14.底無し沼
1週間程浮遊魔法の訓練をした。
フレイヤはだいぶ慣れたようで、軽い身のこなしで木の枝から枝へ飛べるようになっていた。
隠れ家の周りの木の上をぐるりと飛んで回り、最後は隠れ家の屋根の上に着地する。着地するときも妖精が舞い降りてきたように静かに降り立つ。
「これだけ自然に浮遊出来れば対戦中でも問題なく飛べるんじゃないかな」
「レオン様のおかげです!ありがとうございます」
「大会に向けて他に練習したい魔法はある?」
「全てに自信は無いのですが……ああ、そう言えば、仮装をまだ決めてないんです。レオン様は何にされる予定なんですか?」
「ああ、仮装か。俺もまだ決めてない。何にしようかな」
「また猪ですか?」
「いや……同じのはやめておく」
今年も猪にしたら余計に目立ちそうだ。
まあ、フレイヤと婚約したことで告白されることも無くなったので、顔を隠す必要も無いだろう。
「フレイヤと言う名前は地球の神話の女神の名前でしょ?女神の姿が見たいな」
「そんな!女神の格好なんて、大それたこと……!恥ずかしいので無理です!」
「きっと美しい女神になるだろうな」
「そっ、そういうレオン様は、獅子って意味じゃないですか!?獅子の格好をされるのですか!?」
恥ずかしがって話を反らしている。
「フレイヤが見たいなら獅子になるよ?でもその代わり女神の格好をしてね」
「……しません」
「じゃあ、妖精は?君が浮遊している姿は妖精の様だ。魔法なんか使わなくても男が勝手に惑わされて勝てるよ」
「カリナ様ならともかく、私には無理です!惑わせられません!贔屓目が過ぎます!」
「俺なら直ぐに君に跪くけどな」
顔を真っ赤にする反応が可愛くて、ついつい言葉が出過ぎてしまう。
「それなら私が獅子になります!」
ん?
「……何で動物?昨年も馬だったよね?もっとこう、美しいものや可愛いものにはならないの?」
「人と被らないものが良いのです!」
何故か目がキラキラしている。
「フレイヤのそういうところは好きだけどね。……じゃあ、獅子の女神がいいな。戦いの女神、でも家庭では穏やかな女神になるっていう」
「……女神から離れませんか?」
「君を見ていたら女神からは離れられないな」
フレイヤの髪を1房取ってキスをすれば、照れて俯く。そんな仕草も可愛い。
抱き寄せて額にもキスをする。
今日はもうレッスンを終わりにして良いだろうか。浮遊魔法の訓練は今日までで大丈夫だと思うので、次からはアカデミーのレッスン場での練習になるだろう。
隠れ家の屋根の上でこうして寄り添って、夕日を一緒に眺められるのも今日で一先ず最後だ。
フレイヤの肩を抱いて夕日を見る。
綺麗な物を一緒に見て一緒に感動して同じ瞬間を味わう喜びを感じながら、これからも2人一緒にたくさんの物事を感じて行きたいと思った。
リーズ公爵領の旅行で一緒に見た星空も綺麗だった。
カミーユおばあ様がブライアンおじい様へ「きっと月も綺麗ですね」と言った様に、いつか俺もフレイヤと一緒に綺麗な月を眺めたい。また一緒に旅行に行く機会があるだろうか。それとも結婚して夜を越して朝まで一緒に過ごせるようになるのが先か。それなら彼女に一晩中寄り添って、俺の胸の中に閉じ込めておきたい。
大切な人が隣にいるのに1人妄想の世界に浸りそうになったとき、ぎゅっと胸の辺りの服を掴まれた。
珍しいことだった。
記憶を探っても、プブル卿にキスを迫られ俺のところに転移してきた時しか覚えがない。
こんな縋るように甘えられたことは滅多にないので、嬉しい様な、でもどうしてだろうという心配な気持ちが生まれる。
「フレイヤ、どうかしたの?」
「え……?」
自覚がないのか、俺の問いに何の事だか分からないと言った表情をしている。
だから、俺の服を握っている手を包むように俺の手を重ねる。
「何か、あった?」
俺の手が重ねられたことで、俺の服を握っていたことに気づいたようで、慌て出す。
「ごめんなさい!お洋服がシワになってしまいますよね!」
俺の服から手を離そうとしたので、その手を握り込む。
「また誰かに何か言われたりした?」
「いえっ!そういうことでは……」
俯いて視線が合わない。
「顔を上げて。1人で悩まないで、隠さないで、話して」
俺の言葉で顔を上げた彼女の目を覗き込む。
「魔法のこと?大会が不安なの?」
「いえ……」
言いづらいのか口が重そうで言葉が出てきてくれない。目を見ただけで心の中全てが読み取れれば良いのに。
「何か、あったんじゃないの?」
「……あの……こ……」
「こ?」
「……子どもみたいだと、思われるかもしれないのですが……」
「うん?」
「レオン様がアカデミーを卒業されたら、こうやって毎日の様に会えなくなってしまうんだなぁって思ったら、何だか、その……心がざわざわして、何て言うか……寂しいなって、思って……」
………………
可愛い!!!
心を射貫かれるとは、きっとこういう事な気がする。だって心の臓がフレイヤに見惚れて声に聞き惚れて、活動を一時停止してしまったのだから。
最後は声が小さくてちょっとゴニョゴニョしてたけど、至近距離にいるのだから耳に届いた。彼女の可愛い声を俺が聞き逃す訳がない。
「フレイヤが寂しいと思うなら、毎日会いに行く」
「えっ!?」
「騎士団に入れるかどうかはまだ分からないけれど、入れたとして、勤務が終われば毎日リーズ公爵家に寄るよ」
「えっ!?いや……その……勤務後はお疲れでしょうから、毎日はお体が大変じゃ……」
「フレイヤの顔を見たらそれだけで疲れなんて忘れてしまうよ」
「それでは疲れが残って翌日の勤務に支障が……!」
「君に寂しいと思わせてしまう方が俺の精神衛生上に悪く勤務に支障が出ると思う」
「ごめんなさい!もう寂しいなんて言いませんから……!」
「それはダメ。我慢なんてしないでちゃんと言って」
「でも……」
「ねぇ、フレイヤ。君が寂しいと思っている時は、俺も寂しいと思っているんだよ」
「え……」
「君が会いたいと思ってくれている時は俺も君に会いたいと思っているよ。俺は一目でも会いたいと思ったら君に会いに行くよ」
◇◇◇
「…………」
目の前の美形の婚約者が、真っ直ぐな目で凄いことを言うものだから、絶句してしまった。
寂しいなんて言わなければ良かったと思う反面、毎日会いに来てくれるなんて言われて、嬉しくて胸が膨らみ呼吸が浅くなって、ただただ苦しい。
「我慢しないで」という言葉に甘えて良いのか。そんな我が儘で自分勝手なことしたくないのに。
私はレオン様の優しさにどんどん溺れていく。それは脱け出せない底無し沼に落ちて、包まれながらはまり堕ちていくようで、怖さすら感じる。
これが誰かを好きになるということなのだろうか。
今、絶句したまま、レオン様に返す言葉が何も思い付かない。
「会いに来てください」なんて言ったら、本当に大変な時でも会いに来てくださる気がする。そんな負担を負わせるのは嫌だ。
「我慢します」と言えば、またダメだと言われるだろう。
「時々会いに来てください」と言ったら「毎日会いに行く」って言われそう……。
私はレオン様には敵わない。どんな言葉も覆されてしまう気がする。闇夜に輝く月の様な黄金色の目で訴えられたら、私は何も言えなくなってしまう。狡い目だ。
何も言えない代わりに、今は縋ってしまおうかな……。
今だけは溺れていたい。
肩を抱いてくださる手の力強さに流されるままに、レオン様の胸に縋って、首と肩の境に頭を置く。そこが私の頭の定位置かのように、レオン様の頬が頭にすり寄って包み込まれる。
なんて心地の良い沼なんだろう。
自分から沼に堕ちて行ってしまう。




