33.月夜の散歩
あれから5日が経った。
事後処理で何だかんだ忙しく、邸にも帰れていない。
テオドールへの聴取に立ち会ったが、のらりくらりと適当な会話しかせず、全体像の解明にはまだまだ時間が掛かりそうだ。
今回のテオドールの引き起こしたことだけでなく、50年前の第一王子服毒事件についても結局分からないままだった。
「そのタウンゼン侯爵息女と直接会って話をしてみたいわ」
「姉上が?島を訪問されるということですか?それともお呼びになるのですか?」
「そうねぇ……遠いのよね。レオン、転移魔法で連れてってくれない?」
「無理です。自分1人しか転移出来ません」
「あ、そう。リーズ公爵夫妻に相談してみようかしら。あ、フレイヤなら出来るかしら」
アリーチェ王女殿下に視線を投げかけられる。
「……どうでしょうか」
とりあえず彼女が誰かを連れ転移魔法をしているところは見たことがない。魔力は高いのだから訓練すれば出来るようになりそうではあるが。
「レオン」
「はい?」
アリーチェ殿下に盛大に溜め息をつかれた。
「貴方、フレイヤを避けているでしょう」
「…………」
「あの夜以来、会って話をしてないんじゃないの?」
痛いところをつかれる。
「……忙しく帰れていませんから」
「理由はそれだけじゃないだろ?前までは忙しくて会えないことにあんなにも文句を言っていたのに、今は何も言わずただ無表情にたんたんと任務をこなしてるように見えるが?」
エドワード殿下にまで言われる。
「逃げてるんでしょ?」
「……別に。何から逃げているとでも?」
「そんなの、貴方が1番分かっているでしょ?」
アリーチェ殿下は手厳しい。母並みだ。
「お前はこんな風にぎこちないまま半年後に結婚するのか?それとも、フレイヤに願い出られた通り婚約を解消するのか?」
「…………」
「情けないわね。今日は早く帰りなさい。そして、ちゃんと話をしなさい」
お節介だな……。
「これは、命令よ!?」
命令だった。
そんな命令を受けたものの、気が重くだらだらと騎士団に残ってしまった。幸いやることは山のようにあり、手持ち無沙汰にはならない。
しかしエドワード殿下に見つかり追い出された。姉弟揃ってお節介な……。
そんなことを言ってももう遅い時間だ。寝ててもおかしくはない。もうアカデミーの授業も始まっている筈だ。夜更かしはしないだろう。試験勉強をしている可能性はあるが……。
嘘はつきたくないので、一応邸には足を向けた。騎士団の馬で来たが、音を立てたくなくて途中で降りて馬を引いて歩いた。
「寝ているようだったので会わなかった」ということに出来ないだろうかと思いながら、少し遠くから邸を覗く。
照明は点いていないようだった。
ほっとしたような、でもどこかでやっぱり顔を見たかったという思いもあった。
やはり馬鹿だなと思う。
自分が嫌になる。
彼女の為には、何が1番良いのだろう。
…………
いつまでもここに突っ立っていては、ただの不審者になりかねない。
再び馬を引いて歩きだした。
このままでは良くないことは分かっているが、自分でもどうしたら良いのか分からない。こんな風に分からなくなることなんて、これまでにあっただろうか。
アリーチェ殿下の言う通り、逃げているのだろう。自分自身と向き合うことに。そして、フレイヤと────
そこでまさかの見覚えのある眩しい光が起こり、頭上に彼女が現れた。
慌てて馬を引いていた手を離し、彼女を受け止めた。
抱き締めたまま、今、ここに急に現れたことに驚いて思考が止まる。
「……何で……?」
俺に抱き着いている彼女の腕の力が強くなった気がした。
◇◇◇
少し前────
邸に戻って5日経った。アカデミーの授業再開にギリギリ間に合って、ちゃんと通っている。
いつも通りの日々に戻った。
お父様とお母様からきついけれど愛のあるお叱りを受け、深く反省をした。「相談しなさい、頼りなさい」とか、「親として寂しかった、悔しかった」とか、「私の強さを甘く見ないで」とも……。
やっぱりお母様は強くて美しくて格好良いと、改めて思った。私もこんな風な母にいつかなれるだろうか。
今日も1日が終わり、寝支度を済ませイヤリングを眺めていた。月が特別綺麗な日は、ガラスを透かして見るのが日課になってしまった。
レオン様と会えない。
忙しいからかもしれない。
けれど、何か違う気がする。
あの夜、湖城で助けてくれた時から違和感を感じていた。
力強い腕に囲われ、レオン様に苦しいくらいに片腕で強く抱き締められ目が合った時、顔は無表情なのに、アンバーの瞳はどこか悲しそうだった。
あの瞳の奥で何を思っていたのだろう。
そしてお母様に抱き締められレオン様が私から離れてから、一度も会話をしなかった。目も合わなかった。王宮を後にする時も挨拶をしなかった。姿が見えず、どこにいるのかも分からなかった。
いつも別れの挨拶の時は額にキスをしてくれて「おやすみ」と言ってくれるのに。
この5日間、手紙もお花の贈り物も無かった。
私は避けられているのだろうか。嫌われたのだろうか。
でも、私の方から去ったのだ。そうなっても仕方がないことをしたのだ。はしたなく求めておいて目の前から消えたのだから、幻滅されてもおかしくない。
それに私から婚約解消を願い出たのだから、レオン様が受け入れられても私は責められない。
けれどレオン様は転移をしてきた瞬間、『俺の婚約者に──』と言った。
だから、まだ婚約関係は続いている。お母様にも確認をして、「そんなの真に受けるわけないでしょ?」と一喝された。
それとも正式に解消をしてないだけで、レオン様は婚約を解消するつもりなのだろうか。だから会いに来てくださらないし、何も連絡が無いのだろうか。
何を思っているのかが全然分からない。
会って話をしたい。けれど、はっきりと言われることも怖い。
それでもこのままで良いとは思えないから、会いたい。
会いたいけれど、どうやって連絡を取ったら良いか分からない。
特殊部隊はこちらからお手紙を出せない。いつも来るのを待っているしかなかった。忙しいのならベルック公爵邸にお手紙を送っても見てもらえないだろう。いつも夜になるとレオン様の魔力を探るけれど、いつも王宮に魔力を感じ、帰っていないことが分かる。
本当にただ忙しいだけかもしれない。
思い過ごしかもしれない。
そう思いながら今日も魔力を探る。
…………今日は、王宮じゃない!
すぐ近く。慌てて窓に近寄って辺りを探す。
馬と一緒に歩く黒いコートの後ろ姿。
もしかして、来てくださったのだろうか。
行ってしまう。行かないで……。
ただそれだけを考えて転移魔法をした。
強い光の後、目の前にはレオン様がいた。驚いた表情をしていた。そして両腕でしっかりと抱き留めてくださった。大好きなこの腕の中。
けれど、直ぐに腕は解かれてしまった。
「どうかしたのか?勝手に邸を出てきては、また心配をかけてしまうよ」
体を離してもっともなことを言われてしまう。
「しかも……こんな薄着で。風邪を引いてしまう」
夜着のまま、何も考えずに転移してしまった。ガウンを羽織っているだけ。レオン様から離され寒さに気がつく。
抱き締めて温めてはくださらない。
以前は、「くっついていれば温かいよ」と言って後ろから抱き締めてくださったのに。手が震えていれば両手で包み込むように触れ、魔法で温めてくださったのに。
「……部屋に、戻った方が良い」
どこか突き放すような言葉に聞こえてしまう。
「……少し、お話し出来ませんか?」
「…………」
悲しくて涙が出そうだ。それを必死に耐え、冷静でいようとした。貴族令嬢としての矜持なのだろう。
真っ直ぐ見つめ、目を逸らさなかった。レオン様は諦めたように溜め息をついた。
「……少しだけだ。公爵家に心配は掛けさせられないから」
「ありがとうございます」
「ここでは周辺の邸の迷惑になる。移動しよう」
そう言ってさっと裸馬に跨がり、私に手を差し出し「おいで」と言う。乗馬服じゃないけれど大丈夫なのかなと思いながらも手を取ると、力強く体を引っ張って馬の鞍に横座りさせてくださった。
落ちないように手綱を持ちながら両腕で私の体をしっかりと挟み込んで密着する。そして魔法でコートを着せてくださり、私の周りに温かい空気も纏わせてくださった。やっぱり、優しい方だ。
馬は揺れが比較的少なくゆっくりと歩いてくれた。なんて賢い馬なのだろう。
「この馬は騎士団の馬なのですか?」
「そうだ。俺の専用ではないが時々俺の相棒になってくれる。こちらの思いを感じ取ってくれる賢い馬だ」
馬の気遣いに感謝の気持ちを込めて首を撫でてあげた。すると短く嘶いた。
「君に撫でられて嬉しいみたいだな。尻尾も揺れている」
良かった。気持ちが伝わったようだ。
「……君は、やっぱり動物に好かれるな」
その声がとても優しい声音で、久しぶりに聞いた気がした。嬉しい筈なのに切なく感じて何も返答出来ない。
そう、ずっと、どこか他人行儀な会話ばかりだった。そのことを思い知ってしまった。やっぱり気のせいでも何でもなく、このずっと感じていた違和感が現実だと突き付けられた気がした。
「……俺が、あそこに居ると分かって転移してきたの?」
「……はい。レオン様の魔力を感じて、窓から覗いたら後ろ姿が見えたので……」
「魔力察知出来るようになったんだ」
「テオドールを避ける為に覚えました」
「そうか……」
会話が続かない。私が話をしたいと言ったのに、何も話せなくなってしまった。
何を話したら良いか分からなくなった。
私のこと避けてますか?
私のこと嫌いになりましたか?
婚約解消したいですか?
そんな直球な問いしか思い付かないし、そんな問いぶつけられない。
「どこに行くか……」
歩きだしたものの、行く先を決めていない。
無言になってしまった私に気を遣ってか、レオン様はポツリとそう言う。
私に問いかけたようにも聞こえるけれど、独り言のようにも聞こえる。
ただ馬に乗り、ゆっくりと月夜の下散歩を続けた。




