28.結界
(眩しい……)
狭く寒くて薄暗い部屋から広い部屋に移動させられた。薄暗い部屋から明るい部屋に来たので、とても眩しく感じる。私が部屋に入ると、入れ違いで1人の女性が部屋から出ていった。使用人だろうか。
視界が明るさに慣れてきたので、部屋を観察する。
広い部屋と言っても、閉じ込められていた部屋よりは広いというだけで、隠れ家のリビングより狭いのではないだろうか。
暖炉があり、テーブルにソファがある。恐らくリビング。暖炉の火で温かい部屋だ。
そして、ソファに1人の女性が座っていた。
「フレイヤ嬢。手荒なことをしてごめんなさい」
その女性にまさかの優しい言葉を掛けられた。普通、どんな痛い目に遭うかと想像するものだが、違うのだろうか。
私を連れてきたドルバック伯爵は、女性の向かいのソファに座るよう私を促す。さっきまで硬い寝台の上で寝かされていたのに、ソファに座って良いのだろうかと少し躊躇ったが、女性に「どうぞ、お座りになって」と言われたので、座ることにした。
「魔法を使って逃げられてしまうと困るから、口を塞いでいるテープを剥がすことは出来ないの。ごめんなさいね。私の話を聞いてもらえるかしら?」
とりあえず、コクコクと頷く。
「私はそこにいるドルバック伯爵の母です。そしてフーシェ侯爵の妻です」
そう言われてみれば、何となく似ている気がする。
「私には生まれつき魔力がありません。魔法を使えたことがありません。結婚前に実家で暮らしていた頃は、さほど不便にも不満にも思っていませんでした。王立アカデミーに入学出来なかったのはとても残念でしたが、親は家庭で教育を沢山受けさせてくれました。そのお陰で王宮で文官として働くことが出来ました。あの頃は……今思えば幸せでした。やりがいのある仕事に没頭出来たのですから。時々魔力が無いことを揶揄する者もいましたが、だいたいそういう者は文官としての能力が低い人だと思って、あまり気にも留めていませんでした」
背筋をピンとさせて話す様は、とても教養と誇りがあるのを感じさせる。
ここまでの話を聞く限り、誘拐をするような人にはどうしても見えない。
「しかし、私の人生はその後大きく変わりました。フーシェ侯爵家から婚約の申し込みが来たのです。政略結婚でした。私も貴族の娘、政略結婚の覚悟はしておりましたので、親の言うままに結婚をしました。愛など無い結婚でしたが、主人と私の間にこの子が生まれました。この子は成長していくにつれ、賢さと魔力の高さを感じさせて、主人は跡継ぎとして充分だと満足すると、魔力の無い私を不要品と呼び、遠ざける様になりました。領地経営にあれこれ口出しする私が鬱陶しく、自分より賢い妻が気に入らなかったのでしょう。勝手に私を病人扱いし、ここに追いやったのです」
政略結婚は貴族の中ではよくあることだ。愛が無いのは悲しいが、だからと言って不要品って何なんだ?人に対して不要品とはどう言うことなのだろう。物じゃない。
「ここには私の世話をしてくれる者が1人いるだけ。しかも特殊な結界が張ってあり、魔力の無い私はここから出られません。ずっと……ずっと、そうね、16年くらいここにいるかしら」
特殊な結界?魔力の無い者が出られない結界って……そんな魔法があるの?
「そして、この子が王立アカデミーを卒業した時に、初めてここに私を訪ねて来たの。この子が5歳の頃に別れてから13年振りの再会だった。けれど、感動よりも驚いたわ。だってこの子、感情が殆ど動かないのよ?興味があるのは魔法のことだけ。もともとそういう性格を持って生まれてきたのかもしれないけれど、幼い頃に母親である私と離れ、親の深い愛情を掛けて貰うことなく育ってしまったからかしらと思ったわ。侯爵も、一緒に暮らしているらしい愛人の女性も、この子には次期当主としての教育だけ受けさせ、あまり構わなかったのでしょうね」
フーシェ侯爵と一緒に暮らしている愛人……その娘が、昨夜の夜会でレオン様と一緒に居たご令嬢で、さらに私に悪意ある言葉を掛けていた張本人。
昼間我が邸にドルバック伯爵が訪ねてきた時、「可愛い妹」と言っていたが、本当なのだろうか?私を騙すための嘘だったのだろうか?
この夫人の話を聞く限りは嘘のように感じる。
でも、「色恋沙汰に疎く、女性の繊細な気持ちが分からない」というのは本当だろうなと思う。
私が座っているソファの斜め後ろにずっと立っているドルバック伯爵。チラリと視線を移しても、表情は無のまま。一見愛想が良さそうに見えるのだが……確かに魔法好きの印象しかない。私に愛想が良いのは、リーズ公爵家が同じ魔法好きで魔法の話で盛り上がれるからだろうか。
「王立アカデミーでの成績も良く、王宮魔導士になったこの子に、私をここから出して欲しいとお願いしたの。でもここに張られている結界はそう簡単に破られるものではないみたいで、色々と調べては試して貰ったけれど、どれも駄目だったわ」
そうだろう。私もソフィア様の魔法書で見た記憶が無い。珍しい高度魔法が載っている筈のソフィア様の魔法書にも載っていないのだから、簡単に解除できる魔法ではないと思う。
「だけれど、この子が貴女に久し振りに会って、方法を見つけたかもしれないと言ったのよ」
え?私?
ソフィア様や始まりの魔女であれば解除する方法を知っている可能性はあるが、私の未熟な能力では解除なんてできない。
目を丸くし、ぱちぱちと瞬きをしている私にふっと笑って、指を差された。
「それよ。その貴女がしている青い石のネックレス。それ、魔道具でしょ?」
魔道具?これが?
ブンブンと首を左右に振る。
これをソフィア様の書斎机で見つけた時、お母様に貰って良いか確認したけれど、その時特に魔道具だなんて聞いていない。普通のネックレスに見えるし。
「いや。それは魔道具だよ」
ずっと黙っていたドルバック伯爵が急に入ってきた。
「実際、今日君が馬車で眠った時にそのネックレスを取ろうとしたけど、手を弾かれてしまい取れなかったんだ。だから君を誘拐するしか無かった。本当はネックレスだけを拝借するつもりだったのだから」
手を弾かれた!?どういうことだろう?
今までそんなことは……でも、ネックレスは私と、私が落としてレオン様が拾ってくださった以外で触ったことがある人はいなかったかも?レオン様は弾かれてはいない筈だ。
本当に魔道具なの?これが?
視線を下に下ろして、首もとにある青い石のネックレスを見る。
「それがあれば私はここから出られるかもしれないの。だから、私に貸してくださらないかしら?」




