11.浮遊訓練
「浮遊魔法を教えてください!」
グイッと顔を近づけて懇願してくる。
可愛い顔を近づけられたら、キスしたくなるし抱き締めたくなる俺の気持ちを分かって欲しい。
ついさっき、彼女の唇にかぶりついて「我慢する」と言ってしまった手前、もう手出し出来ないのに。
彼女の、魔法が上達したいという純粋な願望からの行動だろうけれど、態となんじゃないかと思ってしまう。俺の忍耐を試しているのかと疑ってしまう。
……「我慢する」なんて言わなきゃ良かった。
コホンと咳払いをする。気持ちを切り替えなければ。
「あまり高くまで浮遊出来ないんだっけ?」
「はい!仮装トーナメント大会で魔法を避ける為の方法の一つとして、使いこなせるようにしておきたいのです」
「そうだね。自身が浮遊する以外に物を浮遊させるのはどのくらい出来る?」
「浮かせてその場に留まらせるのは問題なく出来ます。自由自在に動かし浮遊させるのはまだまだです」
「じゃあ、自身が浮遊させるのをこのレッスン場でやるのは危ないから、明日外でやろう。今日は物を浮遊させコントロールする訓練をやってみよう」
「はい!」
フレイヤは魔力暴走をしなくなってきていた。初めの頃教えていた、レッスン場の壁に手をついて魔力を流すことも必要無くなった。
……壁に魔力を流している後ろ姿は、無防備であり一生懸命な真面目さを感じられる。そして、庇護欲をそそる可愛らしさと、襲いたくなる隙だらけの華奢な背中を見られなくなってしまったのは少し残念に思う。
……うん、気持ちを切り替えなければ。
「そもそも浮遊とは、空中や水面に浮かび漂うことを表している。それは風や水の力に逆らうこと無く利用することで可能になる」
魔法で水の塊を出し、その上に葉っぱを一枚浮かべる。
「葉っぱの重さである重力と、葉っぱを浮かそうとする浮力がイコールになることで水面に浮く。人間の体を水面に浮かすには空気を纏うことで重力を減らし、浮力とイコールにする」
水の塊だけ魔法解除し、葉っぱを空中に浮かす。
「空中に浮かぶには、水面に浮かぶよりも浮力が無い分、空気を纏う魔力が多く必要になる」
魔法で葉っぱを蝶に変身させる。
「わっ…綺麗」
フレイヤの瞳と同じ青色の蝶に変身させたことに反応する彼女を見て、可愛いなと思い、思わずくすりとしてしまう。
そんな反応を見たくて綺麗な蝶にしたのもあるけれど。
「でも、蝶や鳥は羽や翼を使い、羽ばたかせることで前に進む力と浮かす力である揚力を生み出して飛んでいる」
蝶がレッスン場内を自由に飛び回る。
「ただ空中に浮かぶだけ、つまり浮揚の状態なら空気を入れたり纏ったりすることで重力を減らせば良いけれど、それだと風が吹いたときに飛ばされてしまう。羽や翼が無く、浮かせた体や物を自在に操る浮遊には、風を自在に操る必要がある。だから風魔法の応用だね」
自由に飛び回っていた蝶が、フレイヤの周りを飛ぶ。
「魔法の蝶や鳥を自在に飛び回らせるには、魔力に自分の意思を乗せて伝えるんだ。今みたいに、蝶にフレイヤの周りを飛んでと伝え、蝶は意思を受けて羽を操る。蝶は魔法で生み出されたものでも正確に生き物として生み出してさえいれば、飛び方を知っているのだから風を操る必要は無く、意思を伝えるだけで飛んでくれる。俺の場合は言葉で意思を伝えるというより、イメージを魔力に乗せているけれど」
「イメージですか?」
「言葉で伝えるより思い通りに動いてくれる感じがするからね。もしかしたらあまり無いやり方かもしれないから、やりやすい方で良いよ」
「やってみます!」
早速フレイヤは魔法で蝶を生み出す。輝く黄金色の蝶。
青色の蝶の後を追うようにフレイヤの周りを飛び回る。2頭の蝶が追い掛けっこをしながらパタパタと踊るように飛ぶ様はダンスでもしているよう。
フレイヤは態と俺の瞳の色の蝶を出したのだろうか。これは自惚れ?
まるで俺がフレイヤに振り向いて欲しくて追い掛けているようで、挑発されてでもいるような気分になり少し恥ずかしい。
気持ちを切り替えなければと思うのに、思考をすぐに戻されてしまう。
青色の蝶に微風を纏わせ、飛ぶスピードを上げる。
「ついてこられる?少しだけ風魔法を加えるんだ。魔力を与えすぎると軽い蝶は飛ばされてしまうから気をつけてね」
「はい!少しずつ……」
ブツブツ自身に言いながら、黄金色の蝶に風魔法を加えていく。蝶にとって速く飛ぶサポートになる風の強さを探っているのか、蝶は左右に振られたり、立ち止まりそうになっていた。それでもめげずに青色の蝶を追い掛けようと羽ばたきを続ける。次第に風を上手く受けて流れるように飛び始める。
2頭の蝶がレッスン場内をスイスイと飛び回る。急に方向転換しても、スピードに強弱をつけても、ちゃんとついてくる。
掌を前に出して青色の蝶を止まらせれば、黄金色の蝶も続いて止まった。
「風魔法のコントロール、これだけ出来れば良いんじゃないかな。蝶がしっかり追いついてきてた」
「ありがとうございます」
嬉しそうな笑顔をする。
黄金色の蝶だけ再び羽ばたいて、フレイヤが前に差し出した両の掌の上に止まる。
「貴方に、追いつきたいのです」
黄金色の蝶に視線を固定したまま、恥ずかしそうに呟く。
彼女のいじらしさが可愛くて、結局思考が戻ってしまう。
青色の蝶を掌から再び羽ばたかせ、フレイヤを後ろから抱き締める。吃驚したのか少し肩を揺らしていた。
「あっ……あの、レッスン……」
「動揺せずに、魔力をコントロール出来る?」
「……やります」
両の掌の上から黄金色の蝶も飛び立つ。青色の蝶を追って行く。
フレイヤを抱き締める力を強くし、頭の上にキスを落とす。
黄金色の蝶はフレイヤの心を写しているかの様に、変に上に飛び上がる。それでも止まること無く羽ばたきを続けて、また青色の蝶を追って飛んで行く。
意地悪だと自覚はあるけれど、今度はフレイヤの髪を片方だけ耳にかけてみる。耳を触れられるのが弱いのか、ビクッと肩を揺らす。同時に強い風が起こって黄金色の蝶だけでなく青色の蝶も飛ばされてしまった。フレイヤは慌てて風魔法を調整する。
コントロールする為に前に伸ばしている手を包み込む。
「手を使わずに、脳内だけでコントロールしてみて」
髪をかけ露になった耳に囁けば、その耳も顔も真っ赤になった。黄金色の蝶は魔力が途切れたのか、落下しだす。風魔法で黄金色の蝶に風を纏わせ浮揚させ、床に落ちてしまうのを防いだ。
腕の中にいるフレイヤが、蝶が落ちずに済みホッとしているようだ。
「ずるいです」
「どんな場面でも動揺を見せずに冷静に状況判断して戦わないとね」
「レオン様は動揺して魔力コントロールが効かなかったり魔法の精度が落ちたりしないのですか?」
「……精度が落ちたことはあるかな」
以前、フレイヤのことを考えていて剣のコーティングの精度が落ちて殿下に負けたことがあったのを思い出す。
腕の中のフレイヤがくるりと向きを変えて俺を正面から見上げてくる。その顔が真っ赤だ。
何故赤くなっているのか、何か照れさせるようなこと言ったかな、さっきの耳に囁いた時の照れがまだ尾を引いているのか、等と思っていたら、背伸びをして頬にキスをされた。
直ぐに後ろを振り返り、蝶の様子を確かめるフレイヤ。
「何も……変わらない」
確かに蝶は今意思を持たせて自由に飛び回っているだけで風魔法をコントロールしていない為、魔法解除をするか魔力を途絶えさせさえしなければ蝶が落ちることはない。
でも、突然のフレイヤからのキスで俺は固まっていた。
初めてだったのだから仕方ない。
フレイヤからキスをされたのが初めてだったのだ。
嬉しい。
もっとして欲しい。
たとえそれが俺を動揺させる為の手段だったとしても。
どうにか固まった体を動かして、蝶を見たまま後ろ向きのフレイヤを再び強く抱き締める。きっと恥ずかしくてこちらを向けないのだろうなと思う。後ろからでも顔や耳や首が赤くなっているのが分かる。
「今度は唇にして欲しいな」
「……まだ、勇気が出ません」
フレイヤの「まだ」という言葉にクスッと笑ってしまう。
「楽しみに待ってる」
1日過ぎてはいるけれど、俺にとってこれが一番最高の誕生日プレゼントかもしれない。




