21.箝口
人気の無いところにルイーズを引っ張ってきた。競技場の周りは観戦するスペースとして開けてあり、その周りには木々が生えている。林の向こうには湖があり、湖畔に魔法レッスン場が建っている。
その林の入り口辺りまで連れてきて、周辺に人が居ないことをしっかりと確認する。
「こんなとこまで連れてきて、何?」
試合が終わって疲れているところ申し訳ないとは思いつつ、気になってしまいどうしても確認したかったのだ。
「ごめんね」
今日、胸がズキッとしたり、モヤモヤとしていた。
「あの、あのね。ルイーズって、好きな人、いるよね?」
思いきって尋ねる。
きっと、今日だけじゃない。モヤモヤと心が落ち着かなかったのは、冬の休暇の、お披露目会の翌日に2人が手合せしていた時もだ。
2人のちょっと気安い関係が珍しく、そして羨ましく、勝手に嫉妬していた。
私の言葉にルイーズは驚いた顔を見せる。
「……何で?」
「ルイーズ、見たこと無い様な表情をしていたから」
いつも男に負けまいと背筋を伸ばし虚勢をはって、鋭い視線で周囲の男の子を牽制していた。だから、心を許したような笑みをレオン様にしているルイーズを見て、恋をしているんじゃないかって思ったのだ。
「なんだ、そっか、ばれちゃったかぁ」
少し恥ずかしげに、でも楽しげな明るい声でルイーズが笑う。
「やっぱり……」
やっぱり、ルイーズはレオン様のこと……
「そうなんだよねぇ。私、殿下のことが好きだったんだ」
そう、殿下のことが好き…………
ん?
殿下??
「え」
「殿下が14歳で王位継承権を得られた時の式典で、剣舞を披露されたのを見てからずっと憧れてた」
憧れて……た?
「でもうちみたいな伯爵家じゃ釣り合わないのは分かってたから。今日対戦出来て、緊張はしたけれど、良い思い出になったよ」
緊張してたんだ……。
がっつりしっかり剣を振るって勝ってたけど……。
「それに、殿下に想い人がいるのを薄々感じてたのが、今日確信が持てたしね」
思ってもみなかった予想外のルイーズの暴露話に、何も言葉を返せない。
「友人がこの後打ち上げと私の祝勝会をしてくれるって言ってたから、もう行くね。殿下のことは親族達には内緒にしといてね。よろしくー!」
さすが剣術戦準優勝者。軽やかな走りで去っていってしまった。
「……殿下の想い人って、だれ?」
何だ。
私の、勘違いだったのか。
気が抜けたのか、その場に立ち尽くしてしまった。
「フレイヤ嬢」
誰も居ないと思っていたのに突然声を掛けられ、驚いて勢いよく振り返った。
そこには知らない顔があった。
でも色黒で金髪の綺麗な顔立ちの男の人がいた。
聞かれたかな。
ルイーズとの会話を聞かれてしまっただろうか。
まあ、ルイーズが殿下を好きだって内容なんだけど。他者に聞かれていたとしたらルイーズに申し訳ない。
「魔法戦を拝見させていただきました。とても素晴らしい戦いでした」
「あ、ありがとう、ございます」
「さすが始まりの魔女、ソフィア様の直系ですね」
ソフィア様の名を出されると、ちょっと不甲斐ない成績だけれど。
「魔力が高く、まだ余裕があるように感じました」
高魔力は生まれ持ったご先祖からの贈り物。素質だ。私個人の努力による実力ではない。いくら魔力が高くても、それを生かせる戦い方や魔法技術が無くては勝てない。今日はそれを改めて思い知った。
「貴女の中には可能性が秘められているのでしょうね」
良いように言えばそうなのかもしれないけれど。まだ未熟だと言われている気分になるのは、私のコンプレックスからくるマイナス思考のせいだろうか。
レオン様やカリナ様みたいに優勝出来たなら、もっと自分に自信が持てただろうか。私と同じソフィア様の家系のルイーズやエドワード殿下の様に、優勝出来なくとも観戦している者から素晴らしいと思われ賛辞の拍手が贈られる実力があれば……
ああ。そうか。
私、嫉妬しているんだ。
ルイーズや殿下、それにカリナ様、レオン様にも……
レオン様が別人に見えたのは、きっと、輝かしい場所で皆に称えられ、そして憧れられ、でも本人はそんな周囲の反応なんて気にも止めず冷静でいて、始まりの魔女の子孫であることに縛られ続けている私とは全然違うことを思い知ったからなのかもしれない。
ただ、羨ましいんだ。
自分もそうありたいと思う程に。
婚約者に嫉妬するなんて……。
「あ、タイムリミットかな。これで失礼します」
「え、はい?」
タイムリミット?
この方の話を聞きながら、自分の思考に意識を持っていかれてた。
「では、またお会いしましょう」
微笑んで直ぐにくるりと背を向けて去っていく。
誰だったのかしら。お名前くらい聞けば良かった。
でもアカデミーの学生だろうし、「またお会いしましょう」と言ってたから、アカデミー内でばったり会うかもしれない。その時、また改めて伺ってみようかしら。
「フレイヤ」
今度は聞き覚えのある声で呼び掛けられた。
「レオン様」
「今、誰か男の人と話してた?」
「はい。初めてお会いする方だったのですが、魔法戦を見たって言われました」
「そうなんだ。それだけ?」
「え?はい。魔力が高いとか、素晴らしい戦いだったって……誉められたのかな?」
自分のマイナス思考のせいで誉められた感じが全然しないけれど。
「そうか……」
言葉は少ないけれど、何だか不安そうな表情をされている。今日の優勝者の顔とは思えない。
「レオン様。今日は優勝おめでとうございます。決勝は何だか楽しそうに試合をされていましたね」
「そうか?まあ、そうかな。久し振りに殿下以外の強い相手と対戦出来たから」
「強い相手と対戦されるのは楽しいのですか?」
「そうだね。強い相手に勝てたら嬉しいし、もっと強くなりたいと思えるから」
もう十分強いと思うのに、まだ強くなりたいと思うのか。
また更に高いところへ行ってしまう。私の手の届かないところへ。
追いつきたいと思っているのに、レオン様はいつでも振り向いて私を気にかけて待ってくださるけれど、ちっとも距離は縮まらない。
「……怖かっただろうか」
「えっ」
「ルイーズは強いから、つい女性であることを忘れてしまう。まあ、剣を持っている限り、男も女も意識はしないでいつも戦っているんだけど」
ショーン様の言っていたことを、まだ気にされているのか。
ルイーズのことは女性と思っていないって一人の騎士として見ているってことかしら?この2人の気安い関係は、友人ってこと?
レオン様は剣を持っていれば、男女の差別なく平等にただ騎士として見て対応されているということなのだろうか。
「怖かった訳ではありません。ただ……レオン様が別人に見えたのです」
「それは……別人のように怖く見えたってことではなく……?」
相当気にされているようだ。
「予選から決勝の前までの試合を観ていたときは、格好良いなぁ、強いなぁなんて思っていたのですが、優勝されて皆から称賛されているレオン様を見たら、何だか羨ましく思えてしまって……嫉妬してしまったんです」
「嫉妬?」
「同じ始まりの魔女の直系のレオン様もカリナ様も優勝されて、殿下も強くて、私と同じソフィア様の家系のルイーズも強くて……私だけ本戦に残るのが精一杯の実力で……情けないなぁって───」
言い途中なのに私の両頬を、レオン様の両手で包み込まれ、キスをされた。
突然のことで目を閉じそびれ、目の前にはレオン様の長く生え揃っている睫毛がある。
ちょっと長いキスに、次第に唖然と呆けていた思考が戻ってきて、必死にレオン様の胸を叩くと、唇が離れた。
「……こっ、ここ、アカデミーです!!!」
「ごめん。俺のせいだ」
「へ?」
何が何だか。何に謝っているのか。キスに対して?
「フレイヤの魔法レッスンをしている俺のせいだ。君はもっと強くなれる筈なのに、俺がすぐ君に触れたくなってしまってレッスンどころではなくなるからいけないんだ。もっと真面目にレッスンしていたら、君はきっともっと強くなれた筈」
どういうこと!?
「いや、その……私の努力が足りないのです。そうだと分かっているのにウジウジと悩んでいる私が悪いので、レオン様のせいでは……」
「いいや、俺のせいだ。君に対する邪な気持ちを制御しきれず、レッスン時間を無駄にしてしまった。フレイヤは十分努力している」
よ……よこしま……?
「毎日レッスンに付き合ってもらっているのです。その時間が無駄になるような結果だったのは、私のせいで……」
「違う。違うから。フレイヤのせいじゃない。だから……」
強く抱き締められた。
「また、ふさわしくないとか、言わないでよ」
え。
ぎゅっと、呼吸が苦しくなるくらいに更に強く抱き締められる。
「……言ってないですよ」
「思ってない?」
「……ちょっと、思いましたけど」
「ほらぁ……」
見透かされている。
やっぱり私はレオン様に敵わない。
抱き締める腕が緩んだと思ったら、今度は横抱きに抱えられた。
「えっ!ちょ、ちょ、ちょっと!あのっ!こっ、ここ、アカデミーですよ!」
「アカデミーだからこそ、皆に見せつけるためだ」
「なんでですかっ!?」
「俺が卒業したら、俺はアカデミーで君に近づく男を牽制出来ない。今のうちにフレイヤは俺の婚約者だとしっかり分からせておかないと」
「私、全然モテませんから!?」
「さっき男に話し掛けられたのだろう?」
「別にっ、そういう…、好意があって話し掛けられた訳では……!」
とにかく恥ずかしいから下ろして欲しい!
「さあ、帰ろう」
「下ろしてください!」
私の願いは聞き入れられることなく、すたすたと競技場の方へ戻っていく。競技場にはまだ学生が多く残っていて、私達の姿を見た令嬢が次々に悲鳴をあげている。
どういう種類の感情の悲鳴だろう……
怖い……
いや、それよりも恥ずかしい。
顔を上げていられなくなり両手で顔を覆って、隠れるようにレオン様の体の方に顔を向けた。手に熱が伝わってくる。顔が赤いのだろう。
「レオンお兄様……何故抱き上げているのです?」
カリナ様の冷静な指摘が聞こえてきた。でも恥ずかしすぎて顔を上げられない。
「牽制だ」
「……フレイヤ様は恥ずかしがってらっしゃるじゃないですか」
カリナ様、もっと強く説得してください!
「アカデミーの中で剣術が一番強いレオンの婚約者はフレイヤだとアピールしてる訳か……」
「そうです」
殿下、納得しないでください!
「フレイヤ、私達帰るね。また来週ね!」
友人が殿下やレオン様にも挨拶しているのが聞こえる。
……友人に見捨てられた!
誰か……!誰でも良いから助けてー!!




