9.王宮庭園
花祭りの日だけ一般に公開される王宮庭園にやってきた。
さすがに王宮庭園全てには立ち入れないが、この春の花が咲き誇る一角だけ、毎年一般市民に公開され自由に観ることができるのだ。
王宮庭師によって綺麗に管理されているここは、花の楽園のよう。
パンジーやビオラ、チューリップにヒヤシンスといった俺でも分かるメジャーな花から、名前が思い出せない花や知らない花まで、様々な濃淡の色の花が競うように咲いている。
「あのハンギングのピンクのクレマチス素敵ね!家には紫のクレマチスが植えてあるけれど、濃いピンク色もとても目を引いて可愛いわ!ブルーとホワイトのムスカリもとっても可愛らしい!密に植えてあるから絨毯のようだわ!淡い色のアマリリスやマーガレットもおしとやかで品があるわ!」
妹が花の名前に詳しいことに驚く。花より団子だと思っていたけど、意外にもポンポンと花の名前を言っていた。
「花の名前、詳しいね」
「当たり前よ!花には花言葉があって、どの花を贈るかで相手に様々な気持ちを伝えられるのよ。花は花言葉とセットで覚えなきゃ。エミリオお兄様は女たらしなだけあって、とっても詳しいわよ?レオンお兄様も少しは勉強しておかないと」
面倒くさいな……。
「面倒くさいと思ったでしょ?」
何故分かる!?
「顔に出てるわよ。駄目よ、お兄様!メジャーなものくらいは最低限覚えておきなさい。例えば、赤いチューリップなら≪愛の告白≫、赤いバラなら≪愛情≫、白いバラなら≪純潔≫、黄色のバラなら≪友情≫」
「色によって花言葉が違うの!?」
「そうよ。ちなみにバラは本数でも意味が違ってくるわ。1本なら≪一目惚れ≫、3本なら≪愛しています≫、100本なら≪100%の愛≫、108本なら≪結婚してください≫っていう感じ。でも逆に15本は≪ごめんなさい、永遠の友情≫って意味になってしまうわ」
花言葉、恐るべし……!
どこでそんなの習うんだ?アカデミーでは教えてもらっていないぞ!?
兄さんはこれを全部把握しているのか……!?どんな記憶力なんだ!?
「俺は、たぶん、必要ないよ」
「そんなこと言って!お兄様もアナベルの家系なのよ?いつ、その素質が開花して情熱的な恋をするか分からないんだから、その時に後悔しないようにちゃんと知っておいた方がいいわよ」
情熱的な恋……
こんなに女性が苦手なのに、そんな時がくるのだろうか。
妹からの花言葉の講義を受けながらモッコウバラのトンネルを歩いた。モッコウバラの花言葉は≪あなたにふさわしい人≫だそうだ。
……どういう意味?
俺は貴女にふさわしいぞってこと?自意識過剰じゃないか?
貴女にふさわしい人になりたいってこと?ふさわしい人になってから告白した方が良いんじゃないか?
う~ん。
恋する人の心が分からない……。
トンネルを抜けると、エドワード殿下が貴族と話している姿を見つけた。
王宮庭園に訪れた貴族達を出迎えているのだろうか。これも情報交換等、社交の一つだろう。貴族ではない市民も多く訪れている中、エドワード殿下は平気でそこにいる。この人はそういう人だ。
剣術や魔法にも長けているので、普段から護衛も少なく、よく自由に出歩いている。
この国が比較的平和なのもあるだろうが。
殿下は俺達に気付いて貴族との会話を終えて近寄ってきた。
「やあ、レオン。それにカリナも。今年も来たね」
「ええ、連れてこられました」
「お久しぶりにございます、エドワード殿下。半ば強制的に兄を連れてきました」
連れてきてもらったではなく、連れてきたと言うあたり、妹の強さが分かるな……。
「今日は一段と美しいね。可愛らしい花冠に、花で溢れたお洋服だね」
「ありがとうございます」
妹にかけた魔法はまだそのままで、ワンピースに沢山の花を纏わせている。
お陰で妹は普段よりも目立っていた。妹を知らない市民も、小さな子も、多くの人からの視線を集めていた。
「レオンは変装してるの?」
「一応……」
「カリナが隣にいたら、あまり意味ないと思うぞ」
俺もそう思う。
馬の子が魔法で出した花が勿体ないからと、お礼としてもらって、花を妹のワンピースに纏わせたけれど、余計に目立ってしまい失敗したなと思った。
「殿下は宜しかったのですか?貴族の方とお話をされていたのでは?」
「いいんだ。2人が現れてくれて、会話を終わらせる口実が出来て助かったよ」
ずっと様々な貴族と話をしてきたのだろう。ちょっとお疲れの様子だ。
すると、トタタタタッと庭園内を走る音が聞こえてきた。
「お兄様ー!」
「ローラ!人が多いから走ったら危ないだろう」
走ってきてエドワード殿下に抱きついたのはローラ殿下だ。エドワード殿下の妹で、まだ確か8歳だったはず。
「カリナ!そのお洋服素敵ね!とっても可愛いわ!」
「ローラ殿下、お久しぶりにございます。このお花のワンピースは兄が魔法で纏わせてくれたのですよ」
「そうなの!?レオン!私もやって欲しいわ!」
「ではお久しぶりにお会いしたご挨拶の代わりにやりましょうか」
可愛いお姫様のお願いなので、適当に魔法で花を出して、ローラ殿下のドレスに纏わせた。
「可愛いー!お兄様みてみて!花の妖精みたい!」
「ローラ、とっても可愛いけど、興奮しすぎてはしゃぐと危ないからね」
「はあい!」
ローラ殿下は「お父様とお母様に見せてくる」と言って、護衛の騎士を引き連れて走り去っていった。追い掛ける護衛も大変だ。
「レオン、すまないね」
「構いません。喜んで頂けて良かったです」
「でも、レオンお兄様?同じようにやって欲しそうな令嬢からの熱い視線が……」
気が付けば、回りには多くの人が見物人となって集まっていた。花の洋服に目を輝かせている花冠を被った少女もいれば、俺に気が付いた令嬢もいるようだ。
「……」
「今日は特別な花祭りの日だから、少しなら良いぞ?小さな女の子限定でやってあげたらどうだ?」
「…分かりました」
◇◇◇
「結局、兄の変装は何の意味もありませんでしたね」
「そうだろうな。それこそ顔を完全に変えないと無理だろう」
レオンお兄様は可愛らしい少女達1人ずつに、魔法で花を出してはお洋服にその花を纏わせていく。
いつの間にか列が出来る程に順番待ち状態だ。
そしてそれを少し離れたところから見つめる令嬢達。「レオン様の変装姿も素敵ですわ!」なんて声が聞こえてくる。なんなら旦那様連れのご夫人すら熱い視線を送っているように見える。
「カリナのその姿は、ローラが言ったように花の妖精の様に美しく可愛らしいが、お陰でレオンは大変な目にあったな」
「あら、可愛らしいと言って頂けて嬉しいですわ」
「カリナが頼んだのか?」
「違いますわ。こちらに来る前、子ども達の為に魔法で花を出したものの、馬車の中でその花に埋もれて、窒息しかけたご令嬢がいらしたので、助けて差し上げたのです。お礼をしたいと言われたのですが、兄はその花で良いと言って、私の服に魔法で纏わせたのです」
「そんなことがあったの……?」
「ええ。ご令嬢がどなただったのかまでは分からないのですが、兄は知っているご令嬢のようでした」
「ほう」
「そして、兄が笑ってそのご令嬢の馬車を見送っておりましたので、珍しく苦手に思わないお相手だったようなのです」
「馬車の家紋は見た?」
兄のことが好きなこの方は、この話に食い付いてくるかなと思えば、思った通り以上の反応を示した。誰だったのか、確信を持ちたいご様子。
「……何か心当たりがおありのようですわね?」
「まあね」
「……恐らくですが、あの家紋は始まりの魔女のソフィア様の直系のリーズ公爵家かと思います」
私の言葉を聞いて、殿下はクククッと笑いだした。
「そうか。やっぱりフレイヤか」
レオンお兄様の方を見ながら、殿下はそう言った。
「1人で楽しそうにお笑いになって、ずるいですわ」
「悪いな」
「フレイヤ様とおっしゃるのですね」
「ああ。昔と一緒になるんじゃないかと思って、楽しみなんだよ」
「?」
何のことだか分からず眉間に皺を寄せて訝しげな表情をしていると、それを見た殿下に指の背で頬を撫でられた。
「せっかく可愛らしい格好をしているんだから、そんな顔をするな」
さらりとそんな仕草と言葉を掛けてくる。
私は恥ずかしさや赤くなったであろう顔を隠すために、ぷいっと殿下から顔をそらし、小さな少女達の為に魔法を使い、花の妖精を生み出し続けている兄に視線を戻したのだった。




