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水晶を採ろう

 エーリヒは、二十センチほど下にある、水晶の光を受けて輝く笑顔に、ごくりと喉を鳴らした。氷青の瞳は潤んで輝き、熱を持っている。ふっくらとした頬は、仄かに赤く染まり、少し薄い唇が弧を描く。

 永遠に見ていられる、と、エーリヒがセラフィナの頬まで左手を持ち上げようとした時、彼女が勢いよく口を開いた。

「すごいわ、エーリヒ! それよ!」

 はっと現実に戻ったエーリヒは、慌てて上げかけた左手を元の位置に戻した。

「な……にが?」

 平静を装おうとして失敗し、エーリヒの口から掠れた声が出た。

 それを気にも留めず、セラフィナは続ける。

「魔法使い"が"試したのよ! 今の私と同じように」

 セラフィナは言うが、他の三人には疑問符しか浮かばなかった。それを見て、セラフィナは「だからね」とエーリヒの手を離して、もう一度水晶柱に触れた。

「魔法使いが使う魔法は、四大元素――つまり、地、風、火、水のどれかに属するの。でも、それではダメだった。魔力そのものが固まった水晶に、四大元素をぶつけても弾かれるだけだわ」

 セラフィナの説明に、リーゼが反論する。

「けれど、それだとやっぱり魔法では壊せない、ということになりませんか?」

 違うわ、とセラフィナがリーゼを振り返った。

「"魔法使いでは"壊せないのよ」

 微妙な言い換えに、リーゼは首を傾げる。

「何が違うのですか?」

「魔法使いは、どうしても四大元素になってしまうの。でも、戦闘職の魔法は、無属性だわ」

 そう言ってセラフィナは、カイルとエーリヒの方をむく。

「ね、カイル、エーリ……ヒ? ――あなたたち、何をしているの?」

 セラフィナが見た方向には、蹲って背中を向けるエーリヒと、その背中をさするカイルの姿があった。


「――それで? どうすればいいんだ?」

 カイルがセラフィナの横に立って、水晶柱を眺めて言った。

「これは、エーリヒが適任かな」

 カイルは振り返り、ようやく復活したエーリヒを見る。セラフィナも、一緒にエーリヒを見た。

「……うん。俺は何をすればいい?」

 セラフィナに見られて目を泳がしたエーリヒが、何とか答える。

 横で、リーゼがじとっとした目で見ているのを、エーリヒは無視するしかない。

「魔力を込めて水晶柱を切るだけなんだけど……大丈夫? 顔が赤いわ。具合が悪いのではない?」

 セラフィナが眉を下げて言うと、エーリヒは口元を手で覆って横を向いてしまった。セラフィナの隣では、カイルがかわいそうなものを見る目でエーリヒをみている。

「セラフィナさん、それ以上いじめてはいけません。この駄犬にも、そろそろ働いて欲しいので」

「失礼ね。私は心配しているのよ」

「……誰が『駄犬』だ」

 リーゼに言い返したエーリヒは、一度大きく息を吸って、一気に吐き出した。セラフィナに向き直った顔は、いつもの涼しい顔をしたエーリヒだったので、セラフィナはほっとした。

「それで、魔力を込めてってことは、剣を強化すればいいってこと? 硬いものを斬る時みたいに?」

 鞘から抜いて剣を見ながら、エーリヒが聞く。

「強化より、切れ味をよくする方向がいいかしら。水晶柱を魔力で切りたいのよ。内向きより、外向きの魔力がいいわ」

 エーリヒは、そう言いながら剣に触れようとしたセラフィナの右手を握って止めた。

「危ないから、触らないでね。――外向きね。ちょっと範囲が広くなるから、みんな少し離れていたほうがいいよ」

 わかったわ、と言い、セラフィナはエーリヒから離れる。三人は、水晶洞の入り口まで下がって、エーリヒに合図を送った。

 それを見て頷いたエーリヒは、水晶柱の林に向き直る。

 二メートルほど離れた場所に立ち、一呼吸おいて、剣を構え――横に一閃。

 その動きは、ごく軽い動きに見えた。

 何気なく振ったように見えたその一閃の後、何本もの水晶柱が、音もなくスルッとずれる。

 ――……コンッコンッ……コココココオン……

 一瞬の間を置いて、無数の水晶柱が一斉に倒れ、雪崩れた。

 エーリヒは、水晶柱の雪崩に巻き込まれる瞬間、後ろに飛び退いてセラフィナたちのところまで避難した。

 ――コココオン……カーン……フォンフォン……フォーン……

 水晶柱の動きが止まり、反響音も遠のいた。

 四人は息を呑んでそれを見つめていた。

 しん、と静まり返った静寂を破ったのは、決まり悪そうなエーリヒの声だった。

「……あー……ごめん。やりすぎたみたい……」

 右手剣を鞘に納めて、頬を擦る。

 チラリと後ろを見ると、三人が口を開けて水晶洞を見つめている。

「――うわ……すご……」

 カイルがぼそっと呟いた。

「駄犬のくせに……」

 リーゼは、相変わらず失礼だ。

「……本当に、切れたわ」

 セラフィナの表情が、驚きから喜びに変わる。満面の笑みで、パッとエーリヒを見た。

「あ、セラフィナさん……っ」

 リーゼが言葉で制し、カイルがセラフィナの襟首を掴もうとしたが、どちらも間に合わなかった。

 エーリヒは、嫌な予感がして一歩後ろに足をずらしたが、そこに滑り込んできた水晶柱に引っかかり、バランスを崩した。

 セラフィナがエーリヒに突っ込んできて、二人はそのまま水晶柱の山に崩れ落ちた。

「――えっ! ちょ……っ! えっ!? セラ、ちょっと!」

 セラフィナに飛びつかれたエーリヒは、バランスを崩しながらも彼女が怪我をしないよう反射的に抱え込んだ。

 エーリヒの上でガバッと身を起こしたセラフィナは、興奮で頬が紅潮している。

「すごいわ! 本当に切れてしまうなんて。エーリヒ、あなたステキねっ!」

 勢い込んで言うセラフィナは、自分がどんな状況にあるのか、わかっているのだろうか。男に飛びついて、事故とはいえ押し倒し、その上で顔を赤くしている。エーリヒは、あまりにも警戒心のない行動に、焦るより呆れ、愛おしくも思えた。

 至近距離にある氷青の瞳が、まるで冬の空のように澄んで見えて、エーリヒは眩しそうに目を細めた。

「ふふっ……もっと褒めてくれていいんだよ、セラ?」

 エーリヒは、涼やかに微笑んだ。

「でも、水晶柱を切れたのは、セラのおかげだね」

「ふふん。私のことも、もっと褒めてくれていいのよ?」

 セラフィナが、自信満々な顔で言うのがおかしくて、エーリヒは「はいはい」と笑って彼女の頭を優しく撫でた。

 二人でふふふと笑っていると、セラフィナは襟首を摘まれてひょいと持ち上げられた。

「……すまないが、そろそろ離れてくれ」

 カイルが、困ったような、少し戸惑うような表情で言った。

「セラフィナさん。興奮すると人に抱きつく癖は、やめましょう。特に、この人はダメです」

 リーゼが、エーリヒを指差して言った。「俺は、いつでも歓迎するよ」と言うエーリヒを、リーゼが蹴り倒した。

 カイルにぷらぷらと釣られたまま、セラフィナは現実に戻ってきた。

「そういえば、この水晶柱はどのくらいあるのかしら」

 ああ、とカイルがセラフィナを下ろして倒れた水晶柱を見渡した。

「だいぶ向こうまで倒れてるな。このままにしておくのも、悪い気がするよな」

 エーリヒが、もう一度「ごめんね」と苦笑いした。

「軽く振ったつもりだったんだけど、思ったよりスパッと切れちゃった」

「全部持って帰ればいいのではないですか? 魔力が込められた水晶柱ですよね? 良い素材になります。売ればいいですよ」

「流石に値崩れするわよ……」

「まあ、このままにはできないし、持って帰るのがいいだろうな」

 カイルの言葉で、倒した水晶柱は全て持ち帰ることになった。三人の魔法拡張鞄に水晶柱を入れ終わると、カイルが「俺も鞄買おうかな……」と呟いた。


 ドノバンを出立して二日目、ルーヴェンを目前にした日の夜に、カイルとエーリヒは村の小さな酒場で酒を飲んでいた。

 セラフィナとリーゼは、意外に夜が早い。夕食を早くに済ませ、さっさと宿に戻って行った。

 小さな村の酒場ではあるが、村人たちが集まる場所なのだろう。人が途切れることなく、賑わっていた。

 そんな酒場で、エーリヒは、今日何度目かのため息をついた。

「大丈夫……じゃないよな」

 カイルが、ため息を連発するエーリヒを苦笑いで見る。

「セラとの付き合いは短くないんだろ? あれが普通なんじゃないのか?」

 カイルの言葉に、エーリヒは「いや……」と疲れた声で答える。

「俺、護衛だったから……」

 一段と暗い声だった。

「前にも思ったけど、セラって、けっこういいところのお嬢さん?」

「いいところも何も、最上級のお嬢さん……だから、普段は澄ました顔でしょ?」

 エーリヒの答えに、カイルは納得した。

「もしかして、護衛をしてた時は、あの澄ました感じがずっとだったわけだ?」

 そうなんだよー、とエーリヒがテーブルに崩れ落ちた。

「気が抜けた時だけ、少し素の表情が見えてさ。それが見られた時は幸運くらいの頻度だったんだけど。それが、今では……」

 エーリヒが言葉を切ったので、カイルはセラフィナを思い出す。

 いつもは静かに物事を見守り、たまにリーゼに抗議をするくらいしか感情を揺らさない彼女だが、新しいことを発見したり、考えていたことが成功すると、途端に花が開いたような笑顔になる。表情をよく変える子はいるが、あのギャップには流石のカイルも驚いた。

 氷青の澄んだ瞳をキラキラさせ、頬を染めて笑うセラフィナを思い出し、カイルは、知らず「あー……」と声が漏れる。

 そんなカイルの様子に気づかず、エーリヒが話を続けた。

「何の無理もなく、笑うんだ。あの顔は、反則だよ……」

 テーブルに突っ伏したまま言った。

 カイルは、そんなエーリヒの様子に、苦笑いしながら、空いたコップに酒を注いだ。

「まあなー。セラは美人だし、あんな表情されたらなー。遠くからでも目が離せなくなるのに、抱きつかれて至近距離は、相当だな」

 カイルの素直な意見に、エーリヒは「ん?」と少し顔を上げた。

「あのとき、よく耐えたな、エーリヒ。あれが俺だったら――」

 エーリヒがじっと見ているのに気がついて、カイルが言葉を切った。

「カイル……『俺だったら』、何だって?」

 聞き返されて、カイルは困った。今、何を言おうとしたのだろう。

 今は、エーリヒが落ち込んでいるから、話を聞いていただけだ。それが、今、何を言おうとしていたのか。

 カイルは、腕を組んで考えた。うーんと唸りながら考えたが、答えは出てこなかった。

「……すまん、わからん」

 頭をかきながら困った笑いを含んだカイルの返答に、エーリヒはじとっとした目で彼を見たが、何かを諦めたのか、注がれたコップの中身を飲み干した。

「……まあ、いいけどね」

 そう言って、カイルのグラスにも酒を注いだ。

「こればっかりは、お互い様だ」

 そのエーリヒの言葉に首を傾げながら、カイルは注がれた酒に口をつける。よくわからないが、エーリヒと会っ頃の刺々しい視線ではないことに、カイルは安堵した。

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