20.家族会議
「お兄様!それは最低です!」
そんなことは自分でも分かっている。
「告白もしないでいきなりキスして、しかも何も言わずに帰るって、何考えてるんですか!ヘタレですか!」
傷を抉るように俺の説明を繰り返さないでくれ。
「カリナ、レオンはどうしたんだ?何であんなところで暗くなっているんだ?」
兄がリビングに入ってきた、ようだ。
「失敗したんですって」
「何で?」
「恋愛で」
兄と妹の会話に、耳を塞ぎたくなる。
邸のリビングの暖炉の横に背中を丸めて小さくなっていた。昔、剣術でも魔法戦でも遊びでも、兄に負けるとよくこうしてここでひねくれていたのを思い出す。
「なんだ、とうとうレオンも目覚めたのか?」
「ええ」
「どこのご令嬢だ?」
「始まりの魔女のソフィア様の直系のリーズ公爵家ご令嬢で、フレイヤ様という方です」
「ほう。で、何をしでかしたんだ?」
「告白もしないでいきなりキスして、しかも何も言わずに帰ってきてしまったそうです」
また繰り返されて、更に傷を抉られる。妹に堂々とバラされた。妹に言わなきゃ良かった。
「やるな、お前。人は変わるときには変わるもんだな。そのまま押し倒せば良かったのに」
「エミリオお兄様!それは一番最低ですよ!」
兄の助言は全く役に立ちそうもない。
「物事には順番があるでしょ!?告白して、手を繋いだりデートしたり、それからキスじゃないのですか!?フレイヤ様の唇はとても魅力的だからキスしたくなるのは分かるけれど、せめて、キスしたあとでもちゃんと告白すれば良かったじゃないですか!」
「何、そんなにそのフレイヤ嬢とやらは魅力的な唇なのか?俺もキスして──」
「させるか!女たらしの変態馬鹿くそアニキ!!!」
「……レオン、お前そんなに口悪かったか?」
兄弟で騒いでいたら、邸の外から馬車の音がした。
「お父様とお母様かしら」
「そうだろうな。今日は2人とも陛下に呼ばれていたからな」
「何かしら?2人一緒に呼ばれるなんて」
暫くするとバタバタッ、カツカツッと騒がしい音が邸に響き、リビングの扉がバアンと勢いよく開いた。
「レオンー!いるー??」
全く歳をとらない美貌の母が、何かの舞台かのように堂々と、しかし豪快にカツンッとヒールの音を鳴らして登場した。
「レオンなら暖炉の横で暗くなってるよ」
兄の言葉を聞いて、カツカツと気に留めることもなく俺の元に母がやって来る。
「レオン。貴方にアリーチェ王女殿下との婚約の打診があったわ」
「は?婚約??」
「えっ!レオンお兄様に?」
突然の話にカリナと共に驚く。
「何でレオンはそんなとこにいるんだ?とりあえず皆座って話をしよう」
遅れてリビングに入ってきた父は、母の手を取りソファに座らせる。兄も妹も父に促され座ったので、仕方なく俺も暖炉の横から立ち上がり、ソファへと座ることにした。
「アリーチェ王女殿下とレオンの婚約の件だが、実は王家の者の魔力が徐々に減ってきているらしく、より高い魔力を子孫に残していきたい考えらしいのだ」
「エドワード殿下は比較的魔力が高いと思いますが?」
エドワード殿下の魔力量は俺とそんなに変わらなかったと思うが、アリーチェ王女殿下の魔力量はさほど高くないのだろうか。
「まあな。しかし始まりの魔女の魔力はもっと高かったと言われている。魔力量を正確に測る術は無いが、魔力が高いとそれだけ長生きするということは知っているだろう。始まりの魔女のエマ様とアナベル様は180歳、ソフィア様は200歳まで生きたと言われているが、ここ何代かの王家の者は長生きしても120歳程度だ。政略的な婚姻が多かったので、魔力が無い者との婚姻で魔力量が減ったのかもしれない」
「でもうちは女性が160歳くらい、男性でも140歳くらいまで生きるでしょう。まぁ、たまに魔力が低く短命の者もいるけれど。だからうちの家系と婚姻を結んで、高魔力を持った子孫を残していきたいそうよ」
そう聞くと、確かに王家とうちとでは魔力量に開きがあるように思えた。
この星を統べる王家の魔力が弱いと、他の貴族の方がだんだんと魔力量を高めていき、力関係が崩れ、もし悪しき思いを持たれたときに、王家の力で抑えられなくなる可能性を危惧しているのだろうか。
「それで、レオンね。なるほど。俺は嫡子だから逃れられたわけだ」
「逃れられたなんて、エミリオったらそんな言い方をしたら失礼よ」
「寿命が長いから、王位の継承は継承権第1位の者が25歳になったらすることになっているのは知っているだろう?アリーチェ王女殿下はもう20歳だ。王位に就く前に婚姻を結びたいと考えているらしい。王家の結婚式は盛大だからな、準備にも時間がかかるし、結婚相手は教育も受けなくてはならないしな。だから直ぐにでも婚約を、との話だ」
「ちょっと待ってください!私……私はエドワード王子殿下が好きなんです!レオンお兄様がアリーチェ王女殿下と結婚することになったら、私は…私はどうしたら良いのですか?諦めなくてはいけなくなりますか?」
「えええっ!そうなの、カリナ!?」
慌てた様子でソファから立ち上がったカリナの突然の告白に驚く。そんなこと、今まで一度も言ったことがなかったのに。
「えっ…レオン、お前気付かなかったのか?」
「鈍感なレオンお兄様ですからね」
「そうね、レオンだものね」
「そうだ、レオンだからな」
この家族は揃いも揃って俺を馬鹿にしやがる。
「そうねぇ。いくらうちが始まりの魔女の家系とは言っても、レオンもカリナも揃って王家と婚姻を結ぶとなると、反対する人もいるでしょうねぇ」
「嫌です!諦めるなんて、私は嫌です!」
「レオンはどうするんだ?例のご令嬢を諦めることになるぞ?」
兄が突然俺に話を振る。
「例のご令嬢ってなあに?」
「レオンお兄様は、ソフィア様の直系のリーズ公爵家ご令嬢の、フレイヤ様のことがお好きなんです」
ここでも堂々と妹はバラすのか。
「そうなの!?いつの間に!ついこの間まで何にも無かったのに!ちょっとー!知りたい知りたい!」
「レオン、そうなのか?」
興奮した様子の母と、父からは伺うような視線を向けられ、深呼吸をする。
俺は……
妹にヘタレと言われたその通りで、突然間近に来た彼女の顔に引き寄せられるようにキスをしてしまい、自分の行動に気付くのと同時に恥ずかしさに動揺し、その場から去ってしまった。
彼女に何も伝えられていない。
嫌われたかもしれない。
呆れられたかもしれない。
想いを伝えたところで断られるかもしれない。
それでも俺は……
「はい。フレイヤ嬢を諦めることは出来ません。本来であれば有り難く受けるべき話なのでしょうが、私はお受けできかねます。家にご迷惑が掛かることは重々承知しておりますが、私は──」
「よく言ったわ、レオン!!!それでこそアナベルの家系ね!」
は?
「うちは愛第一主義!レオンがちゃんと恋をしたのなら政略結婚なんてしなくていいわ!」
え?
普通…こういう時って、親が子どもに「頼む、政略結婚してくれ」とか言って話を進められるものなんじゃ……
「じゃあ、私もエドワード殿下を諦めなくても良いのですか!?」
「ええ、もちろんよ!でもカリナがちゃんと殿下を落としなさいね」
「はい!」
「ちょ…ちょっと!えっ、陛下からアリーチェ王女殿下との婚約話を直接受けたのでは無いのですか?そんな簡単に断れるのですか?」
「ん──分からないけど、私、政略結婚嫌いなの」
さすが母だ……。アナベル様の直系だからな……。
「一応陛下には、レオン自身の気持ちを優先させていただきたいとは伝えてある」
「そうですか……父さん、ありがとうございます」
「でも、アリーチェ王女殿下はレオンのこと気に入ってるみたいだけどね」
アカデミー入学前はエドワード殿下の友人としてよく王宮に出向いていた為、アリーチェ王女殿下とも顔を合わせる機会は多かったが、最近は滅多に会うことが無かった。この間の花祭りでもローラ王女殿下とはお会いしたが、アリーチェ王女殿下とはお会いにならなかったし。そんな気に入って頂く様なことは無いと思うのだが……。
「まあ、とりあえずこの婚約話は断っておくわね。それより、レオンの恋の話を聞かせなさいよ!」
婚約話は母の中では済んだようで、その後根掘り葉掘り聞かれた。俺が口を開かなくてもカリナが全てを話してしまう。
そしてカリナ同様、「このヘタレ息子!」と喝を入れられたのだった。




