 アルベルトは、身分や立場を絶対的と考えるからこそ、政治においては有能だった。王族という立場を絶対視するために、己を律し、公私共に王族として存在していた。それが、セラフィナにだけ執着を見せるのは、エーリヒには不思議に思えた。

「……殿下は、身分や立場を捨てると仰いましたね。私たちも、殿下を王族として接しなくても良いということですか?」

 エーリヒは、念の為アルベルトに確認した。この王子が、言った言わないの姑息な手を使うとは思っていないが、確認は必要だった。

「その通りだ。俺は、お前たちと同じ、冒険者だ。フェルナー……いや、エーリヒも、普通通りに接してほしい」

 アルベルトが無表情で肯定したので、エーリヒはそっと息を吐いた。

「そうですか……では、そうしよう。ずっと敬語である方が、不自然だし」

 アルベルトは少しだけ口の端を上げた。

「そうしてくれ。――で? 俺の婚約者と、随分仲が良いな」

 その言葉に、エーリヒはげっそりとした顔になった。

「"元"婚約者ね。前から思っていたんだけど、アルベルト……は、どうしてセラにこだわる? 嫌いでしょ?」

 エーリヒは、ずっと気になっていたことを聞いた。冒険者同士、というなら、聞いても怒られないだろう。

「『アル』でいい。家族はそう呼ぶ。――あれは、なんでも卒なくこなすくせに、俺を見ないからな。上辺だけの態度を隠しもしない。俺は王族だぞ? なのに、俺を見る目は、他人を見る目と何ら変わらない。敬いも、恐れも、嫌いもしない。なんなんだ、あれは」

 最後の方は、愚痴としか思えなかった。アルベルトの表情は、大人びたいつもの雰囲気とは違い、十八歳の年相応の若者だった。

「――ああ、つまり? 無視されるなら意地でも視界に入ってやろう、的な?」

「俺を子供のように言うな。お前、案外嫌なやつだな」

 眉を顰めるアルベルトを見て、エーリヒはくっくっと笑った。

「お前も、ネコを被っていたというわけか。誰も彼も、俺を謀るか」

 アルベルトが悔しそうにするので、エーリヒは一応フォローもした。

「ヴィルヘルムは、素であれだよ」

「慰めにもならん」

 エーリヒは、くすくす笑ってグラスの酒に口をつけた。アルベルトが、酒瓶を持ってきたのだ。ありがたくいただくことにする。

「――お前、この状況で、自分だけ飲むのか?」

「アルは、まだお酒が飲めないからね。代わりに俺が飲んであげるよ」

 にこやかに言うエーリヒを、アルベルトが軽く睨む。

「とんだネコ被りだな」

「誰だって、そうだよ」

「――そうか」

 アルベルトは、無表情のまま碧い瞳を少しだけ揺らした。

「俺は、完璧な公爵令嬢セラフィナ・アーヴァインしか知らない。今もそうだ。だが、お前たちと接している彼女は、ただの少女に見える。あれは、どちらが本物なのだ?」

 アルベルトは、公爵令嬢と冒険者、どちらの顔も知っているエーリヒに尋ねた。彼には、セラフィナがいまだに“公爵令嬢”に見える。その“公爵令嬢”の世界には、アルベルトは存在しないのだ。そして、アルベルトには“ただの少女”のセラフィナが存在しない。

「――どうすれば、あの瞳を向けてもらえるのだ?」

 下を向いて、呟くように言うアルベルトを見て、エーリヒは口を開き、少し迷って何も言わずに閉じた。そして、にこりと笑って言った。

「教えてあげない」

「…………大人気ないな」

 ジロリと睨むアルベルトをくすくす笑って、エーリヒはグラスを傾けた。

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