35.過去の真実
一人の男が花束を持って墓地を進む。
冬の墓地はひんやりと冷たい風が通り抜け、常に悲しみに包まれているようだ。でも寒さのお陰で切り花の花持ちは良く、供えられた花達だけが華やかさを競い合っている。
持ってきた花を供え、祈りを捧げる。何を願っているのだろうか。長い時間そうしていた。死者と会話でもしているのだろうか。伝えたいことでも溜まっていたのだろうか。
祈りを終えて立ち上がり歩き出したところで声を掛ける。
「第一王子の婚約者の恋人は、貴方だったのですね」
声に気がつき視線を向けてくる顔は、不思議とあまり驚いていないようだ。いつか知れる日が来ると覚悟をしていたのだろうか。
「レオンか……殿下も……」
アリーチェ殿下とエドワード殿下もスッと姿を現す。
「リアム隊長」
「……気配に気がつかなかったな。さすが」
「貴方に悟られないよう、他の者は連れてきませんでした」
本来なら殿下の護衛やリアム隊長を捕える為の騎士団の隊員を連れてくるべきだったが、悟られないように連れてこなかった。それに、秘匿の案件でもある。
「その墓は、第一王子の婚約者と、彼女のお腹の中にいた貴方の子どもの墓ですね」
少しの間、静寂が訪れる。次第に風が吹き始め、落ち葉が足元でコロコロと転がり出す。
「……ああ、そうだ。いつ俺が恋人だと分かった?」
暫く逡巡していたようだが、認める言葉が返ってきた。
「舞踏会で毒を盛られた時、カリナは細心の注意を払い、エドワード殿下の手を取る以外に触れたものも口にしたものも何も無かった。出来るとしたら空気に混ぜるくらい。それならば毒が微量であったのにも頷けます。微量しか摂取させられなかったのではないかと。そして空気に混ぜ特定の者だけに盛るのであれば魔法を使うしかない。あの会場は制限魔法を掛けていました。魔法が使えたのは王族と騎士団の上官の一部だけ。それと俺も許可されていました。あの場で魔法探知をしましたが、感じれた魔力は貴方のだけでした」
「それだけでは俺が毒を盛った犯人とは言えないのではないか?」
「あの時、会場から出たのは毒を盛られた魔女達とその護衛と騎士団の者だけで、それ以外は会場から出ないよう警備責任者が指揮を執りました。そして俺の友人に直ぐに探るよう依頼をしたので、テオドールらしき人物を見掛けていないかアカデミーの学生に聞き込みをしてくれたが、誰も見ていないと答えたそうです。制限魔法があるので変装は出来ない。つまり、こちらが把握出来ていない協力者がいるのではないかと。その者を庇ってかテオドールは一切の供述を拒んでいるのではないかと思い、マトフェイに赴いた時にタウンゼン侯爵息女の話に出てきた一人の男のことを思い出したのです。ラファエロ第二王子が大陸から時々連れて来る者がとても剣が達者で、その者が衛兵達に剣や護身術等を教えてくれていたと。湖城で捕えた衛兵達から聞き出した話では、その者は焦げ茶色の髪をしていてリーと名乗っていたが、ラファエロ第二王子から時々リアムと呼ばれていたと」
「リーズ公爵に依頼してカメラを借り、リアムを写した写真を衛兵達に見せ、リーがリアムであると確認済みよ」
「アリーチェ王女殿下はいつの間に写真を撮られたのですか。気がつきませんでしたね」
リアム隊長はうっすら笑っている。
「貴方は第一王子の婚約者とアカデミーの同期であると調べがついています。また、騎士団に入団して直ぐ、第一王子の護衛に配属されています。第一王子と婚約者の服毒事件について、貴方は何かご存知なのではないですか?それに、特殊部隊に所属していた貴方なら捜査情報が全て入ってくる筈ですから、その婚約者の恋人について証言をとる予定だった令嬢を聴取前に殺害するのも可能でしょう」
「どうかしら?貴方が知っていることを全て話してはくださらないかしら?」
リアム隊長はふうっと息を吐く。
問い詰められている筈なのに、どこか余裕があり堂々としているように見えるのは、長く騎士団の上官として仕えてきたからだろうか。
「……興味本位で探るのは、良くない。ラファエロ様が口を閉ざしたのには理由があるからだ」
「興味本位ではないわ。たとえそれが残酷な事実だとしても、王家の者として受け止め、二度と繰り返さぬよう対策を講じるのが、支えてくれている貴族市民への礼儀かと私は思っているわ」
リアム隊長はアリーチェ殿下の言葉に「そうですか」と小さく応えると、一度目を伏せてから真っ直ぐに2人の殿下に向き直る。
「レオンの言う通り、私はアカデミーの学生の頃、第一王子の婚約者である公爵令嬢と恋人でした。しかし、たかだか伯爵家の跡取りでしかない私を、野心家の公爵には認めては貰えず、直ぐに第一王子との婚約を決めてしまいました」
「2人の関係はそこで終わらなかったのね」
「……私は終わらせたつもりでした。何しろ相手は第一王子ですから、奪い合うのも甚だしい。それ以降アカデミーでは殆ど会うこともなく卒業したのですが、私が第一王子の護衛に配属となり、再び顔を合わすようになりました。そしてある日、彼女が私の元を訪れ、一夜を共にして欲しいと懇願されました。最初は断っていたのに結局絆され一夜だけ関係を持ちました」
「それで身籠ったと?」
「私には知らされませんでした。彼女は一人で思い悩み、このままで良い筈が無いと公爵に正直に話したのですが、公爵はそのまま嫁げと言ったそうです。王妃になることを拒むのは許さないと。式は1ヶ月後だからバレないだろうと……。それによって彼女はさらに思い悩み、追い詰められていったのですが、彼女のおかしな様子も周囲はマリッジブルーだと思い込んでいたのです。だが、第一王子の母親である当時の国王陛下は彼女の様子を心配し、“心が落ち着く紅茶”をプレゼントしたそうです。そして彼女はそんな優しい陛下に対し裏切る行為をし、これからも騙し続けることは出来ないと、第一王子に全てを話す決意をしたのです。『陛下からプレゼントされた紅茶を一緒に飲みませんか』と言って……」
話を聞き、アリーチェ殿下もエドワード殿下も俺も、皆ではっとする。
「まさか……その紅茶に毒が?」
「私はその日も第一王子の護衛として勤務していました。夕方頃第一王子の執務後に2人は2人っきりになりました。2人が部屋から出てくることは無く、夜が更けても侍従も護衛も立ち入ることを躊躇っているところに国王陛下が現れ、扉を開け中に入ると、2人が亡くなっていたのです。椅子から崩れ落ちながらも、第一王子は必死に手を伸ばし婚約者の手を握っていたのです。第一王子は……公爵の圧しによって成立した婚約であっても、婚約者のことを愛していたのでしょう。第一王子がどこまで彼女から話を聞けていたかは分かりませんが……」
第一王子は、別の男を愛し関係を持ってしまったと知っても、気持ちが変わらなかったのだろうか。その男が自分の護衛であるとも打ち明けられていたのかどうか。
それとも何も聞くこと無く毒を口にしてしまったのか。
真実は分からないが、手を握っていたのなら死ぬ間際まで婚約者を愛しその身を案じたことだろう。
「誰が毒を混入したの?貴方ではないのね?」
「ラファエロ様が事件を解明する為に特殊部隊を結成し、私も第一王子の護衛をしていたこともあり配属されました。私は彼女から子どもが出来たことを聞いていなかったので、捜査段階でお腹に子がいると聞かされた時は驚きました。もしかして私の子なのか、それとも第一王子の子なのか、または別の者とも関係があったのか……いつか自分にも捜査の網がかかるだろうと覚悟をしながら、しかし自分からは言い出せなかった。そんな時、突然公爵から呼び出されました。そして、『お腹の子はお前の子だ』と言われたのです。それだけでなく、『それが公になれば私もお前も終わりだ。証言をしようとした令嬢は始末した。2人を殺した紅茶は陛下が用意したものだ。お前も口を閉ざせ』と……。直ぐにその令嬢の遺体が発見され、もう私はどうしたら良いか分からなくなってしまいました」
「それは、つまり……」
「国王陛下が毒入りの紅茶を渡したのです。魔法が安定して使えなくなった彼女を不信に思い、子が出来たことを悟った陛下が王家を守ろうとし全てを消し去るために。しかし、彼女がそれを第一王子と一緒に飲むとまでは陛下も予想出来ず、2人とお腹の子の命を奪ってしまったのです。あの事件の夜、共に部屋に入って2人が亡くなっているのを見た時、陛下の取り乱しようは凄かった。その時は第一王子と婚約者を亡くした悲しみからきていると思っていたが、『何で……何で……』と壊れたように叫びを繰り返すばかりで、婚約者だけのつもりが第一王子までも殺してしまった現実を受け止められなかったのでしょう」
「ラファエロ第二王子は、その真実を公爵から聞いてしまい、公爵を手に掛け、陛下を追求し裁きにかけることが出来ず、結局失踪の道を選んでしまったということか」
「そうです。ずっと捜査していた事件の犯人が、実の母であり国王陛下だったのです。ショックであり苦悩したことでしょう。もし陛下に裁きを下すのなら、次期国王はまだ15歳のアディール王女殿下。ラファエロ様は既に王位継承権を放棄されてしまっていたので。アディール殿下が真実を知ったら精神的ショックを受け、王として立てるとは思えなかったのかもしれません。それら全てを危惧されたのだと思います」
エドワード殿下の確認する問いにリアム隊長が肯定する。
「……陛下であった曾祖母は私が生まれるより前に亡くなっているわね。病死だったと聞いているわ」
「秘密を抱えて生きるのは精神的に辛いものです。ましてや国王陛下です。私には日々の心労は計り知れない。国王という任を終え、アディール殿下が出産をし世継ぎが生まれたことで、張り詰めていた糸が切れたように直ぐに崩御されました」
「当時を生き真実を知っている者は、貴方を除いて皆亡くなってしまったのね」
「はい」
一通り真実を話し終え、嫌に冷たい風を寒いと感じてしまった。
皆が無言になり何となく空を見上げた。今日はどんよりとした雲が多い。
フレイヤに会いたくなった。彼女の瞳に似た青色の空は雲に隠れてしまっている。
愛する人に愛を伝えることができ、愛する人からも愛を伝えて貰える俺は、この上ない幸せ者なのだろう。




