25.一番好きな花
「殿下。カリナを宜しくお願いします」
王宮庭園に着いて花なんて全然見もせず、エドワード殿下がどこにいるか事前に知っていたかのように一目散に向かって行って、殿下を見つけるなり私の背中を押して先の台詞だ。
「もう!レオンお兄様!失礼にも程が───」
振り返りながら文句を言ってやろうと思ったのに、もう背を向けて歩きだしていて丸無視だ。フレイヤ様が戸惑いながら何度も振り返ってくださっているけれど、気にせず連れていってしまった。
そんないかにもな邪魔者扱いしなくてもいいのに!
「はははっ!なんだ、レオンのやつ。私の返事も聞かずにさっさと行ったな」
殿下はレオンお兄様の図々しい態度も怒るどころか喜んで笑って受け入れてしまう。気安い態度で接してくれる貴重な友人でもあるからだろうか。
それにしてもこれは酷い。
「……すみません」
まだご挨拶があるだろうに私を押し付けられて、絶対に迷惑だろう。
ご挨拶している近くでただ立っているだけなのも、私だってつまらない。折角王宮庭園に来たのだ。綺麗な花を見て回りたい。
「謝らなくていい。事前にレオンから聞いている。今日は私が案内しよう」
そう言うと先程までお話しされていた方との会話を終らせてしまい、私に向き直る。
「大丈夫なのですか!?ご挨拶は……」
「構わない。これは義務じゃないし、もう大概の者にはし終わった」
ニコリと殿下得意の有無を言わせない笑顔を向けられる。これをされたら私はもうこれ以上は何も言えない。
「では、お言葉に甘えて、お願いします」
そして腕を差し出してくださる。こんな大勢の人がいる中、腕を取って良いのかと殿下の顔を見るけれど、ニコッと笑顔が返ってくる。恐る恐る腕を取る。
「さあ行こうか」
殿下にエスコートしてもらうのはこれまでも何度かあるけれど、こんな風に公の場の、しかも花祭りで賑わう王宮庭園。
……デートに見られないだろうか?
一緒に見て回れるのは嬉しいけれど、迷惑にならないのだろうか?
レオンお兄様が常に隣に居た過去は、仲の良い幼馴染みとして見られていたけれど、今日は2人だけだし。
あれこれ考えて心配になりソワソワしてしまう。花をゆっくり見ている場合じゃない。周りの視線ばかり気にしてしまう。私は色々と耐性がついて視線なんて殆ど気にならなくなったと思っていたのに。今日は駄目だ。
そんな散漫状態だったからだろうか、気がつけば迷路のような所を歩いていた。いつの間にこんなところに来ていたのだろう。
「ここは……?」
背よりも高い木が植えられてあり、人が全然居ない。
「もう少しで着くから」
どこかに向かっているのだろうか。くねりくねりと数回曲がり角を曲がった。そうしたら然程大きくない門扉があり、警備の人が立っている。私達が近付くと警備の人が門を開けて通してくれた。
(これはもしかして、もしかしなくても、一般は立ち入り禁止エリアなのでは!?王族専用……!?)
さっきまでのソワソワとは別物の緊張感が襲ってくる。
しかも今日は花祭りで、町歩き用のワンピース姿だ。こんな場違いな服装で立ち入って良いのだろうかと心配になる。
王族居住区は昔入ったことがあるけれど、ここは初めて見るところだ。
先程まで居た王宮庭園の様に、とても綺麗に手入れされた庭園が広がっていた。
「わ……」
思わず声が出たのに、庭園の美しさにその先の声が続かない。
「ここは王族専用の庭園なんだけどね。誰もいないし、ちゃんと許可は貰っているから安心して」
私の緊張感が組んだ腕から伝わっていたのだろうか。
「とっても綺麗です。見せてくださってありがとうございます」
お礼の言葉に優しい笑みを返してくださった。
「こっちに来て」
エスコートされるままに庭園の中を進む。どちらかと言うと、ここに植えられているのは切り花向きの花ばかりだ。チューリップにマーガレット、アネモネやフリージアにスイートピー。
隣の区画にはまだ咲いてはいないけれど薔薇が植えてあるようだ。
庭園の先には小さな四阿があり、そこに案内された。四阿の周りには色とりどりの沢山のラナンキュラス。
「凄いですね!ラナンキュラスが元気一杯に咲いて───」
促されるままに四阿のベンチに腰掛けたのに、殿下がベンチに座らずに跪いたので、驚いて一瞬言葉を失ってしまった。
「あっ…あの、殿下!?」
「カリナ。私と婚約して欲しい」
「────!?」
「結婚はまだ先になる。姉上の結婚式と戴冠式の後になるだろう。かなり待たせてしまうが、その間にカリナを他の男に取られたくはない」
私の右手を取り、騎士のように跪いて私を見上げる殿下の姿に声も出ず、動くことさえ出来ない。
「私の婚約者になると姉上の王位継承の反対派に利用されかねない。何しろ始まりの魔女アナベル様の直系で高魔力保持者。権力闘争に巻き込まれてしまうだろう。私はまだ臣籍降下出来ないのでそれを回避することが難しい。極力そうならないよう気を配るが、騎士団に入ったら慌ただしくなることは確実で、カリナの側にも居られず守りきるのは難しくなるだろう」
ずっと……ずっと、殿下が抱えているものを知りたいと思っていた。一人で抱えて解決しようとしているのも感じていた。何となくでも、それがどんなことなのかも想像していたけれど。
アリーチェ王女殿下が王位を継承するまであと4年ある。結婚は少なくとも戴冠式から1年は後になるだろう。今私は16歳。貴族令嬢としては少し遅い結婚にはなる。
「それに私が王族に身を置く以上婚約者には妃教育を受けて貰わなければならない。アカデミーに通いながらで大変な思いをさせてしまうだろう。婚約者になるとそれ以上に他にも様々な苦労をかけることだろう。それでも、私はカリナが好きだ。私と婚約してくれないだろうか」
いつも毅然としていて余裕のある雰囲気のこの方が、跪いて懇願している。そんなのドキドキしてしまうに決まっている。
はっきりと「好きだ」と言われたのも初めてで。
「他の男に取られたくない」と言われたのも嬉しくて。
「殿下……殿下が抱えているものが何か知ることが出来て、私は嬉しいです」
私の右手を取っている殿下の手に左手を添える。大きくてかさついている手。私から手を伸ばしたのは初めてかもしれない。
「私を、婚約者にしてくださいませ」
「……苦労を掛けるだろうけど大丈夫か?」
「殿下が抱えているものに一緒に立ち向かいたいのです。結婚が遅くなるのもなんてこと無いです。私も家族も、貴族の常識とかに囚われたりしません。妃教育だって、結婚が遅くなるなら長い期間で学べるので好都合ですわ」
「……後で、やっぱり嫌だと言っても、私はカリナを離すことが出来なくなるだろう」
「ずっと殿下が好きだったんです。ずっと待っていたんです。だから平気です」
一瞬にして殿下の顔が見えなくなって、ぎゅっと抱き締められる。心臓まで強く抱き締められたように胸が苦しい。気持ちに応えたくてドキドキしながらも大きな背中に手を回す。
「ありがとう」
耳元で言われて、さらに心臓がぎゅっと締め付けられる。
夢かしらと思う。
仲の良いレオンお兄様とフレイヤ様が羨ましかった。お互いのことを大切に想い、いつも一緒にいて。婚約者として夜会に出て、愛し合っているのが誰の目で見ても分かるくらいに甘い雰囲気で隣で寄り添いあって。
幼い頃からレオンお兄様にくっついて王宮に行って、当たり前のようにもう一人の兄として私のことを気遣って優しくしてくださった。そしてそんな殿下に自然と憧れた。身近な素敵な男の人に惹かれた初恋は、気持ちが切れることは無く、気持ちを温め続けた。
いつから好きだったのか、はっきりとは分からない。でもずっと好きだった。自分がこの方を好きでいて良いのか分からない時期もあった。好きだと態度に出して良いのかも分からなかった。
それでも、ずっと、変わらず好きだった。諦めることも出来なかった。
殿下に「待ってて」と言われた時も、どれだけ時間が掛かろうとも待つ気でいた。きっと、片想いしていた時期の方が長いと思ったから、待つのくらい平気だって思った。私のことを少しでも見ててくださると思えば、頑張れるって。
こうして堂々と好きだと言っても良い立場をくださるのなら、何にでも耐えられる気がする。私が想像し得る苦労なんかよりずっと大変に思うことが待っているのかもしれないけれど、この方の力になり一緒に立ち向かっていきたい。
スルリと手の甲で頬を撫でられる。いつもの仕草。
優しい微笑みで見つめられて、恥ずかしいのに目を逸らせない。
「今日は、緑の花の冠なんだな」
そう言われて一気に顔に熱が集まる。
フレイヤ様はレオンお兄様が選んだ、琥珀色の瞳に似た黄色の花冠を恥ずかしがりながら着けていた。
私は、淡緑色だけじゃいかにもになってしまうので、かすみ草も入った花冠を自分で選んで着けていた。
殿下のエメラルドグリーンの瞳に似た淡緑色の薔薇。
こんな顔を赤くしたら、貴方の色ですと暴露しているのがバレバレだ。たまたまです、なんて言ったところで苦しい嘘なのも分かってしまうだろう。
しかも、フレイヤ様みたいに贈られたものじゃなく、自分で選んでいるというのも恥ずかしい。
「よく似合っている」
全部お見通しなんだろうな。ちょっと悔しい。
お花に囲まれた四阿での告白だって、私がロマンチックなのが好きなのを知っているからだろう。
ゆっくり顔が近付いて、唇が触れる。
ドキドキし過ぎて感覚も麻痺している。その後は私を落ち着かせるようにただ優しく抱き締めてくださった。
帰る時、ラナンキュラスの花を何本か切って花束にしてくださった。
そして今日から私の一番好きな花は、ラナンキュラスになった。




