30.救出
フーシェ侯爵邸を出て、既に時間がかなり経っていた。速い車とはいえ、距離は中々ある。地図ではもうそろそろだろうか。しかしこの辺りは農村地帯で明かりが殆ど無い夜道だ。特に今晩は月が雲に隠れていて暗い。合っているのか不安が過る。
「おい。前から明かりが近付いてくるようだぞ。馬車だろうか」
殿下の声に反応して前方を見る。こんな農村地帯に馬車?
「怪しいですね」
「馬車を停めさせて話を聞こう」
車を停めて、近付いてきた馬車に停車するよう指示する。
「何処の家だ?」
「フーシェ侯爵家でございます」
御者に確認し、馬車の中を検めた。中には婦人と侍女らしき女性が乗っていた。
「……貴女はもしかして……フーシェ侯爵夫人ですか?」
「はい。そうでございます。失礼ですが、エドワード王子殿下でいらっしゃいますか?」
「ああ、そうだ。初めてお会いするな」
「お初に御目にかかります。ずっとこちらで療養しておりましたので、直ぐに気付かず申し訳ございません」
「して、こんな夜更けにどちらへ行かれるのだ?」
「知人の家の晩餐に招待されておりましたので、帰るところにございます」
「……家は反対ではないのか?」
「家の暖炉が破損してしまって、宿に泊まろうかと思いまして」
「……嘘ですね。この馬車にドルバック伯爵が隠れていますよね?透明になる魔法を使っているでしょう。魔力を感じますよ」
ヒューゴ様がそう言うと、指をパチンと鳴らした。すると「ハハハッ」と男の声がして、馬車の誰も座っていなかった座席に、ドルバック伯爵が現れた。
「さすがですね。バレてしまいましたか」
ヒューゴ様は詠唱なしで魔法解除が出来るのか。さすが王宮魔導士。只の騎士科の学生でしかない俺は、ヒューゴ様と同じ王宮魔導士のドルバック伯爵と魔法戦になっても、勝てないかもしれない……。
「フレイヤは何処にいる?」
「知りません」
「そんな筈は無いだろう?お前が王宮魔導室に連れて行くと言って邸から連れ出したではないか。魔導室にはお前達が来た記録は無かったと妻が確認している」
「途中で馬車を降りると言うので降ろしましたよ。その後何処に行ったのかは知りません」
「嘘をつくな」
「そちらこそ、何も証拠は無いのに推測だけで決めつけないで頂きたい」
「確かに証拠は無い。しかし、何かあるからお前は透明になる魔法を使ったのだろう?」
「ただ透明になっていただけで疑うというのですか。揉め事に巻き込まれるのは好きではないので、居ない振りをしただけですよ」
「殿下の前で透明魔法をよく使えたものだな。無礼ではないか」
「まさかこんな侯爵領の田舎の道で、馬車の中を検めに来たのが殿下とは思いもしませんでしたから」
ヒューゴ様とドルバック伯爵の言い合いをもどかしく聞いていたが、フーシェ侯爵夫人を見て目を見張る。
「……フーシェ侯爵夫人。貴女がしているそのネックレスは、フレイヤのものですよね?どうして貴女がそれを身に付けているのですか?」
「あら、そうなのですか?たまたま同じものを持っているだけではなくて?」
見間違う筈など無い。フレイヤの瞳と同じブルークオーツの石。
「そのアンティークのネックレスと同じものなど、そうそう無いと思いますが?」
「似ているだけではないですか?」
「そんな筈は───」
声を荒げたとき、息を思いっきり吸ったからだろうか。何かが燃える臭いがした。
この馬車がやって来た方向を見る。林の奥にほんのり揺らめく明かりが見える。そして、暗闇に混ざる煙の筋……
嫌な予感がした。
そのまま駆け出した。
「おい!レオン!」
急に何も言わずに走り出した俺に殿下が声を掛けてきたが、心臓の速い音に合わせて動く足を止められない。
揺らめく明かりの所まで距離がある。浮遊魔法に風魔法を併せ、林の木の上を大きく跳びながら進んだ。
進む程に嫌な予感が的中していることを感じ、揺らめく炎が近付く。寒い秋の夜なのに、前方から熱気を感じ始める。
辿り着くと、1軒の小さな家が、燃えていた。
(まさか……この中に?)
考えている暇など無い。炎は家を包み込んでいた。いつ崩れてもおかしくない。
水魔法を使うが、火が消えない。ドルバック伯爵の火魔法に俺の水魔法は効かないのかもしれない。
「くそっ……!」
燃えている家の玄関扉を思いっきり蹴ると、燃えて脆くなっており扉がバタンと倒れて開いたので、躊躇うこと無く中に飛び込むように入った。
「フレイヤ!どこだ!フレイヤー!」
家の中は炎が回っていた。手当たり次第に扉を蹴り開けて探した。
居ないで欲しい。出来ればこんな炎の中に居ないで欲しい。嫌な予感なんて当たらないで欲しい。
そう思うのに、少し広い部屋の暖炉の側に転がっているフレイヤを見付けた。かろうじてまだ床に炎が伝ってきていなかった。
「フレイヤ!」
急いで駆け寄って抱き抱える。何よりも先ず入ってきた玄関扉から外に飛び出た。
火の粉が飛んでこない場所まで運び、横にして地面に下ろすと、フレイヤの口を塞いでいるテープを剥がし、後ろ手で縛られている手のロープを、魔法で出した氷のナイフで切った。
ロープはある1点のみ削られボロボロになっていた。脱出する為にロープを切ろうと何かで削ったのだろうか。
「フレイヤ!フレイヤ!」
片腕で彼女を支え、声を掛けながら頬を叩く。ぐったりと全身に力が入っていないのが分かる。
(……嫌だ、嫌だ!)
失いたくない。失いたくないんだ。
簡単にずるりと俺の腕から落ちていってしまいそうで、怖くて怖くて堪らない。決して落とすものかとグッと強く引き寄せる。
(お願いだから……目を開けてくれ!)
彼女の手を握る。手首はロープで縛られた為か、青あざが出来たり、赤く擦れたり、血が滲んでいたりする。火傷も体や顔のあちこちに出来ていた。
「フレイヤ……目を、開けて……」
俺はあまり治癒魔法が出来ない。基礎的なことしか出来ない。俺が治すことが出来る傷だけでも良いからと、呪文を唱える。
軽い擦り傷や切り傷しか治せない。
「……んっ……」
ピクリとフレイヤの眉が動いた。
「フレイヤ!」
再び声を掛けると、ゆっくりと瞼が上がり、あの青い瞳が現れた。
「……れ…ぉん…さま?」
「フレイヤ……!よかった……」
喋ることが出来るのか。口を塞がれていたから喉が火傷せずに済んだのかもしれない。
いや、でも、口を塞がれていたから呪文を唱えられず、魔法を使うことが出来なかったのだ。魔法を使えてさえいれば、逃げることが出来た筈。
「ごめ……なさ……」
彼女を抱き締める。
良かった。良かった……。
「無理に喋らなくて、いいから」
彼女が何に謝っているのか分からないけど、今は、彼女の無事を肌で感じたかった。
ヒューゴ様なら治癒魔法で火傷も治すことが出来るだろうか。
そう言えば、ドルバック伯爵はどうなっただろうか。何故彼女をこんな目に?
そう考えると怒りが沸き起こってくる。
俺はあいつを許すことなど出来ない。




