12.湖畔
少し時間は遡る────
「レオン、何か落としたぞ」
今日はまだ春なのに夏を感じさせる程暑い日だった。ポケットからハンカチを取り出して汗を拭いていたら、殿下に言われ、ネックレスのことを思い出した。ハンカチを取り出したときにネックレスが一緒に出てしまい、落としたようだった。
「やばっ!失くすとこだった……」
人の落とし物を拾っておいて、さらに別のところで落として失くすなんて、失礼すぎる。
慌てて落としたネックレスを拾う。
「何でそんなものを持っているんだ?女物のネックレスじゃないか」
「昨日、拾ったんです」
昨日の出来事を簡単に殿下に話す。
「なに!そんな面白い展開になっていたとは」
「面白いって……人で面白がらないでくださいよ」
「で、どうするんだ?それ」
「アカデミーに居るわけだし、何処かで会ったら渡そうかと思ったのですが、そう言えば顔が分からないんですよね……。事務室に落とし物で届けた方が良いかなと思って、あとで行くつもりでした」
「普通、落とし物に気付いたら、まずは落としたと思われる場所に探しに行くだろ?拾った場所に行ったら良いじゃないか」
「でも、顔が分からな──」
「いいからいいから、行ってこい」
やたらと行かせたがるな……。
人の言葉を遮ってまで、何か企んでいるのか?
殿下の顔がニヤリとしている。
「おぉーい、れおんー」
「今日はあちーな。風魔法起こしてくれよ」
友人達が机にダラリとしながら言ってくる。
「……人を冷房扱いするな。自分でやれ」
「氷との合わせ技のコントロールはレオンが一番上手いじゃないか」
「頼むよー」
「はいはい!お前ら、授業は終わったぞ。ダラダラしてないでさっさと帰れ。レオンはこれから用があるから引き留めるなよ」
「殿下ー!」
「そんなこと言わないでくださいよー」
ほんと、この方は俺を行かせたがるな……。
まあ、冷房扱いされるよりは良いか。
そう思って俺は湖畔へと向かうことにした。
◇◇◇
そして湖畔で馬の子がいないかと見渡してみるが、やはり周辺にはおらず、今日は諦めることにした。
湖畔に来たら昼寝だろと思ってごろんと寝っ転がったところへ、突然目を開けていられない程の光が上空で輝き出し、陰になったので目を開けると、令嬢が現れた。
驚いて思考を働かせる間も無く、寝転がっている俺の上に落ちてきたわけで……。
………
……………………………
……………………………
顔を上げて目を開けた令嬢と暫く見つめあった。
(この子……すっごい唇……!!!)
びっくりするくらいぽってりぷっくりとして艶のある唇だった。
(そして、何故鳥が頭の上に……???)
初対面の人に釘付けになるのなんて、初めてのことだった。
可愛いとか綺麗とか、親族にはそんな女性ばかりなので、可愛い顔や美しい顔には見慣れているが、こんな魅惑的な唇の持ち主は見たことがなかった。
化粧をした大人の女性の唇は艶があるが、何と言うか、作り物ではない天然物の艶やかさ。
そして、大袈裟に強調された腫れているような唇とも違う。
自然で美しく滑らかな、ピンクに近い赤い唇。
まじまじと唇を見つめてしまう。
「…………」
「…………」
お互いに無言の時間が続く。
どのくらい固まっていたか分からないが、突然彼女がハッとした。
「ごごごごっ…ごめんなさい!!!」
慌てて俺の上から飛び降りて後退った。
それに俺もハッとして、女性の唇に視線を集中させてしまっていたことに、しまったと思った。
「突然乗ったりして!いえっ!わざとじゃないんです!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
なんか、昨日もこんな感じの台詞じゃなかったかな。
「いや……えっと……、怪我は、ないですか?」
「大丈夫です!何ともありません!むしろそちらこそ怪我していませんか!?」
「大丈夫です」
「本当ですか!?無理していませんか!?」
「だ……大丈夫です」
「ほんとうに、ごめんなさいー!!」
そう言って、両手で顔を覆って俯いてしまった。手の隙間から顔が赤くなっているのが見える。
(このシルエット……見覚えが……)
そう、花祭りのときの、馬車に乗っていた令嬢もこんな感じで恥ずかしがっていた。
そしてこの声。
後ろ姿だったけれど、昨日見た栗色の髪。
賑やかな感じも。
「あの……もしかして、仮装トーナメント大会で馬に変身してた方ですか?」
「!!!、そうです!」
勢いよく顔を上げて、再び目が合う。
探るような視線を向けてくる。
「……いのしし、さん?」
「あ、そうです……」
「あの……違っていたら申し訳ないのですが……もしかして、貴方は……レオン様、ですか?」
「ええ、はい……」
「昨日はっ!ここで立ち聞きしてしまって、いえ、正確には立ってなかったんですけど!ほんとうにすみませんでした!昨日も、今日もですけど、わざとじゃないんです!」
「ああ、いや、大丈夫ですから。それより、昨日ネックレスを落としましたよね?ネックレスのチェーンが切れてましたよ」
ポケットから青い石のネックレスを取り出し、ぶら下げて前に差し出した。クルクル回る青い石が、太陽の光を反射させて、キラキラと光った。
「あ───!あった───!」
彼女はとてもほっとしたような表情を浮かべている。ずっと探していたのかもしれない。俺が持っていることで、見つけられず困っていたかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちになった。
「良かったぁ!ありがとうございます!しかもチェーンを直してくださったんですか!?本当にありがとうございます!」
ネックレスを受け取って、チェーンを確認した後にふにゃりと笑った顔に、胸がいっぱいになる。
(なんだ……この感じ……)
「ネックレスを探して転移魔法をしたんです。失敗するかもと思ってたんですけど、ちゃんとネックレスのところに転移出来ました!あっ!でも上に落ちて乗ってしまって、本当にすみませんでした!」
「転移魔法!?凄いですね」
「いつもは高等魔法なんて出来ないんですけど、何故か今日は出来たんです」
「転移魔法が出来るなんて、本当に魔力が高いのですね」
「!!!、覚えていてくださって、ありがとうございます!」
インパクトが凄かったからな。お陰で会話内容は覚えている。
魔法レッスン場の爆発音とか、ケンタウロスのような馬とか、竜巻とか、花の馬車とか……。
そして、今も……
「ちなみに、その頭の上の、鳥は……?」
「えっ!あっ!忘れてた!一緒に転移してこれたのね」
彼女は見えない頭の上を探って、鳥を探す。青い鳥はパタパタと羽を羽ばたかせて、今度は彼女の肩に止まった。
「えっと……ともだち……です」
「友達?」
「小さい頃、家に引きこもっていたので友達がいなくて、この子達が友達だったんです」
「そういうことか」
そう言えば、魔力暴走を起こしてしまう為に、家に引きこもっていたと言っていたなと思い出した。
青い鳥を見つめると、鳥が首をコテンとさせた後、パタパタと俺のところに飛んできた。手を出したら人差し指に止まった。
「君も一緒に転移してきたんだね。羨ましいな。転移魔法はしたことがないから、見てみたいな」
「……魔法書を置いてきてしまったので、呪文が分かりません……」
「ん?てことは、転移出来ないの?ここからどうやって帰るの?」
「…………歩き、ですかね」




