8.任された仕事
「幾らなんでも急すぎだと思うんだが!」
ルイーズの言葉に苦笑いになってしまう。
「レオン様も人使いが荒い!」
レオン様が出した条件付きでベルック公爵領へ行くことが許可され、翌日直ぐにルイーズへと連絡をし、そして今日だ。ルイーズからしたら準備は1日しか無かったのだから、急すぎだと言うのも分かる。ルイーズより1日早く伝えられた私でも急すぎだと思ったし。
「ごめんね、巻き込んでしまって」
「フレイヤのせいじゃないでしょ。レオン様が心配性過ぎるんだよ」
朝早くからルイーズにはリーズ公爵家まで来て貰い、一緒にベルック公爵家に向かった。そして簡単に挨拶を交わして、ベルック公爵家の馬車に乗り換え直ぐに出発をした。
領主館までは半日掛かる予定で、午後の予定に間に合うよう時間を惜しんで出てきたので、ルイーズへの詳しい説明が出来ていなかった。
エミリオ様は別の馬車に乗っている為、私が説明しなければならない。……私、マデリン様とカリナ様の代わりが務まるのか未だに自信が無いんだけどな。
「レオン様が仰るには、女性の護衛の方がすぐ近くで守れるし、男性が入れない場所までついていけるからって。それにルイーズなら私があまり恐縮せずに済み話し相手にもなれるからって」
「全く!フレイヤだって始まりの魔女の直系だぞ?魔力が高く魔法も十分使えるんだから、守られるようなか弱い女性でもないだろうに!」
「そう、だね……。私の魔法技術は信用されていないということかな」
「それは違いますよ、お嬢様」
「イネス……」
イネスは私の侍女だ。幼い頃から仕えてくれていてずっと姉のような存在でもあった。3年前に結婚をして出産も経験し、夏頃仕事に復帰した。今後の私のお世話は彼女が主となるそうだ。これから私も結婚や出産、子育てをしていくことを考慮し、比較的年も近く昔から仲良く信頼もあり、またそれらの経験もあるからとのこと。
今回のベルック公爵領訪問に私の身の回りの世話の為、彼女も伴って行くことになったのだ。
「ただお嬢様のことが心配で仕方がないだけです。お嬢様は人が良すぎで直ぐ他人を信用されてしまいますから」
「私、世間知らずの間抜けだからね……」
「その通りです。よく分かってるじゃないですか」
ズバリ。
本当に私の侍女は強い。
はっきりと発言してくれるので有難い。
イネスは今夏に仕事復帰したので、夏の休暇期間に数度レオン様と顔を合わせた程度なのに、直ぐにレオン様の性格を見抜き、会えなくなった期間も的確に慰め励まし叱責された。
「ははっ!イネスは気持ちいいな~!」
何となくだけど、ルイーズとイネスは気が合うんじゃないかと思う……。
「そう言えば、オリバーはもう子どもが産まれたのでしょ?」
「休暇中に産まれたよ。可愛い女の子だった。マシューが溺愛してるらしいよ」
「マシューにしたら妹みたいなものよね。可愛くて仕方ないのかな」
「フレイヤに振られて、その行き場のなくなった愛情を捧げてるんじゃない」
「振ったのですか?お嬢様」
「えっ!私、何もしてないよ!?」
「ほら、領主館で私とレオン様が手合わせした時に、レオン様の脇に剣が入ってフレイヤが心配して膝に乗ってたマシューを転げ落としてしまっただろ?落ちたマシューよりもレオン様のことばかり心配して、手合わせしている時に話し掛けても上の空だし、もう全然マシューなんてそっちのけで眼中無しの態度にショックを受けて、やっと失恋を自覚したらしいぞ」
「落としたのですか?お嬢様」
「そ、そうだったかしら……」
私は知らぬ間にマシューを振っていたらしい。
女3人で気安い会話をして楽しく移動時間を過ごし、お昼頃に領主館に到着した。
領主館は王都のベルック公爵邸よりもずっと大きく敷地も広く、晩秋のこの季節でも多くの花が咲き誇っていた。そしてとても美しい館で、公爵家の華やかさを見事に表していた。
客間を案内して頂き、荷物の搬入は使用人にお願いして、私とルイーズは軽食を頂いた。その後少し館の中を案内して貰ったのだが、何しろ広すぎて必要最低限の場所だけ教えてもらった。
エミリオ様は2日後のフルートの町のお祭りの打ち合わせに出掛けられ、私達は館でベリーのドリンクやスイーツの試飲試食をした。
お昼が軽食だったのはこのせいかと悟った。
ベリーの収穫時期は春から夏にかけて、秋にも収穫出来る品種もあるそうだが、今は晩秋で旬は過ぎてしまったのにどれも瑞々しい。どんな保存技術なのだろうか。さすがベルック公爵家だ。
エミリオ様が戻られてから感想を聞かれた。
「私はシャルロットケーキが一番美味しかったな。甘いいちごのムースの上に酸味のあるいちごとブルーベリーがとても良く合ってたし、色味も綺麗だった」
ルイーズは確かいちごが好きだった。いちご好きには堪らないケーキだった。
「私は色々なベリーが入ったチーズクリームをクッキーでサンドしたのが好きです。お祭りで出すならカトラリーも必要なく手軽に食べられるので良いと思いますし、ベリーを練り込んだクッキーやベリージャムのクッキーも食べやすいし、乾燥ベリーの入ったチョコレートも甘酸っぱさが美味しく種類も多くあるので、お土産に買って帰るのにも選ばれやすそうですね。お祭りを楽しまれる方は貴族ばかりではないそうですし、比較的低価格のものを準備するのも良いかなぁと思います」
「なる程ねぇ。そのクッキーサンドのチーズクリームはリーズ公爵領のチーズを使ってる。まぁ、両公爵家の婚約記念の利的協力商品と言ったところかな」
「そうなのですか!」
知らなかった。いつの間に……。
サングリアだけではなかったらしい。
しかも、馴染み深さを感じる美味しさだなぁなんて思ったのは、食べ慣れたチーズだったからか。私の舌は単純らしい。
その他にも試飲試食の感想を伝えて、今日はお役御免となった。お腹いっぱいだ。
翌日はブラックベリーで染めた生地で作られたドレスで着飾られた。濃淡のあるブルーと紫で、同じ実なのにこんな違う色を出せるなんて、不思議だ。
それにしても、私がこれを着て良いのだろうか……。
とてもマデリン様やカリナ様のような広告塔になれないのになぁ……。
そして午前中から様々な方を招待した茶会を催し、ベリーティーにベリーのスイーツを振る舞い、ベリー染めのドレスを宣伝してお帰りの際にベリー染めのストールをプレゼント……
うん、この徹底振り、凄い。
それから私はレオン様の婚約者ということで、参加者からとても興味を持たれた。
「リーズ公爵家のお嬢様ね!なんて素敵な方ですの!」
「レオン様とはどのような馴れ初めで?政略結婚ではないのでしょう?」
「レオン様はアナベル様の直系でしょう!やっぱり愛情深いのかしら!」
「レオン様は………」
「………」
そんな感じで質問が止むことが無く、延々と質問に返し喋り続けたので、喉が渇いては紅茶を飲みを繰り返した為、今日はお腹が紅茶でたぽたぽだ。
次の日はお祭り。馬車に乗ってフルートの町へ移動した。
お祭りということで1度来た時よりもとても賑やかだ。沢山の屋台が出ていて、お店の人は皆同じ紫のスカーフを頭に巻いている。恐らくあれもベリー染めだろう。
沢山の人が訪れていて、子ども達が走り回ってはしゃいでいる。とても楽しそうだ。
屋台を眺めてみれば、なんとベリーソースをかけたチキンサンドや白身魚サンドまであった。ずっとドリンクやスイーツばかりを食べてきたので、ご飯系があることに吃驚したし、しかも魚料理!どうしても食べてみたくて、エミリオ様に恐る恐る訪ねてみたらあっさり買ってくださった。それはそれは感動する程に美味しくて……ずっとスイーツを食べさせられていたからかもしれないけれど……ソテーされた香ばしい鱈に酸味のあるソースがマッチしていて美味しくて、ペロリと完食してしまった。
ルイーズはチキンサンドを選んでいた。それもやっぱり美味しかったと言っていた。
食べ終わって改めて屋台を眺める。
サングリアのお店はなかなか人気があるようで、沢山の人が飲んでいる。ホッと一安心だ。
食べ物系のお店はお昼時なのもあり、買い求める人が多い。
エミリオ様に案内されながら町を歩き回って見ていった。
精油や香油のお店には女性客が多くいて、昨日のお茶会に参加されていた方も来ていた。私が昨日つけていた香油が気になったからだと言ってくださった。お客様は1人だけだけれど、私なんかが宣伝のお役に立てたようで良かったと思った。
その方とお話しをしている間に、お店はいつの間にか人で溢れていて驚いた。何故だ!っと思ったら、女性客の視線はエミリオ様に向けられており、納得した。
「エミリオ様も綺麗な顔してるもんな。そして公爵家嫡男で未だに婚約者がいない。モテ方がえげつないな」
「本当ね……」
ルイーズの言葉に全面同意。
その後ベリー染めのお店でも同じように私達が訪れると、女性客が後を追って押し寄せてきた。
これはエミリオ様の企みなのだろうか。自身が女性を引き寄せることを分かっていて、態とお店を訪れて客を寄せているのだろうか。
エミリオ様はとても親切なエスコートをしてくださる。そして私はレオン様の婚約者であると主だった貴族の方々へ昨日お披露目をした。弟の婚約者にも親切にエスコートする姿は、それはそれはご令嬢にとっては羨望し、陶酔もしてしまうことだろう。
僻まれるよりかは良いけど、なかなかに居心地の悪い視線だ。まあ、レオン様で結構慣れてはいるんだけれど。
でも不思議なのが、隣にいるのがレオン様なら不安になるところ、エミリオ様だと視線が気になる程度で済むのだ。
お昼が過ぎた頃、エミリオ様に木の柵で囲まれた広場に案内された。山羊でもいるのかしら、と思ったけれど特に何もない。あえて言うなら柵の中に木の壁が所々に設置されているだけ。
「ここは何でしょうか?」
「お祭りのメインイベント、ベリー水を投げ合う会場」
「えっ!!!」
「は?何それ」
それは、私がエミリオ様にアイディアを求められ、そこでしか楽しめない何か、の何かを具体的に提案する為に無理矢理捻り出した記憶であり、地球の文化に関する書籍に載っていた、色水を投げ合うことで豊穣に感謝して厄除け祈願をするお祭りだった。
「ほ、本当に、やるのですか……!?」
「ああ。貴族はやらないだろうけど、領民の子ども達なら喜んでやるだろうと思って。それを見て楽しんで貰えたら良いかなって」
辺りを見渡せば、柵の外で20人程の子ども達が、イベントの運営者らしき大人から丸い何かを受け取っている。
「あの丸いものは……」
「ベリー水の入ったゴム風船。あれを投げ合う」
「すごっ!男の子なんかはきっとこういうの好きそうですよね」
好きだろうな。だって、あそこの少年達はとてもわくわくした表情をしている。新しい遊び、汚しても怒られない、投げ合うという戦いごっこ……。
「一応会場は魔法で気温を上げているから濡れても寒くないと思う。だからフレイヤも参加していいぞ?」
「えっ!私ですか!?」
そんなことを言われたら、言い出しっぺの私は責任を取って参加すべきだと言うことだろうか。
「さ、参加、しようかな……」
「駄目に決まってるだろ!由緒あるリーズ公爵家の令嬢で結婚を控えている身だぞ!」
ルイーズになかなかの剣幕で注意されてしまった。エミリオ様は笑いを堪えている。
ああ、私はからかわれたらしいな……。
やっぱり間抜けだ。




