9.自責と他責
「それじゃあ、今日はありがとう」
レオン様のお誕生日のお祝いを終えて、帰られるレオン様を玄関でお見送りをする。
軽く額にキスをしてくださる。
使用人もいるから、本当に軽い触れ合い。
でも、今日はショーン様のせいで恥ずかしさが収まることはなく、まともに顔を見られず俯いてしまう。
そんな私にレオン様もどうしたら良いのか分からない様子。それでも普段通りを装っている。かなり気を遣わせてしまっている。
とりあえずレオン様は優しい微笑みを残し、帰っていった。
私は何かから逃げるように自室に小走りで戻り、はしたなく寝台に倒れ込んで、枕に顔を埋める。
(こんな筈では……)
時間がなく準備も儘ならないなりに、精一杯お祝いの気持ちを伝えたかった。昨日帰宅してから邸の皆に相談を散々した。話を聞いてくれた使用人達にも、刺繍の準備をしてくれた侍女達にも、ケーキを作って協力してくれた料理人達にもお礼を言うべきなのに……
なのに……
(あああああああああ!)
思い出してまた顔が熱くなる。
知らなかったとはいえ、あんな……慎みの欠片もない意味の台詞を言って、台無しにしてしまった。
(こんな……筈では……)
私って、なんでこうなんだろう……。
明日から顔を合わせるのが恥ずかし過ぎる……。
(うわあああああああああ!)
時間を戻す魔法が使えたら良いのに……。
◇◇◇
いろんなものを抑えて邸に戻ってきた。
そそくさと自室に向かう。特にカリナには会いたくなかった。根掘り葉掘り聞かれるのがオチだ。
しかし、自室の目の前で兄に会った。何しろ兄の部屋は直ぐ隣。丁度のタイミングで兄が部屋から出てきたのだ。
「レオン、帰ったのか」
「……ええ、今、戻りました」
「浮かない顔をしているな。フレイヤのところに行っていたんじゃなかったのか?」
何とか躱して自室に籠りたいのに、この兄もそれを許してくれなさそうだ。
「……ええ」
何となく目を反らして、なんなら体も兄に向けずに自室の扉に向き合う。会話拒否のポーズのつもりだ。
「ああ、溜まってるのか」
何故分かる!!!
「お前、今日誕生日だったな。良いもんやるからちょっと来い」
良いもの?
兄は自分の部屋に入って行ったので、仕方ないなと思いながらも、とりあえず後を追い兄の部屋に入る。
大きな本棚の前に立ち、何冊かの本を探しだして俺に差し出す。
「お前も必要だろ?」
差し出された本の表紙を見て動きが止まる。
それは、男女の営みの指南書と、卑猥な本。所謂エロ本……。
思わず頭を抱えるように額に手を当ててしまった。
良いものって……これかよ!
「俺は結構早くに父さんから貰ったんだけど、お前はずっと女嫌いだったから貰ってないだろ?俺はもう必要ないからお前にやるよ」
「…………」
この家の教育法って……何なんだ?
普通なのだろうか?
結構早くにって、そんなに早かったのか!?
「父さんには俺からお前にやったって伝えておくから」
何でもないように差し出す兄。
政治経済関連の書や歴史書、魔法関連の書等真面目な本が多く並ぶ本棚に、隠されることもなく普通に並べられていたこれらの本。
まあ、この人はそういう人だ。
「……一応、殿下と一緒に王宮で講義を受けたことがあるし、アカデミーでも人体について習っているけど……」
「馬鹿だなぁ。そんなの、どうやって子どもを成すかっていう基本的なことだけだろ?抱く女を満足させる為には他の応用的な参考書も必要だって」
抱く女を満足させる為……
フレイヤを満足させる為……
………………
とりあえず前者だけ受け取る。
「これだけでいい。どうも」
兄がニヤリとする。フレイヤに出会う前なら決して受け取らなかったであろう本。
「大変だな~。長い婚約期間、手出せないって。がんばれよ~」
ヒラヒラと手を振る兄を無視して自室に戻った。
一晩のうちに読破したことは言うまでもない。
◇◇◇
翌日の朝─────
「フレイヤ~!おはよう!」
「エレナ。おはよう」
アカデミーに着き馬車を降りると、友人のエレナと会った。そのまま魔法科の校舎まで一緒に向かう。
「昨日はどうだったの?レオン様に喜んで貰えた?」
やっぱりその話するのね……。
「うん……まあ……」
途中まではとても喜んで貰えた。これは事実。
「何だか浮かない感じね。何かあったの?」
聞いてくるよね……そうだよね。
レオン様の誕生日を教えてくれた友人には感謝だけれど、今は聞かれたくない。
もっとちゃんとハッキリ「うん!喜んで貰えたよ!」って言っておけば良かったな……後悔先に立たず。
そんなことを言ったら、昨日のことだって後悔先に立たずだ……!
「……私が、世間知らずの間抜けなのがダメなのよね」
「だ……大丈夫?」
◇◇◇
昨夜は遅くまで兄から貰った本を読んでしまって、寝るのが遅くなり少し眠い。
「レ・オ・ン」
眠い俺に悪戯するように後ろから近づき耳元で気持ち悪い囁き方をするのは、アイツしかいない。
ショーンだ。
そうだと判断した瞬間に後ろに回り、ショーンの首下に俺の右腕をV字にして引っ掛けて、俺の左腕の肘の裏を掴み、左の手で相手の後頭部を押してそのまま首を絞めた。
「ぐはっ!ギブ、ギブー!」
「お前……フレイヤに余計なことを言ってくれたな」
「なんで!お前が喜ぶだろうと思って……」
「喜ぶか!!」
腕の力を強めてグッと更に締め付けを強くする。
「ぐえっ!!」
潰れたカエルのような声が出たな。
このくらいで許してやるか。
腕を解き解放してやる。
「いやぁ、まじで危なかったぁ……」
「自業自得だ」
「俺、今日感謝されると思ってアカデミー来たのに……って、あそこに歩いてるのフレイヤちゃんじゃない?」
何!何故お前が先に見つける!!
ショーンが指す方を見れば、フレイヤが友人と一緒に魔法科の校舎に向かって歩いているのが見えた。
「フレイヤちゃ───ん!!」
ショーンのでかい声に気づいて2人が振り返った。
目が合って笑顔を送ろうとした瞬間にフレイヤの顔が真っ赤になったのが分かった。
「おっ、おはようございますっ!失礼しますっっ!」
言うのと同時にがばりと頭を下げて、顔を見せないようにかそのまま背を向けて走り去って行ってしまった。
そう、彼女は意外と足が速い。何しろ猪とダチョウに追い掛けられても走って逃げられるくらいだ。体力も結構ある。
「えっ!ちょっと……!おはようございます、レオン様!……フレイヤ、待ってよー!」
友人が慌てて挨拶だけしてフレイヤを追いかけて行った。
………………
これは、拒絶?
「お前のせいだぞ!!!」
「おっ……俺!?」
ショーンの胸ぐらを掴んで怒りをぶつけた。




