16.愛が重い
まさか、フレイヤがあんな声を出すなんて。
あんな声を聞いたら……無理だ。
欲情を誘う、甘い、女の、艶めいた、声。
あんなにも可愛い声で……
あああああ!
固まって良かった。
良かったのか?情けなくないか?
いや、でも理性が飛んだら何してたか分からない。
固まって良かった。
……もっと、聞きたい。
いや、聞いたら、次こそ理性が飛びかねない。
そうしたら、止まらない。彼女を襲ってしまう。
もっと、言わせたい。啼かせたい。違う声も、聞きたい。
想像してしまう。服に隠された、その中の素の彼女を。触れたら、あんな声で……
あああああ!
「今日のレオン、殺気が凄い……」
「強固な防御魔法を掛けてたのに、打たれた右脇がヒリヒリする……」
「アレは何か面白いことがあったんだろうな」
「いや、殿下。面白がってる場合じゃないですよ」
「あいつをああさせるのは、フレイヤしかいないだろ?面白いじゃないか。相手してくるか」
「いやいや!危ないですよ!殿下は近づかない方が……」
「いいから、いいから」
雑念……
いや、男の欲を抱いている自分自身に当惑しながらも、欲が収まらず膨らんでしまい自己嫌悪になり、衝動を彼女にぶつける訳にはいかない為、騎士科の男にぶつけている。
今日は野外訓練場での授業。
手当たり次第に対戦を挑み、憂さ晴らし状態。
彼女を傷付ける訳にはいかない。これ以上はまだ触れてはいけない。これ以上はまだ踏み込んではいけない。
まだ……
まだ……
結婚するまで、あと2年…………長い!
彼女を大切にしたい。
こんな欲にまみれた感情を見せてはいけない。ぶつけてはいけない。
あああああ!
「うっ……」
目の前にいたヤツの腹に一撃を加えて、また1人倒れていく。気付けば周りには倒れたり座り込んでいるヤツばかり。まだ立っているヤツはいないのか?
「レオン。私の相手をしてくれ」
「殿下……」
まだこの方がいた。さすがに憂さ晴らしに利用するのは気が引ける。
殿下は剣に氷の魔法を纏っている。鏡の様な輝きのある綺麗なクリスタルの氷。相変わらず仕上がりが良い。
氷を選択したのは、俺が炎を纏っているからだろう。
「いくぞ」
踏み込んで素早く間合いに入ってくる。
俺の意思は無視だった。
でも受け止めないと打たれる。
ギィイイイ───ン!
氷の剣を炎の剣で受け止めると、鈍く乱れた音がした。
「魔力に揺らぎがあるぞ。氷が当たっているところの炎が揺らめいている」
グッと氷の剣を弾いて、炎の魔法を調整し直す。
殿下は直ぐに再び打ち込んで来たので、受け止める。右に左に速い振りを受け止め続けるが、炎が揺らめいてしまう。
「乱れてるな。フレイヤと何かあったか?」
「何もありませんよ」
「裸でも見たか?」
「なっ!見てませんよ!」
キンッと、炎が氷に負けて、剣に直接当たった音がした。魔力を流し、炎を舞い上がらせて、氷の剣を殿下ごと遠ざける。
裸は見てはいない!
……ちょっと想像しただけだ。
「当たらずとも遠からずかな」
殿下はニヤリとする。
殿下に心を乱されている。もともと乱れてはいたけど、さらに乱されている。
深呼吸をして、剣に炎を再び纏わせ、意識を集中させコーティングし直す。
その後暫く打ち合いが続いた。殿下の氷は全く揺るがない。欠けることもない。強い精神力だ。
上段に打たれた剣を止める。そのまま踏み込み押し込もうとしたら、突きを打たれた。
ビッと頬に当たった。
「勝負アリだな」
「はぁ……完敗ですね」
「医務室で手当てしてこい」
手で頬に触れたら、指に血がついた。
防御魔法をかけていたのに負傷するとは、風圧か?それとも俺の防御魔法の精度も乱れていたのか?
「もうじき騎士団の入団試験もある。騎士団には私より強い者が多くいる。浮かれてばかりいるなよ」
「浮かれて……ますか?」
「仕方ないことかもしれないが、訓練中は心を乱すなよ。危険だ。それに、あまりに愛が重いと、フレイヤに嫌われるぞ?」
重い……?
嫌われる……?
俺の愛は、重いのか……?
もしかして俺は、愛を押し付けているのか……?
そう言えば……
彼女は、告白したときに「お慕いしている」と言ってくれたっきり……
一度も……
そう。一度も……
好きだと、言われたことがない。
「レオン?」
「殿下、レオンはどうしたんですか?固まってますけど?」
「何か、ショックを受けているようだな」
◇◇◇
放心状態の俺は、友人達によって、無理やり引き摺るように医務室に連れてこられた。
医務室の先生に治癒魔法で出血を止めて貰ったが、自己再生能力の低下を抑えるために、あとは自己治癒力で治した方が良いと言われ、軟膏を塗って傷テープを貼って終わりだった。
医務室から出ると、1人の令嬢がいた。
「あっ!あの、レオン様!お怪我は大丈夫ですか?これ、もし宜しければ切り傷に良く効く軟膏なんです!貰ってください!」
差し出された小さなケース。
「いや、例え傷薬だとしても、贈り物は受け取れないから、すまない」
「あっ……そうですか。そうですよね、すみませんでした!失礼しました!」
パタパタと令嬢が去っていった。
「傷薬くらい、貰っても平気じゃないか?」
「どんな小さなことでも、フレイヤに誤解されたくない。それに、大した怪我でもない」
「ブレないな……」
「まぁ、しかし、婚約しても人気あるね。さすがだね」
嬉しくない。
「あのご令嬢も婚約者のいるレオンに近寄って、醜聞になったりしたらとか思わなかったのかな?」
「傷薬くらいなら逆に聖女だと思われるんじゃないか?」
「そうか?」
「俺は思ったぞ。可愛かったし」
友人の話を適当に聞き流す。
「レオン。今の令嬢、ドルバック伯爵の妹だぞ。フーシェ侯爵令嬢だ」
殿下がこっそり教えてくださった。
「今のが……」
侯爵の愛人の娘。ドルバック伯爵は冴えない顔だが、今の令嬢は綺麗な顔立ちをしていた。
「ドルバック伯爵の妹は、お前に惚れているみたいだな」
もしそうなら断って良かった。気のある者からの贈り物を受け取れば、どんな噂をされるか分からない。
例え愛が重いと思われようとも、彼女を傷付けるようなことにはなって欲しくない。




