1.訓練場
露出している顔の肌にピリッと刺すような冷たい空気の中、あちこちで熱気が上がる。気合いの掛け声と一緒に口から白い息が吐き出され、剣と剣がぶつかり合う音が絶え間なく響く。
ここは王宮騎士団の訓練場。
騎士団の勤務は、王族の警護、王宮や主要施設等の警備の他に隊毎に訓練日が定められている。それ以外でも何処かの隊の訓練が入っていなければ訓練場は自由に使用して良かった。
普段は訓練場が混むことはない、らしい。俺も最近まで自主練で使ったことは無かった。特殊部隊にいた頃は忙しくて訓練日すら無かった。特殊部隊はリアム隊長の捕縛後に解かれ、今は第一中隊第四小隊に配属された。第一中隊は基本王族の警護だ。その中の第四小隊は王子であるエドワード殿下の警護が主な任務になる。がしかし、警護とは名ばかりで俺は側近であり殆どが雑用係だ。先のテオドールの事件や50年前の事件の後処理を特殊部隊副隊長であったエドワード殿下が隊長代行で行わなければならず、必然的に俺も補佐をさせられているのだ。後処理は急務事案が片付き、一時期に比べれば比較的時間に余裕が持てるようになった。
そんな中今日はエドワード殿下に連れられ訓練場に自主練に来ていた。
「今日は一段と人数が多いな」
殿下が訓練場を見渡して言う。
「今日は特別警備が何も入っていないので」
今は社交シーズンで様々な貴族の館や迎賓館等で頻繁に夜会が開かれ、その警備も騎士団に依頼が来るが、今日は警備依頼が何も無かった。
「もうじきだしな、御前試合。皆気合いが入っているな」
「そうですね」
今日殿下とここに来た理由が正に御前試合に向けての訓練だ。皆と同じ。それもその筈。御前試合への出場は自由ではあるが、入賞すると賞金が出るし、評定が上がりそれに伴い階級も上がり給料も上がる。家門の評価にも繋がり、武家の家の者はかなり力が入る。
騎士団は王立アカデミーで成績が上位だった者が殆どだ。さらに御前試合に出場するような者は入団してからも個人鍛練を重ねているので、アカデミーの仮装トーナメント大会で優勝しているとしてもそう容易くはいかないだろう。猛者達が訓練とはいえ剣を交わり合う様はアカデミーで見てきたものとは迫力が全く違う。
「殿下!レオン!」
訓練場が空いてくるまで偵察も兼ねて皆の訓練の様子を眺めていると、気安い声に名を呼び掛けられた。
「アルロ。お前も御前試合に向けて訓練か?」
「ええ、入賞を狙っていますから」
アルロがはっきりと目標を定めているのが意外だった。アカデミーの頃は殿下や俺には勝てないとどこかで諦めている節があったから。
「賞金狙いか?それとも昇級狙いか?」
「敢えて言うなら昇級ですかね」
「家門の為か?」
アルロはツィードデイル侯爵家の次男だ。歴史もあり過去王族に嫁ぎ王妃になった者もいる名家。侯爵家の爵位は嫡男が継承するが、アルロは現当主が保有している伯爵位を近々継承すると聞いていた。
「アリーチェ王女殿下に発破を掛けられました」
「姉上が?」
「本当は自分をレオンと同じくエドワード殿下の警護につけたいのだと。ただ、第一中隊に配属させるにはそれなりに実力が無ければ他の隊員に示しがつかないので、やっかみや反感をはね除けられる実力を御前試合で示し、結果を出せと」
「なる程ね」
アリーチェ殿下らしい。アルロは決して弱くはない。仮装トーナメント大会でも準決勝まで行ったし、殿下や俺といった始まりの魔女の直系子孫の陰に隠れてしまっているだけ。
アルロも俺と同じく殿下の側近候補とされてきた。俺はアカデミーに入る前の幼少期から殿下の側にいるが、アルロはアカデミーの基礎科の入学試験での成績が良かったことから側近候補へと注目され出した。意外にもそんな大人の目論み通り、人懐っこいショーンも加わって俺達は親しくなっていった訳だが、さすがに騎士団では特別待遇となってしまう為かアルロは第二中隊に配属された。第二中隊は王宮警備がメインだ。
「殿下は演武を断ったそうですね」
「ああ。恥は若いうちにかいた方がいいだろう」
「どう言うことですか?」
「御前試合に出場しない代わりに演武をしろと言われたが、つまり王族として見苦しい成績だと醜聞になるからと気を遣われた訳だ。しかし一年目の今恥をかいておいた方が、数年後にかくよりマシだと思わないか」
「殿下らしいですね。でも強敵が増えるのは悩ましいところですよ」
「共に頑張ろう」
「ありがとうございます。レオンも出るのか?」
「ああ。俺も似たようなもんだ。アリーチェ王女殿下に出ろと言われた」
俺の場合は「面白いから」だったけど。
新入団の隊員の中で第一中隊に配属されたのは俺だけだった。第一中隊は謂わば花形。それにアナベル様の直系で仮装トーナメント大会も2年連続で優勝してきた為か、俺の実力を見たいと隊員達に思われているらしい。殿下の側近だから特別待遇されたとか、公爵家への配慮による優遇だとか、そういったやっかみもある。そしてそんな俺を打ち負かして名声を得たいとか。アリーチェ殿下はそんな隊員を退けさせる俺の姿か、反対に打ち負かされる俺の姿、どちらでも面白そうだから、だと。
「2人とは当たりたくないな~。あぁ、そろそろ行かなければ。今日はこれから泊まりの勤務なので失礼します」
「ああ」
アルロが頭を下げてから去る。普段はもっと砕けているが、ここは騎士団の訓練場で多くの先輩の目もあるからか礼儀を正した振る舞いだった。
「姉上に踊らされてるな」
「俺もそう思います」
アルロに発破をかけて、俺にも「面白いから」と言って、殿下には演武の話を持ち掛けて。殿下に演武をしろと言えば反抗して試合に出場するのを見越していたことだろう。
アルロのように夜間勤務の前に訓練に立ち寄ったと思われる隊員達が訓練場を後にしていき、場所に空きが出てきたので準備を始めた。
試合は木剣を使用する。騎士団に入ってから真剣を帯刀している為、木剣を使用するのはアカデミー以来だった。似せて作られているとはいえ、真剣の重みとの違いやとグリップの感触は異なる。魔法で作る剣は手に馴染みやすいように自分で整えられるが、既製品となるとそうはいかない。
騎士団に入って直ぐの研修中に真剣に慣れさせる為にとにかく剣を振らされた記憶がある。それをまた木剣に戻すのだから、ちょっと面倒だ。木剣のグリップだけでも魔法で変えたい。
しかし御前試合は警備隊の者も出場出来る為、魔力が無い者もいる。公平を期す為に魔法の使用は禁止されている。間違っても命を落とすことの無いよう防御魔法だけ試合前に掛けられる。
「もう直ぐに打ち合いますか?」
「ああ」
ウォーミングアップで素振りをするかとも思ったが、折角2人で来ているのもあり打ち合いを優先したいようだ。
2人向き合って剣を構える。剣先がトンッと触れたのを合図にお互い踏み込んで打ち合う。相変わらず殿下の剣は重い。殿下も特殊部隊に配属されてから忙しく、仕事も机に向かうことばかりだったのに何故か重さが変わらない。気分転換にと鍛練をしていたのかもしれない。
「動きが完全に戻ったな。意識を失っていた時に落ちていた筋力も体力もすっかり戻ったようだな」
「殿下は変わりませんね」
テオドールが広場で吹雪を起こした時に魔力を使い果たし意識を失って一週間眠り続けていた為に、筋力や体力が低下していたが、今ではもう元通りだ。
殿下は一振一振打つ度に冬の長袖の服を着ていても分かる程に筋肉が浮き上がる。この人は俺の見ていないところでどんな鍛練をしているんだか。俺では押しきるのは不可能に思えた。
騎士団の隊員は俺よりもガタイが良い人が多い。殿下も凄い体だが、殿下並みやそれ以上も結構いる。速さは自分の強みだとは思うが、殿下の側に立つ者として比較され軟弱そうに見られても嫌だ。俺ももう少し体を作ろうか。
殿下とはもう何度も何度も手合せしてきているので、打ち合いはそうそう終わらない。かなり長くガンガンガンと木剣同士がぶつかり合う音が辺りに響いていた。
互いの木剣の束近くで止めた時に殿下が顔を近づけてきた。
「見られてるな」
「……そうですね」
殿下も俺も今この訓練場に現れたということで、御前試合に参加すると皆に知れたことだろう。試合で当たり勝てれば名が上がる。実力がどんなものか興味本位の者もいれば、偵察の為見ている者もいることだろうな。俺もさっき訓練場が空くまで偵察していたのだからお互い様だ。
「特別サービスでお前のスピードを見せてやろうか」
「楽しむの止めてくれません!?」
殿下の打つスピードが速くなった。
(この重さでこの速さは手に響くんだけどっ!)
しかも振りも大きくなった。間合いを空けて足を使えということか。仕方なくスピードを上げる。まだ木剣の重さの感覚が完全に戻っておらず剣の振りの違和感が拭えていない俺に、殿下は気がついているのだろう。スピード重視の為か木剣のぶつかり合う音がカンカンカンと少し軽い音に変わった。
寒い冬なのに汗が額から流れ首を伝う。
こんな半端な仕上がりを見られているのかと思うと、ベルック公爵家の不面目かもしれない。しかし考えようによっては試合当日まで舐めてもらえるとも言える。
殿下の剣捌きが少し変わった。そろそろこの不本意なデモンストレーションを終わらせようとしているのだろう。間合いへ大きく踏み込み突きを交えてきた。突きを避けるために後ろへ下がり、屋外にある訓練場の広い競技場の縁を踏んだところで大振りされ、大きく場外へと飛び退いた。
「参りました」
「……まぁな」
俺がわざと下がったのに気がついていての言葉のようだ。
「打ち込みの練習に切り替えますか?」
「打ち合いたいのが本音だが……」
こうも周りから見られていては居心地が悪くやりにくい。見られることはどうも慣れない。殿下は普段気にならないのだろうが、ここで無遠慮に実力を測られている視線は気になるようだ。
「お二人、なかなか良い打ち合いを見させて頂きました」
視線は多く感じていたが声を掛けてきたのはアルロだけだったので少し驚き振り返る。
「アーチー中隊長」
アーチー・ポスティウェル第一中隊隊長。俺の上司になる。しかし直属の上司は小隊長なので中隊長であるアーチー中隊長とは殆ど関わりがない。今の所属に配属になった際に挨拶に行って多少会話を交わしたくらいだ。
「エドワード王子殿下にご挨拶申し上げます」
「そんなに畏まらなくて良い。ここ騎士団ではアーチー中隊長の方が上だしな」
「ありがとうございます。流しているような打ち合いでしたがやはり剣筋が良い。ベルック公爵子息の力をもう少し見られたら良かったとは思いますが」
嫌みに聞こえてしまうのは俺の自信の無さからか。
アーチー中隊長は殿下よりも体が大きい。女性から人気のある顔立ちにこの体躯で、一際存在感がある。そして相手を威圧するオーラ。
そのオーラも実績があるからこそ相手が勝手に感じてしまうものだ。アーチー中隊長が騎士団に入団してから4年連続で御前試合で優勝をしており、その実力から2年前より第一中隊隊長に任命され、かつてないスピード出世だった。
1年前のリーズ公爵領でのお披露目の際にオリバーが話していた仮装トーナメント大会で勝てなかった相手がこのアーチー中隊長だ。勿論アーチー中隊長はアカデミー時代、仮装トーナメント大会で3年連続優勝している。
「アーチー中隊長も訓練に?」
「いいえ。訓練場の様子を見に来ただけです」
「そうか、それは残念。アーチー中隊長の剣を見たかった」
「そう言って頂けて大変光栄に思います。是非またの機会に」
俺も見てみたかった。騎士団No.1の実力がどんなものなのか。圧倒的な強さで毎年決勝も危なげなく勝っていると聞く。
俺がこう好奇心を持って見たいと思うのと同じように、俺も周囲から思われているのだろうな。
御前試合まで1ヶ月足らず。まずは全力を出せるように整えなければと思う。




