28.花言葉
模擬戦で魔力膨張を起こした翌日、私はレオン様に助けてもらったお礼と、迷惑を掛けたお詫びの内容の手紙を書いた。
エドワード殿下には、お父様とお母様が揃って王宮にお礼を伝えに行ってくれた。
私は、お母様が言っていたように、レオン様に直接会って伝える勇気はやっぱり出なくて、顔を合わせてしまうのも怖くて、その週はアカデミーを欠席したのだ。
でもレオン様から手紙の返事が届き、読むのが怖いけど嬉しい気持ちもあり、暫く手紙とにらめっこをした末に、勇気を振り絞り開けて読んだ。
私の体を心配する言葉と、アカデミーで会えるのを待っていると書かれていた。
短い文なのに、レオン様の優しさが溢れた手紙に胸が苦しくなった。
手紙と一緒に赤いカーネーションの花束も届いた。花瓶に入れて部屋の机に飾って眺めていたら、それを見た母がニコリと笑った。
「ふふふ。私も昔、貴女のお父様に赤いカーネーションを貰ったことがあるわ」
「そうなの?」
「嬉しいわね」
「?」
「そうか、フレイヤは分からないのね。もう少し女の子らしく、花言葉でも勉強してみたら?」
そう言って笑いながら去っていった。どういうことか分からなくて、首を傾げるのみだった。
アカデミーを1週間欠席していたが、1年生ももう終わりなので、進級する為には学年末の筆記試験も受けなければならず、休んでばかりもいられない。
試験週間はしっかりと出席をした。
アカデミー全体が試験に集中していることもあり、久し振りにアカデミーに来た私を心配したり安心したりしてくれる友人もいたが、殆どの人は試験勉強に目を向けており、噂をされずに済んだ。
私は模擬戦を中止にさせてしまったし、恐れ多くもエドワード殿下やレオン様に助けて頂いた為、また何かしらの噂をされるのではないかと思っていたからだ。
そして試験は全科目終了し、あとは私が欠席している間に行ったらしい実技試験を受けるだけ。
午後にその実技試験を1人で受ける必要がある為、帰ることも出来ず、ばったりレオン様に会ってしまうのが怖くて食堂に行く勇気も出ず、魔法レッスン場の裏手の湖畔でお弁当を食べることにした。
邸の厨房の料理人が作ってくれた、フィッシュフライのサンドイッチ。スライスしたオニオンの辛みがフライをさっぱりとさせてくれて、とても美味しい。
食べ終わってしまって、まだ時間がある。ぼーっと湖を眺める。
ほんの数週間前、ここでレオン様の告白現場に遭遇して、逃げた時にネックレスを落として、転移魔法でここにいたレオン様の上に落ちたのだ。
レオン様との時間は、何だか、濃密であっという間の日々だった。
「ああ、やっと見つけた」
思い出に浸っていたら、後ろから声が聞こえた。
振り返ると、つい先程まで考えていたその人、レオン様がいた。
◇◇◇
ずっと、会いたかった彼女の姿を見て、温かな感情が胸に広がっていく様だった。
1年生の魔法科の模擬戦で見た彼女は、気を失った顔が真っ青で、周りに纏った魔力で体が浮かんでいた。その様子は、彼女がどうにかなってしまうんじゃないかと思って、怖くなった。
彼女の周りの魔力は信じられないくらい強くて鋭かった。それでも必死に手を伸ばして、先生方がやっている様に彼女の魔力を吸い取った。
俺達騎士科は近くの屋外訓練場で授業を受けていたので、競技場での騒ぎに気付き、その場に駆け付けたのだ。
その場に集まった先生方皆で魔力を吸い取っていたが、かなり苦戦している様だったので、俺と殿下も手を貸した。
竜巻のような風の壁に包まれている為、最初は誰が魔力膨張を起こしたのか分からなかったが、膨張を起こしてしまう程魔力の高い人は限られる。どこかでもしかして彼女なのではという不安を抱きながら近付いたら、やはり彼女だったのだ。
魔力を吸い取り続け、やっと彼女の周りに纏っていた魔力が消えかけた時、彼女の体が崩れ落ちそうになり、慌てて手を伸ばした。
抱き上げた彼女を見て、このまま目を覚まさなかったらどうしようという不安が過った。呼吸をしてくれていることだけが救いだった。
だから、彼女から手紙が来た時は心底ホッとしたのだ。
そして、今、目の前に彼女がいる。
俺の声に振り向き、驚いて固まっている様だ。目を見開いて、口が半開きになっている。俺なんかに、会いたくなかったのだろうか。
でも、俺はちゃんと彼女に伝えると決めたのだ。
受け入れてもらえなくても、それでも、気持ちを伝えると決めて来たのだ。
「ど……して……」
「1年生の魔法科の教室に行ったら、まだ君の友人が残っていて、多分ここにいると教えてくれたんだ」
ポツリと言った言葉に答えると、思い出したかのように呪文を唱え出した。また同じ失敗をしてたまるものかと、一気に間合いを詰めて彼女の腕を掴んだ。
騎士科で良かったと思った。素早い身のこなしには自信がある。
「逃げないで欲しい。話を、聞いてくれないか?」
掴んでいる腕が微かに震えている。俺が怖いだろうか。でもこの手を離したら転移してしまう。呪文を唱えたので、魔方陣が浮かび上がっていた。
「俺は、フレイヤ嬢、君のことが、好きだ」
俺の告白に、彼女の青い瞳が揺れている。動揺しているのか、ぱくぱくと口が動いている。
「……アリーチェ王女殿下との……婚約……は?」
「その話はもう完全に無くなった。殿下の婚約者は俺じゃない。俺は君が好きだから、君以外の人と婚約する気はない」
「……私では……魔法で失敗ばかりしている私では、貴方には、ふさわしくありません」
俯きながら彼女は言ったが、ふさわしいって、何だろう。
花祭りの時、モッコウバラの花言葉の≪あなたにふさわしい人≫という意味が全然分からなかった。
でも、今なら、少し分かる気がするのだ。もしかしたら違うかもしれないが、花言葉を考えた人の意図とは異なるかもしれないが、俺なりの答えが見つかった気がする。
「君はふさわしくないと言うけれど、俺からしたら君以外にふさわしい人はいないよ。俺が好きな人が、俺にとってのふさわしい人だから」
家柄とか、能力とか、そういうのでふさわしさを表すのは違うと思う。愛第一主義の家系だから、愛でふさわしさを表すのだ。それが俺の答えだ。
「どこにも逃げないで。転移をするなら、また俺のところに落ちてきて欲しい」
俯いていた顔を上げ、俺を見てくれた彼女に懇願する。まだ魔方陣は消えずに浮かび上がっているまま。
すると魔方陣が光り、フッと一瞬にして、目を開けていられない程の眩しい光を纏って彼女が消えた。握っていたはずの腕が消え、手が空気を掴む。
あっと思った瞬間、また周囲が輝きだし、今度は何かが懐に現れ、尻餅をついてしまった。
いや、何かじゃない。俺の上に彼女がいた。
以前と同じ、俺の言った通りに、俺の上に転移してきてくれたのだ。
「私も……お慕いしております……」
小さくて消えてしまいそうな声だったけれど、ちゃんと聞こえた。
嬉しくて嬉しくて、思わず彼女を抱き締めた。
顔も耳も真っ赤にして恥ずかしがっているのが、また可愛らしくて。
女性の体はこんなにも柔らかいのか。
髪はこんなにも甘い香りがするのか。
俺の頬にあたる彼女のさらさらの栗色の髪が心地好い。
ずっとこうして腕の中に閉じ込めて、彼女を感じていたいと思った。




