32.魔力
何だかとても暖かな温もりを感じる。
薄暗く寒い部屋に寝かされ、起きた後は暖炉の部屋だったけど、火を放たれ炎で熱かった。
でも今は暖かくて心地好い。
もしかして、天国?
いや、でも頭がズキズキする。天国でも頭痛があるのだろうか?無い気がする。
ユラユラと少しの振動が、水に浮かんでいるよう。
いや、でも何かにしっかり体を支えられている。揺り椅子だろうか。
トクトクと一定のリズムが聞こえる。何の音だろう。心臓の音っぽいな。
まるで、お母様のお腹の中にでもいるよう……
羊水の中、心臓の音を聴きながら、体を丸めて……
そんな訳ない───
自分の考えを否定しながら、ゆっくり瞼を開ける。
「……目を覚ましたか?大丈夫か?」
私の顔を覗き込んでいたのは、黒髪でアンバーの瞳が綺麗な……レオン様?
パチパチ瞬きをする。
えっ?えっ?えっ?
あれ?
「……わた、し……ど…した……?」
声が掠れている。喋ると喉が痛い。
混乱していて考えたいのに頭が痛くて考えられない。
頭痛に顔をしかめた。
「喉や頭が痛いか?煙をかなり吸っているだろうから、無理に喋らなくていい」
「目を覚ましたか!水を飲むか?」
お父様の声が聞こえた。ちらりを見ると目が合った。小さく頷くと、魔法で水を出してくれた。
喉を通る水が、少し痛い。でも喉が渇いていたから美味しい。
水を飲んで落ち着くと、周りがよく見えてきた。
私はレオン様に抱き抱えられていた。レオン様は顔が黒くくすんでいる。煤?もしかして、私はレオン様に助けて貰ったのだろうか?
お父様が私の顔を覗く。
お父様の後ろには……エドワード殿下!?
えっ?えっ?えっ?
それだけじゃない。
フーシェ侯爵夫人とドルバック伯爵が縄で縛られている。チラリと見た使用人らしき女性と、あと男性も1人縛られている。
た……たすけて、貰ったのだろうか?この3人に……。
私を抱き抱えてくれているレオン様の頬に手を伸ばす。頬についた煤を撫でて拭おうとしたけど、余計に黒く延びてしまった。レオン様の頬に伸ばした私の手首は、縄で縛られ赤青くなり擦り傷が出来ていた筈なのに、消えていた。治癒してくれたのだろうか。
「ごめ…なさい。…ありがと、ございます」
喉は痛いけど、伝えたくて頑張って声を出した。
レオン様は、優しい笑顔を向けてくれた。気持ち、届いたんだ。良かった。
「あの青い石のネックレスはフレイヤのなのだろう?私が触れると弾かれるのだが、どうしたら良いだろう?」
殿下が不思議そうに問いかけてきた。
「弾かれる?私は弾かれたことありませんよ?」
レオン様がそう答えながら、私を降ろし、今度はお父様に体を支えられる。
ドルバック伯爵がネックレスに弾かれていたのに驚いたが、殿下も弾かれてしまったのか。
でも、レオン様は何事もなくフーシェ侯爵夫人の首からネックレスを外した。
「何故レオンは平気なんだ?レオンが贈ったものか?」
殿下は赤くなった手を振りながら訊ねる。……殿下の手まで赤くさせてしまうなんて……!申し訳ない……。
「違います。ソフィア様の物だとフレイヤは言っていました」
レオン様は私の所までネックレスを持ってきてくださった。
けれど、私は首を振る。
「フーシェ侯爵夫人に……差し上げて、ください」
「えっ……?」
レオン様も、殿下もお父様も、フーシェ侯爵夫人でさえも驚いた表情をしている。
「これがあれば、夫人も、魔力持ちになれて……蔑まれることも、なくなるんですよね?」
「魔力持ち?このネックレスをしていたから、魔力が無いのに魔法が使えたのか……」
殿下の言葉に少し驚く。魔力を持つだけでなく、魔法も使えたのか。凄いネックレスだ。
「でもこれは……ソフィア様のものじゃ……」
レオン様は戸惑った表情で私の顔を覗いてくる。
「始まりの魔女は……迫害を受けて、逃れる為に、この星を、作ったんですよね……それなのに、この星で、迫害されるようなことが起きるなんて……始まりの魔女は、悲しむんじゃないでしょうか……」
ああ、喉が痛い。
でも、ちゃんと伝えなきゃ。
フーシェ侯爵夫人は、夫である侯爵に魔力が無いことを蔑まれ、領地の小さな家に閉じ込めてずっと出られないようにされていた。それはきっと事実な筈。そうじゃなきゃ、家から出られた時にまるで少女のように喜べないと思う。
閉じ込められて狭い世界でずっと生きてきて、考え方が偏って私にこんなことをしてしまったのも、仕方ないように思う。
「ソフィア様も、きっと……差し上げても良いって、言う気がします」
「……私は、貴女を殺そうとしたのよ?」
フーシェ侯爵夫人の目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「それでも……いいんです」
「いや……それは、フレイヤ嬢が持っているべき物だ」
突然、ドルバック伯爵が言葉を発した。
「……どういうことだ?」
「そのネックレスの魔力は、君に……ベルック公爵子息の魔力に似ている」
「え?俺……?」
「先程、ソフィア様の物だと言っていたが、ソフィア様の夫であるルーク様が、自身の魔力を込めて贈ったものではないだろうか。女性が触る分には問題無いようだが、君以外の男が触ると弾くだろう?君はルーク様と同じアナベル様の直系だから、平気なんじゃないだろうか。もしくは……私は恋愛には疎いのだが、恐らく持ち主が心を寄せている者だけが触れられる可能性もあるが」
持ち主が心を寄せている者……
そう言われると物凄く恥ずかしい。
いや、でも!初めてレオン様がこのネックレスに触れたのは、まだお互いに顔も知らない時だ。私が告白現場で落としてしまって、それを拾ってくださったのだ。その頃はまだ心を寄せていた訳では無い筈……。
アナベル様の直系だからだと、思いたい……!
「さすが魔道具には詳しいな。魔力まで読めるのか」
殿下がドルバック伯爵の話に感心しているようだ。
「魔道具も様々です。このネックレスに関してはとても珍しい魔力の付与のされ方をしています。研究をしてみたかったのですが、私にはもうその資格は無くなりました。母と同じ、罪人です。母も牢で暮らすことになるでしょう。牢では魔力などあっても仕方ないので、そのネックレスも不要です。だから、フレイヤ嬢が持っているべきだと思います」
ネックレスの研究をしてみたかったという言葉に、何だか納得してしまった。本当に魔法がただ好きなのだな、この方は。このネックレスを一目見た時から、魔道具としてのネックレスに囚われてしまっていたのだろうか。
暫くすると、警備隊の騎馬がやってきた。フーシェ侯爵夫人とドルバック伯爵達は警備隊によって王都まで連れて行かれた。
そして私は、お父様の車で邸まで戻った。ネックレスはレオン様の手によって私の首周りに戻り、安心する温もりに包まれながら車の揺れに負けて眠ってしまった。




