村を助けよう
ボノの村は、傍目には平和そのものだった。
農作業をする村人、それを遊びながら手伝う子供たち。広場では女性が数人囁き合い、荷物を運ぶ男性がいる。
セラフィナたち四人は、ルーヴェンから徒歩で五日かかる村にいた。定期便の馬車もなく、訪れる人も少ないこの村は、どことなく疲れた雰囲気が漂っていた。
「わざわざ、遠いところから、ありがとうございます」
村長は、四人に丁寧に頭を下げた。
「ご丁寧に、こちらこそありがとうございます」
カイルが人の良い笑顔で答えるの見て、村長は明らかにホッとした様子を見せた。まだ四十代ほどに見えるこの男性の顔には、ありありと疲れが見えている。
「いえ……馬車が出ていないこの村に来てくれる冒険者の方がいなくて。来ていただいて、本当に助かります」
「そんなに畏まらなくてもいいですよ。うちのセラが、歩いて移動したかっただけなので」
朗らかに笑って言うエーリヒに、セラフィナが抗議する。
「私を変な子のように言わないでくれる?」
「セラフィナさん、諦めましょう。ただの事実です」
「――どういう意味よ」
セラフィナの冷たい視線を、リーゼは向こうを向いて無視した。
それを見ていた村長が、口の端だけで少し笑った。
「お気遣いをいただいたのは、こちらのほうですね」
カイルとエーリヒは気遣いだったが、セラフィナとリーゼはただの素だ。それでも村長は、四人の温かい雰囲気に、少し緊張がほぐれる気がした。
「依頼の話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
断りを入れてから、村長はことの次第を説明する。
冬も間近なこの頃、ボノの村は秋芋収穫で大忙しのはずだった。それが、今年は一部の畑の秋芋が食い荒らされるという事態になっている。原因は、近くに巣くったマッドボアだ。
土魔力を帯びた猪に似た魔物で、主食は芋。この村が、絶好の食糧庫になってしまったのだった。
「――秋芋は、村にとっては冬を越えるのに不可欠な作物です。これ以上畑を荒らされれば、冬を越せないかもしれない……」
村長は、深く頭を下げて続ける。
「どうか、村を助けてください」
セラフィナが「歩いて旅がしたい」という理由だけで受けた依頼は、村の存続がかかった依頼だった。四人は申し訳ない気持ちになって顔を見合わせ、誰からともなく頷き合った。
四人を代表して、カイルが口を開く。
「軽い気持ちで来てしまって、申し訳ない。依頼内容は理解しました。できる限りを尽くしましょう」
村長は、誠実なカイルの言葉に、いたく感動したのだった。
村の近くにある広い森。
四人は、崖の上から魔物の巣を見下ろしていた。
「ずいぶん大きな群れね。普通はこんなものなの?」
セラフィナが、横にしゃがんだカイルに聞いた。
「いや。普通の群れは十匹くらいなんだけどな」
カイルが、顔を引き攣らせて答える。
「普通の三倍はいそうですね。燻製にしておけば、冬は超えられそうですね」
リーゼは、早速マッドボアの活用について考えだした。そこに追加情報を入れるのは、セラフィナだ。
「マッドボアのお肉は、柔らかくて美味しいって、受付のお姉様が言っていたわ。あと、牙は高く売れるのですって」
話し込む二人を、カイルが呆れながら嗜める。
「二人とも、この前水晶柱を持ち込みすぎて呆れられたの、忘れたのか?」
先日の依頼で、水晶の洞窟の水晶柱をギルドに引き渡した時のこと。
回収した水晶柱は百本を超えていたので、事前に「常識の範囲で引き渡す」ことを四人で話し合っていた。当日、依頼達成の報告で提出したのは、リーゼの魔法拡張鞄の中身分、つまり四十本弱だった。
「雪崩れるほどの水晶柱を見て引いてなかったのは、お前たち三人だけだからな」
カイルが半目で三人を睨むが、見られた方は疑問符だらけだ。
「常識の範囲内でっていう話だったし、妥当な量だったと思うけど」
エーリヒまでおかしなことを言い出した。
「一本で大銀貨一枚だとしても、宿代一ヶ月分に満たないだろう?」
エーリヒが首を捻りながら言うと、セラフィナが訂正する。
「エーリヒ。普通の宿なら、一ヶ月泊まれるわ」
「ルーヴェンの『羊亭』に泊まりましたが、一泊で大銀貨三枚でしたよ」
詳細情報はリーゼが担当するが、三人の会話にカイルは開いた口が塞がらない。
「お前たち……『羊亭』は、ルーヴェンじゃ高級宿と言われてるからな。一般的な、には該当しないからな」
低く唸るようにカイルが言うと、三人は顔を見合わせて「知ってた?」「知らない」「一般的って何?」と言い出した。
その様子を見て、カイルはため息をついた。その所作や言動から薄々気がついてはいたが、「たぶん貴族」の三人と庶民のカイルとでは、金銭感覚が絶対的に合わない、とカイルは確信していた。三人がそれを隠す気も、修正する気もないことも問題だった。
カイルは、こめかみを抑えながら「とにかく」と話し出した。
「魔物の全体像もわかったし、今日はもう日が暮れる。とりあえず村に戻って休ませてもらおう」
そう言って、セラフィナを見た。
「セラ、村の畑に結界を張れるか? 朝まででいいんだが」
「問題ないわ。村全体にかけた方が楽だけれども」
頼もしい答えに、カイルが頷いた。
「頼んだ。魔物の駆逐は明日にしよう。作戦でも考えるか?」
「あまり細かいと混乱しますので、大雑把にお願いします」
頼りない返事が、リーゼから返ってきた。
四人は、翌日の戦闘をイメージしながら、村に戻っていった。
翌日、日が昇ると四人はさっそく魔物の巣へ向かった。
「まだ何もしていないのに、あんなに感謝されるなんて」
歩きながら、セラフィナは朝の出来事を振り返る。
「一夜にしろマッドボアに作物を襲われないとなれば、安心して眠れたんだろうね」
エーリヒも、朝の村長の顔を思い出す。疲れてはいたが、すっきりとした顔をしていた。
「セラフィナさん、夜にマッドボアは来ていたのですか?」
「うーん……すっかり眠っていたから、わからないわ」
少し思い出そうとするそぶりを見せながら、何も覚えていないセラフィナに、リーゼはため息をついた。
「セラフィナさんは、のんびりしすぎです」
「夜は眠るものよ。朝、起きられなくなるじゃない」
「セラフィナさんは、お寝坊しないですものね」
「そう、私はえらい子なのよ」
「お子様ですね」
「何ですって?」
ムッとした様子のセラフィナに、カイルが「まあまあ」と苦笑いする。
「それより、そろそろマッドボアの巣だぞ。少し緊張感を持とうか」
リーゼは「はーい」と返事をしたが、セラフィナはぷいとあっちを向いてしまった。エーリヒがくすくすと笑う。
「セラは、小さい頃から規則正しい生活だったんでしょ? 長く続けられるって、すごいことだよ」
頭を撫でられて、セラフィナはチラリとエーリヒを見上げる。
「――そうよ。子供ではなくて、継続する努力なのよ」
まだ少し口を尖らせながら言うセラフィナに、エーリヒが「そうだね」と優しく返した。
二人に世界に入り込めず、リーゼはすすすっとカイルに近づいた。
「カイルさん。エーリヒさんをあのままにしておいていいのですか?」
カイルは、何のことかわからず困惑する。
「あのままって、エーリヒはいつも、あんな感じだろ?」
「いいえ。最近糖度が過剰です」
真面目に言うリーゼだが、カイルは「糖度?」と首を傾げる。
「甘やかしすぎです。うちのお嬢さんは、ああいった態度に慣れていないので、エーリヒさんに甘えている節があります。こまった状況です」
リーゼは顎に手をあてて、真剣に悩んだ。
「これは、いよいよエーリヒさんを排除……」
「怖いことを考えるな」
間髪入れずにカイルが突っ込んだ。
その一方で、カイルはセラフィナとエーリヒのやり取りを見やった。
今も、エーリヒはセラフィナに蕩けるような視線を送り、彼女はそれに気づいていないまでも受け入れているように見える。
「ま、何にせよ、そろそろ巣だ。別れるぞ」
カイルの言葉で、リーゼはセラフィナの元へ行った。何かを囁いた後、エーリヒと二人で離れていく。代わりに、セラフィナがカイルの元へ来て笑顔で言う。
「行きましょうか」
カイルは、何となく久しぶりにセラフィナの声を聞いた気がした。先程まで話をしていたのに、と不思議に思いながら、それは口に出さずに笑い返した。
「ああ、よろしく頼む」
「任せておいて」
カイルは、セラフィナの笑顔に目を細めた。
セラフィナたちが向かったのは、昨日も行った崖の上だった。
二人が崖の下を覗き込むと、五メートルほど下に、マッドボアの群れが見える。少し離れた木々の間で、リーゼとエーリヒの姿が見える。
カイルは、探索魔法を広げた。
「全部を囲うとすると、直径で三十メートルくらいか。頼んだぞ」
「頼まれたわ」
セラフィナはスタッフを持ち、空に掲げる。その先に光が灯り、次の瞬間にはマッドボアの群れを丸ごと囲う、透明な膜が立ち上がった。
スタッフを下ろしたセラフィナは、カイルを少し下から見上げて言った。
「ねえ、やっぱり、どかーんと殲滅しちゃうのは、ダメ……よね?」
「昨日も言ったが、ダメだ。リーゼも言ってただろ? 自然破壊になるし、何よりここは村から近い。村に影響が出かねない」
カイルにはっきりと言われ、セラフィナは「そうよね」と崖の下を見る。
「村のための依頼だものね。村の人たちの利益にならないと、ね」
それを聞いたカイルは、優しい顔でセラフィナの頭を撫でた。
「そうだ。セラは、ちゃんとわかってるじゃないか」
「子供ではないもの。ちゃんと、わかっているわ」
最近、頭を撫でられることが多いな、と思いながらも、嫌ではない。くすぐったい感覚に戸惑いながら、セラフィナは次の行動に出る。
「次は、数を減らしてリーゼたちのフォローね。始めましょうか」
「ああ。始めよう」
セラフィナはスタッフを、カイルは弓を構えた。
風の刃と魔力矢が、マッドボアに向かって同時に放たれた。
マッドボアの巣のすぐ近くで、エーリヒとリーゼは木の影にしゃがみ込んでいた。エーリヒは、ぴくりと顔を上げた。セラフィナの結界が張られたのを感じたのだ。
「リーゼ、結界が張られた。次の合図で、行くよ」
リーゼは、魔力操作が得意ではなく、透明な結界が張られても見えない。エーリヒの言葉に頷き、剣を抜いた。
「セラフィナさん、暴走しないといいですね」
「カイルがいるし、大丈夫でしょ」
エーリヒが苦笑混じりに答えた。
「俺たちは、二人の攻撃に当たらないように注意するだけだよ」
エーリヒが言ったその時、マッドボアの巣の奥方で、空気が裂ける音と、その直後に重い衝撃音が響いた。リーゼがさっと立ち上がる。
「行きますか」
「ああ、行こう」
二人は、目標に向かって走り出した。




