37.円満
忙しさも落ち着き、今日の勤務は昼過ぎまでと決まっていたので、予めリーズ公爵邸に寄る旨を伝えていた。
途中、花屋で一際黄色が鮮やかで目を引いたユリオプスデージーを購入した。花屋の年配の女店主に俺はすっかり顔を覚えられ、俺が何も言わずとも「今日の花にはブルーのリボンの方が良さそうだね」と言ってリボンを掛けてくれた。見たことはなくともフレイヤの瞳の色まで覚えてくれているのだ。さすが商売人。
小さな花束を抱えリーズ公爵邸に到着する。
しかし出迎えてくれたのは執事や使用人だけだった。
「寝てる?」
「いつの間にか眠ってしまわれて。準備致しますので少しお時間を……」
「いや。そのまま寝かしてやってくれ。起きるまで待つよ」
「リビングで寝てしまわれましたので、お待ち頂く応接室を準備します」
「そうか。では俺が彼女を寝室まで運ぶよ」
リビングに入ると、彼女の元へと戻ったサフランイエロー色のショールを肩に掛けたままソファに横になり、ぐっすり眠るフレイヤがいた。疲れが出ているのかもしれない。ここは彼女にとって安心出来る場所だという証だろう。
何か本を読んでいたようで、開きっぱなしになって力無い手で押さえられている。
本とショールは侍女が持ち、彼女を横抱きで持ち上げ寝室まで運ぶ。寝台に寝かしても起きる気配はなく可愛い寝顔のままだ。
侍女が持ってきた本をサイドテーブルに置く。そのサイドテーブルの上には騎士団の入団式で一緒に撮った写真が飾られている。俺の部屋にあるのと同じ写真だ。
写真を見た後本に目を移し、よく見ればアカデミーの魔法科のテキストだった。興味深く手に取りパラパラと見てみる。
「ここで本を読んで待っているよ」
俺が持ってきた花を花瓶に入れて戻ってきた侍女にそう伝えた。
「お嬢様に手は出さないでくださいませ」
はっきり言われた。彼女はもしや舞踏会の時のドレスを選んだ侍女だろうか。
「……君もここで監視するか?」
「いいえ。でも何かあれば奥様にお伝えします」
旦那様ではなく奥様なんだ。
「……分かった」
「では、失礼します」
俺は信用が無いらしい。まあ、あれだけ体の際どいところにも痕をつけてしまったからな。
◇◇◇
子守唄のような滑らかな発音が聞こえてくる。
これは魔法の呪文だろう。
そして優しくて大好きな声。出会った頃より少し低くなっただろうか。
レオン様の声が耳に届く不思議さに、頭が少しずつ冴えてくる。
目を開けるとぼんやりと人影があった。瞬きを数度して見えてきたのは、本を手に魔法の呪文を唱え魔法を操っている長い黒髪の彼。夕日の逆光のせいか見えづらいけれど、今日も美しい彼だ。
「……レオン様?」
「ああ、起きたか」
優しい微笑みを見せてくださる。けれど……
「私……寝てしまったのですか。すみません……」
ここ最近、寝る時間を削って勉強をしていたのでついつい寝てしまったようだ。失態だ。
「君の可愛い寝顔が見れたのだから、寧ろ得した」
私が寝顔を見られるのを嫌なのを知っててそんなことを言う。意地悪だ。
レオン様は手にしていた本を閉じてサイドテーブルに置くと、寝台に腰掛け私の頭を優しく撫でてくださる。
「起こしてくださったら良かったのに」
「疲れていたのだろう?君が安心出来る場所に戻ってきてくれた証拠だ」
そして今度は体を起こしながら言う私の頬を撫でる。
「髪はぐちゃぐちゃだし、服もしわくちゃ……」
乙女心をもう少し分かって欲しいのに。
「そんな君の姿を見られるのも俺が特別だからだと思える」
優しいキスをされる。
次第に抱き寄せられ何度もキスが繰り返される。
寝起きでこれはなかなか頭が追い付かない。ボーっとしてしまう。
「……侍女に君に手を出すなと言われたが、止まれそうもない」
イネスだろう。
私の背や腰を撫でるレオン様の手つきが怪しい。
そうだ、ここは私の部屋、寝台の上。
……不味くないかしら?
「レオン様、まっ……」
口はキスで塞がれ何も言えない。レオン様の体を押す手は握り込まれ、寝台に倒されると縫い止められてしまった。私の抵抗なんて簡単に押さえられてしまう。
イネス……
貴女は何故部屋に居座らなかったのでしょう。本気で手を出すなとは思っていないのだろうか。寧ろ手を出せと挑発したのだろうか。
レオン様のキスは唇を離れ、様々なところの快感を拾ってゆく。本気で抵抗出来ない私も、この方を心から求めてしまっているのだろう────
バァン!
「あら、2人仲良しね」
ピタリと2人して止まる。
突然部屋に入ってきたこの声は……
「お……お母様……!?」
「エミリー様……!?」
私にのし掛かっていたレオン様が一瞬にして体を起こす。その素早さたるや……。そして私が起き上がるのに手を貸してくださる。
「今日は……お、お早いお帰りですね」
恐る恐る訪ねてみると、あの笑顔が返ってくる。あの……怖い笑顔が。
「今日はレオンが来るって聞いていたから早く帰ってきたのよ」
……監視目的でしょうか。
イネスだ。絶対イネスだ。お母様が帰ってくるのを知っていて部屋から出ていったのかもしれない。
お灸を据える目的でわざとお母様に見せようと画策したのかもしれない。彼女ならあり得る……。
「フレイヤ。貴女、この間のアカデミーの試験、散々な成績だったわよね。色々とあったから勉強する余裕が余り無かったとは言え、さすがに酷いわ。今日はちゃんと勉強していたのかしら?」
「……勉強していたら眠ってしまいました」
「そのままでは卒業出来ないわよ。もし卒業出来なかったら、結婚は一年延期になるわね」
「「延期!?」」
レオン様と2人、見事に声が揃った。
「仕方ないわよね。そんなことばかりしていたら勉強どころじゃなくなって卒業出来なくなるでしょうね。何を一番に優先すべきか考えて行動して欲しいものね」
「……申し訳ありません!」
レオン様は寝台の横に立ち、綺麗な角度で頭を下げて謝罪している。正に上官に対する態度と同等だ。
「申し訳ありません」
私も見習って寝台に正座して謝る。
「さて、レオン」
「はい!」
「貴方、字が上手よね。フレイヤに贈ってくれるカードの字が綺麗だもの。色々慌ただしかったから結婚式に招待する方への招待状の準備がまだなのよ。今日これから手伝って頂けるかしら?」
「はい!」
その為に早く帰ってきたのか。
それにしてもこのレオン様の従順な感じは……
「それからフレイヤ」
「はっ、はいっ!」
思わず背筋が伸びる。
「貴女は追試を受けなければならない科目があるのだから、勉強をしなさいね」
「はい……」
満足そうにニッコリ笑うお母様が、……怖い。
リビングでお母様の監視の下、レオン様は招待状の宛名書きを、私は追試験の勉強をした。
お母様が「マデリンから預かっている招待リストを持ってくるから待ってて」とリビングを出た隙にこっそりレオン様に聞いてみた。
「いつからお母様はレオン様の呼び方が変わったのですか?」
「……転移魔法を教えて貰ってからだ」
成る程……完全なる師弟関係になったと言うことだろう。「厳しかった……」とポツリ。
この星で一番強いのはお母様だと、私は思う。
マデリン様やカリナ様にも逆らえないけれど、私とレオン様が一番敵わないのはお母様だ。それはきっと結婚をしても、何年経っても変わらないのだろうな。
お父様がおばあ様達に敵わないのと一緒だ。
2人で顔を見合わせて、くすりと笑う。
外は薄暮。
既に綺麗な月が上り始めていた。
END
これで第4部が完結となります。
第1部からトータル100話を越え、驚きもありつつ、それでも最後までお読みくださった皆様には感謝です。ありがとうございます。
結婚まで書きたいなぁと思いながらも全然纏まらず、気持ちのみです。すみません。
頭の中で動き出したらまた書きたいと思います。
知香




