11.事件
ある夜、リーズ公爵家───
もう秋も深まりつつあり、夜は冷たい風が吹く。
寝ている頬や首に、何故か冷たい空気を感じた。体がぶるっとして、ふと目が覚めた。
カタン。
何かの音がした。
カタ。カタ。
(何の、音?)
まだ完全に覚めない鈍い体を起こし部屋を見る。寝起きで視界はぼんやりとしているけれど、窓の近くにある私の机の辺りで動く黒い物が見えた。
部屋は暗いけど、窓から月明かりが差し込んで、黒い物の輪郭を浮かび上がらせていた。
(あれは、人?)
少しずつ暗闇に慣れ、同時に頭も働き出す。
家族や使用人とは違う雰囲気の人が、邸の人間が寝静まったこの時間にこの部屋にいる。
そして、私の机を漁っている。
「ぁっ……キャ───────!」
すっと息を吸った瞬間、自分でも信じられない声が出た。
私の声に驚いた黒い人が、素早くバルコニーのある大きな窓から出て行った。
窓が開いていたから、寒さを感じたのか。
白いレースのカーテンが、秋の夜風に吹かれてなびく。
廊下から、だんだん近づいてくる足音が聞こえてきた。そして部屋のドアが勢いよく開かれ、お父様が入ってくる。
「どうした!?」
ベッドの上で足を折って座り込んでいる私に、お父様が近寄ってくる。
「あ……あの……人が……人が、いたんです」
「泥棒か?」
「わからなくて……窓から、逃げて、いきました」
お父様の後を追いかけて来たらしいお母様が、私をギュッと抱き締めてくれた。
「フレイヤを頼む。見てくる」
「ええ。気をつけて」
お父様は黒い人と同じ様に、窓から浮遊して外に行ってしまった。
「フレイヤ。もう、大丈夫よ」
お母様が私を抱き締めながら、肩や背中を優しく撫でてくれた。
ああ、私、体が震えてるんだ。
◇◇◇
朝起きていつもの朝食の席で、いつもではあり得ない、信じたくない報告を聞かされた。
「不法侵入者!?」
「ああ。今朝、リーズ公爵家から報せが来た。フレイヤ嬢の机を漁っていたそうだが、特に盗られたものは無いらしい」
父の言葉に、衝動的にカトラリーをテーブルに置いて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと、レオン!待ちなさい!」
母に止められるが動きを止める気はなかった。
「いや、直ぐリーズ公爵家に行きます」
「今は止めておきなさい!夜は寝られなかった筈よ。今休んでいるかもしれないから、ご迷惑になりかねない。行くならアカデミーの授業後にしなさい」
ぐっと手を握り、足を止める。
母の言う通りかもしれない。
「犯人は捕まっていないようだから、捜査もまだ継続しているだろう。心配する気持ちは分かるが、マデリンの言う通り、会いに行くならアカデミーが終わってからにしなさい。お前が行くことを、私からリーズ公爵家に先触れを出しておいてやるから」
「……はい」
気持ちを落ち着かせるために息を吐いた。
とりあえずまた席に戻る。
本当は今すぐにでも会いに行きたい。彼女がどんな心境でいるのか分からないから想像するしかないが、怖かったかもしれない。混乱しているかもしれない。落ち込んでいるかもしれない。
そうなら、抱き締めてやりたい。
いや、俺が彼女の顔を見て安心したいのかもしれない。何も無かったのかどうか、自分の目で確認したいのだ。
アカデミーに行ったって、授業に集中できる気がしない。
「あの家は始まりの魔女ソフィア様の直系。そして両親は2人とも王宮魔導士なのよ?あの2人が本気だしたら、最強の防犯魔法を邸に設置できちゃうと思うから、もう同じことは起こさせないわよ」
「うちは大丈夫なのか?」
「犯人の目的が何か分からないから、朝早くにうちにもリーズ公爵家から報せが届いたのだと思う。だから、うちも防犯魔法を見直すつもりだ」
「目的って何かしら。怖いわね。フレイヤ様も怖かったわよね、きっと」
「カリナ。そんなこと言ったらレオンが余計に思い詰めるぞ。リーズ公爵家を警備するとか言い出しそうだ」
「……したいぐらいだ」
兄の言葉に同調する。可能ならしたい。リーズ公爵家から許可が出るなら今日今すぐからしたい。アカデミーなんてどうでもいい。俺が警備するなら猫一匹通しはしない。絶対に。そして必ず捕まえる。逃しはしない。
「邸周りの警備の配置はちゃんと増やすだろ」
「フレイヤの寝る側で守る」
何ならフレイヤの専属の護衛として四六時中ピッタリとくっついてひとときも不安になんかさせない。
「それは別の意味で危険だからダメ!」
俺と兄の会話に、母が鋭く割り込んできた。
「なんでだよ」
「フレイヤちゃんが寝てる側に一晩中いて、何もしないで我慢出来るの?理性保てる?」
「……出来る」
即答出来ないのが悲しい。でも彼女を守る為なら、男の欲望くらい無理矢理にでも我慢する!
「いや、無理だろ」
「レオンお兄様は無理ね」
「レオンは無理だろうな」
この家族はこんな時でも人を馬鹿にしやがる……!




