8.ダンスと嫉妬
会場の音楽が変わった。そろそろダンスの時間だ。
社交場が初めてなら、ダンスももちろん初めてな訳で、とうとうこの時間が来てしまったか、と内心思った。
ダンスももちろん練習はしてきている。それでも人前で踊るのは初めてだ。しかも、ここでも公爵家という立場から、最初に踊らなくてはならない。
「レディ。1曲、お相手をお願いします」
レオン様から手を差し出され、覚悟を決め頭を横に傾け頷き、手を重ねる。ダンスへ誘う姿も格好良くて余計に緊張する。重ねた手から私のドキドキが伝わってしまいそうだ。
レオン様に誘われホールに出て踊り始める。
初めは緊張で動きが固かったけれど、レオン様がとても上手にリードしてくれるので、ちょっとずつ楽しくなってきた。
「フレイヤ、上手いね。初めてとは思えない」
「レオン様の方こそ、とてもお上手で踊りやすいです」
「ダンスは母に散々仕込まれたからね。カリナの練習相手もさせられていたしね」
「ふふっ。私は父が上手いので、たくさん練習に付き合ってもらいました」
「言ってくれれば俺が練習に付き合ったのに」
「魔法レッスンもしていただいているのです。そんなに付き合わせては申し訳ないのです」
「こうやってフレイヤに触れることが出来るなら、むしろその役目は俺以外許せないな」
……美形は口が上手い。
動揺したらステップを間違えてしまいそうになるから、やめて欲しい。
顔が赤くなっているかもしれない。顔を見られなくなってしまって、視線を少し下げた。
レオン様の肩越しに、エミリオ様とカリナ様が踊っているのが見えた。美形兄妹のダンスは軽やかで美しく華があり、周りの視線を集めている。
(照れてばかりいないで、私も背筋を伸ばしてしっかり踊らなきゃ)
再び視線を上げると、レオン様の美形の微笑みが帰ってきた。
(て…照れる!!早く終わって~……)
最後までステップを間違えることはしなかったけれど、笑顔をキープすることは出来なかった。
ダンスが終わり小さくほっとしていたら、レオン様はそんな私に気付き、近くに来た給仕から水を受け取って手渡してくれた。
「ダンスおつかれさま。楽しかったよ」
なんて気遣いの上手い方なのだ。動きがスマートだ。
「ありがとうございます」
喉を通る水が気持ちいい。少し汗をかいたようだ。
「あの、化粧室に行ってきますね」
「ああ、急がなくていいから」
「はい」
私達のダンスが終わり、皆がダンスに参加し始めることもあり、パーティーが開かれている部屋から出ると、あまり人がいなかった。
化粧室にはそれこそ1人もおらず、ちょっと安心して大きな溜め息をつく。
「いい気なものよね!ベルック公爵家にすがって守られてるくせに、溜め息なんかついて。ダンスも下手くそで、相手をさせられるレオン様が気の毒だわ!」
まただ。悪意ある言葉。
後ろを振り向くけど、誰もいない。化粧室内には誰もいない筈なのに……。
私に言う為に、わざわざ後をつけてきたのだろうか。
いや、誰もいないからと気を抜いた私が悪い。化粧室ですら、誰に見られているか分からない。公爵家令嬢として、相応しい立ち居振舞いをしなければならないのだ。
◇◇◇
「レオン……緩みすぎ」
「楽しいのは分かるけど……落としまくってるぞ」
「落としまくっているとは、何のことだ?」
フレイヤがいなくなったと思ったら直ぐに近寄ってきたアカデミーの友人。
「この間も言っただろ?お前のフレイヤちゃんを見つめる時の微笑みが、他のご令嬢を落としてるんだよ」
意味が分からない。
「いやなぁ、可愛いのはわかるよ?今日のフレイヤちゃんは綺麗だし、顔が緩んじまうんだろうけど。でも、滅多にこんな場に出てこないレオンがきっちりキメた格好してあんな顔してダンスしてたら、ご令嬢達が夢みちまうって」
「レオンと一緒に踊ったら、あんな表情を向けてもらえると、勝手に期待してるっぽいぞ」
「……」
「ああ、その顔しとけ」
「それに俺達に感謝しろよ。俺達がいるからご令嬢達は話し掛けに来ないだけで、1人になったらダンスの誘いで囲まれるぞ」
「……フレイヤ以外と踊る気はない」
フレイヤとの初めてのダンスは、夢のような時間だった。彼女の緊張で少し震える手を取り、ホールに誘えば、次第に楽しそうな笑顔を向けてくれて、俺が独占欲を見せれば露になっている耳やうなじが赤く染まった。最高の眺めだった。好きな人とのダンスがあんなにも楽しいものだなんて思いもしなかった。
「レオンお兄様、フレイヤ様はどうされたのです?」
俺の至福の時間の回想に割り込んできた声は妹だ。
「化粧室に行ってる」
「カリナちゃん!良かったら1曲踊ってよ」
「まあ、お相手をしてくださるのですか。是非」
俺達に感謝しろよとか言っておいて、本当はカリナが来るのを待っていただけなんじゃないか。
「レオン。あまりフレイヤを1人にしない方がいい。迎えにいってやれ」
兄が珍しく真剣な顔をしている。
「何か……あるのですか?」
「何人かの令嬢に悪意を感じる視線を向けられていたようだからな。女の嫉妬は女に向けられる。罵りは当たり前、ドレスを切られたり、水や飲み物をかけられたり、髪を引っ張られたり、色々見てきたぞ」
「それは……兄さんが原因で?」
「まあな」
「……迎えに行ってきます」
兄は何をしたんだろうかと思ったが、フレイヤが心配なので突っ込むこと無く部屋を出た。
何人かに声を掛けられたが、躱して先を急ぐ。
兄はよく見ていたのだ。俺は浮かれていて何も気付けずにいたが、さすがだ。場馴れもあるだろうが視野が広い。俺も見習わなくては。
早足で通路を歩いていると、フレイヤを見つけた。しかし、知らない男性と一緒にいた。
馬車の中で彼女から離れまいと決意していた筈なのに。




