7.初めての夜会
本格的な社交は冬から始まるが、今日は王立アカデミーの学生やその保護者達が集まる新歓パーティーの日。
基礎科を修了すると、殆どの学生がこのパーティーに参加して、本格的な社交を前に術を学んでいくのだそうだ。
と言うのも、俺は1年の時も2年の時も出なかったので、3年になって初めて参加するのだ。
14歳の時に既に親に連れられて出た夜会で、女性に囲まれるという怖い思いをした俺は、王宮主催の重要な式典等にしか出なくなったので、新歓パーティーがどんなものなのかさっぱり分からない。
しかし、フレイヤと婚約をして、いずれリーズ公爵家の当主となる訳なので、社交をみっちり叩き込むという母の意気込みのもと、比較的立ち回りやすいらしいこの新歓パーティーにフレイヤと共に参加することになった。
エスコートをする為に彼女を迎えにリーズ公爵家に来て玄関で待っていると、上階から彼女が現れ、一段ずつ階段を降りてくる姿に目も心も魂さえも奪われてしまった。
普段は控えめな彼女が、艶やかなドレスに身を包み、髪を結って、さらに化粧もしている。
鎖骨が見える程首周りが空いていて、さらにうなじが晒されている髪型。こんなにも肌を露出しているのを見たことが無かったのだから、男としては興奮を抑えられるものではない。
ぷるりとした唇も化粧でさらに艶照りが加わり、他の男に見せられるものではないだろうと思ってしまう。本人にその気が無くとも、男を誘う唇だ。
「お待たせいたしました」
「いや……綺麗だね」
美しすぎる彼女に圧倒されて、そんな単純な褒め言葉しか出てこなかった。情けない。
「行こうか」
「はい」
エミリー様に挨拶をして、馬車に乗り込む。
そして馬車の中で向き合い、着飾った彼女を眺めながら、会場で彼女から絶対に離れまいと決意をした。
◇◇◇
今、目の前に美しい人がいる。
新歓パーティーに行く前に迎えに来てくださったレオン様を、上階から見つけた時、格好良さにドキドキしてしまった。
階段を降りるのに、慣れないヒールの靴を履いているのもあるが、レオン様に釘付けになって足を踏み外してしまいそうで、足元ばかりを見て顔を上げられなかった。
近付いて顔を見上げると、いつも下ろしている前髪を後ろに撫で付けているせいで、美しい輪郭が露になり、整っている顔の全てのパーツが良く見えるようになっていた。
レオン様に「綺麗だね」と言われたのは嬉しいけれど……貴方の方が美しく綺麗です!!
男の人に綺麗とは褒め言葉になるのかとも思うが、恐らく10人いたら10人全員がレオン様の方が綺麗という気がする。
そのくらい、今日のレオン様は美しい。
この方の隣に立つというプレッシャーを既に感じて、気持ちが落ち着かない。ギュウギュウに締められたコルセットのせいもあり、息苦しい。
さらに、こういう場に出るのが初めてなのだ。緊張を抑えることは不可能だ。
着かないで欲しい、急に中止にでもなって欲しい、なんて思っても、そんなことあるわけ無く、無情にも予定通りにちゃんと会場に到着した。
「顔色が悪い様だけど、大丈夫か?」
心配したレオン様が私に声を掛けてくれた。
「は、はい!き、緊張して、しまって……」
大丈夫だと強がることすら出来ない。
「俺が頼りないばかりに、すまない」
「そんな、私の方が、そのっ……ダメダメで……」
初めての社交場。
ほぼ初めての夜会用ドレスに高いヒールの靴。
苦しいコルセット。
美しい人の隣に立つというプレッシャー。
それらが私の自信を奪っていく。
「今日の君は、本当に美しい。だから、俺から離れないで。他の男に拐われたら困る」
馬車から降りる時に、手を取ったのと同時に言われ吃驚した。
「えっ……えっと……あの、私を拐おうなんて思う人は、いないと、思います、よ?」
「少なくとも、ここにいる」
真顔で何を仰るのだ。
しかも、私よりも綺麗な顔して。
「レオンお兄様、今拐ったら駄目ですよ」
振り向くと今日も可愛いカリナ様が、エミリオ様にエスコートされていた。さらに、ベルック公爵夫妻も一緒だ。
「やあ、これは見違えたように美しいね!レオンじゃなくても拐いたくなるね」
「おい……」
レオン様はエミリオ様を睨み付けているけど、これはお世辞だ。「男性は女性を褒めるものだから、気持ち半分で受け取りなさい」と昔おばあ様から言われたことがある。
それにしても、美形は口も上手いのだな。
「本当ね!フレイヤちゃん、今日とっても綺麗よ!」
「君の隣に立てるレオンが羨ましいくらいだ。こんなにも美しい女性が将来娘になるなんて、鼻が高いよ」
……やっぱり、美形は口も上手い。
「ありがとうございます」
とりあえず微笑みを返してお礼を伝えるけれど……ベルック公爵家が勢揃いしている様は壮観だ。
(ま……まぶしい……)
キラキラのエフェクトがかかって見えるのは仕方がないことだ。なんて美しい家族なのだ。
皆で揃って会場入りするが、何せオーラが凄いし、堂々としている。端から見たら、私、浮いてるだろうな……
王族であるエドワード殿下は参加されないパーティーということもあり、始まりの魔女の直系公爵家の私達が一番立場が上となる為、ただ立っているだけで、次から次へと人が挨拶と婚約のお祝いを伝えにやってくる。
一応昔から貴族名や当主の顔等は貴族名鑑で学んできたつもりだったが、顔は年齢と共に変わるもの……。しかも貴族名鑑のは美化されてたりもする為、マデリン様に耳打ちして教えてもらう度に、貴族名鑑との違いにいちいち驚いていた。だって、禿げてたり、太ってたりするんだもん。仕方ないと思う。
そんな私を見て、マデリン様は怒ること無く、こっそり笑っていた。
「フレイヤちゃんは面白いわね。あの禿げてる人達も、昔は格好良かった人もいるのよ?」
「すみません!どう見ても別人にしか見えない方もいらっしゃってて……」
「でも、レオンと違ってちゃんと勉強してきているから名前はバッチリね!あとは顔を一致させるだけ」
「別人過ぎて、逆に印象強くて覚えられそうです」
「ふふふ。それは良かったわ。レオンも見習いなさいよ」
「……はい」
レオン様は本当にあまり知らない様で、公爵家を訪れる方や友人くらいしか親しい方はおらず、あとは付け焼き刃の様に覚えてきたらしい。
しかしレオン様は目立つ方だ。レオン様が把握しきれていない貴族でも、向こうからやってくる。しかも娘を伴って、婚約者である私が隣にいようとも、娘アピールをしてくる。
令嬢がレオン様のことを好きな場合もあるが、公爵家の次男、成績も優秀とくれば、婿に欲しい家も多いだろう。
マデリン様はとても上手に躱しているが、私が婚約者として虫除けに全くなっていないことに、何だか申し訳なくなってしまった。




