16.自覚
「レオンお兄様、フレイヤ様との魔法レッスンは順調なんですか?」
「ん?ああ、まあ」
今日は休日なので、朝食の後に庭で打ち込みをしていたら、妹が番犬のフリードを連れてやって来た。
また邪魔しに来たのか、何処かに強制連行されるのか、はたまた犬の散歩に付き合えなのか、ちょっと身構えてしまうのは仕方がないだろう。
「その打ち込み台、だいぶボロボロになってますわね」
「……まあね」
かなり強く打ち続けている自覚はある。
バシッバシッ……
ダンッダンッ……
木剣で打つ度に、打ち込み台が振動する。布が薄汚れ破れているところもあり、覆われている筈の木材が見えている。布を縛り付けている紐も切れそうだ。
「その打ち込み台、新しくしたばかりじゃありませんでした?」
「……そうだったかな」
バンッバンッ……
ビシッビシッ……
妹は近くに置いてある椅子に腰掛け、フリードの背を撫でてやっている。白くふさふさの毛並みを整えるように撫でられて、フリードは嬉しいのか尻尾をパタパタとさせ、大人しく座っている。大型犬なので、腰掛けている妹とさほど大きさが変わらないくらいの存在感だ。
そして我が家の番犬らしく、キリッとした顔立ちの美形犬。犬に美形も何も無いだろうと思うのだが、本当に整った顔立ちに美しい毛並みと体躯なのだ。
「まだ終わりませんの?」
「……ああ」
バシッバシッ……
ダンッダンッ……
「いつもより長いという自覚はありまして?」
「………」
バンッバンッ……
ビシッビシッ……
「邪念を振り払うような荒々しい打ち込みですわね」
ピタッと手が止まる。
「……何が言いたい?」
「邪念がなんなのか、自覚はありまして?」
「………」
分かっている。
おかしい自分に対しての戸惑いと苛立ち。
自分がおかしいと思った原因は……フレイヤ嬢だ。
彼女の笑顔を見ると、胸がいっぱいになる。
ふとしたときに、彼女のあのぷるりとした唇を思い出す。
猪とダチョウに追い掛けられ、浮遊して木に避難する為に抱き上げたときに、俺の首にしがみついた彼女の細い腕も、俺の顔の直ぐ近くにあった彼女の顔も、俺の首筋にあたった荒い呼吸の生暖かな吐息も。
それらを思い出しては頭や体が熱くなる。
彼女との楽しく面白い会話も思い出す。賑やかなのに煩く感じない、心地よい会話。あっという間に過ぎてしまう時間。そして、また会えるのを楽しみに待ち遠しく思うのだ。
おかしい。
こんなのは、俺じゃない。
木剣を両手で握りしめ構えたまま、考え込んでいた。
「手が止まりましたわね。邪念がなんなのか、分かりました?」
原因は……
「……彼女だ」
「好きなのでしょう?」
「は?」
「やっぱり自覚ありませんでしたわね」
「なっ…えっ…ええっ……?」
明らかに動揺している声を出してしまっている。
「恋愛に疎すぎます」
「……好き?」
「そうでしょう?」
「俺が?」
「ええ」
「彼女を?」
「そうですわ」
「えええっ!」
思わず手から木剣を落としてしまい、カランカランと音を鳴らす。
「そろそろ自覚しましょうよ」
妹が盛大な溜め息を吐く。
(好きって……俺が、彼女を?)
俺がおかしいと思っている、彼女に対してのこの感情は、好きというものなのか?
俺には想い人なんて出来ないと思っていた。
結婚なんてしなくていい。ずっと1人でいいと思っていた。
アカデミーを卒業したら騎士団に入って、給料と報奨金を自分の為だけに使って、自由気ままな独身生活を送ろうと思っていた。
なのに、俺が、彼女を、好き?
…………
落としてしまった木剣を再び拾い、打ち込み台に向かって構える。
ドクドクと速いリズムで騒がしく鳴る心臓と、僅かに震える呼吸を整えるように息を吐いて、勢い良くまた打ち始めた。
めちゃくちゃな打ち込みになっているのは分かっているが、打たなきゃやってられない気分だ。
感情と衝動に任せ、ひたすら打ち込み続けた。
打ち込み台の紐はとうとう千切れてしまい、破れた布がハラリと落ちる。木材がむき出しになっても、構わず打ち続けた。
妹はそんな俺に呆れながらも、すぐそこでフリードと戯れて遊んでいた。
「あ、そうだ!明日の授業後、フレイヤ様との魔法レッスンが終わったら、本屋に連れてってくださいませんか?小説の新刊の発売日なんです!」
バシンッバシンッバシンッ!!!
「お兄様、聞いてます?」
邪念─────!!!




