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魔法の星の恋物語  作者: 知香
第4部
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29.湖城生活

大きな湖の中に立つお城。湖には時折水鳥がやってくる。のんびりとしたその風景は美しい。それに夕日や月が湖面に映る様も美しい。風の無い日は波が立たないので鏡のように全く同じものが写し出される。


旅行で訪れたならはしゃいだことだろう。


残念ながら旅行ではない。

美しいと思っても共感できる人は誰もいない。その美しさを話せる相手がいる帰る場所も、もう無い。

ここが今の私の部屋だから。


部屋と言っても牢屋のよう。お城の離れの塔に隔離され、私のお世話をしてくれる女性が1人いるくらいで、他は誰とも全然会わない。たまにテオドールがやってくるくらい。

それと、小鳥が窓辺に下り立ち、慰めるようにチチチッと鳴いて暫く側に居てくれる。


ここに着いたのが3日前。ここまでは王都から馬車で4日掛かった。ひたすらガタゴトと揺られ運ばれ、泊まった宿屋では厳重警備。逃げ出したりなんてしないのに。野宿じゃなかっただけ有難いと思うべきか。


馬車の中はたった1人。ひたすら外の景色を眺めていた。そしてお尻がいたくなった。ベルック公爵領に行った時はルイーズとイネスと一緒に楽しく会話をしていた。今思えば、エミリオ様が気を利かせて親しい女性陣だけで会話出来るようにしてくれたのだろう。普通なら侍女のイネスは別の馬車で、エミリオ様と私は同じ馬車に乗るものだ。


リーズ公爵領以外あまり出掛けたことのない私にとって、ここまでの道も見た景色も知らないものばかり。そしてこの湖城もどこにあるのかさっぱり分からない。馬車で4日掛かったのだから王都から相当遠いのだろうとしか分からない。


この3日間、ただ美しい景色を眺めるだけのやることのない日々を過ごした。私はこれからの長い一生をこんな風にして過ごすのだろうか。


隠れ家で魔法書を読み漁ることもない。

森で動物達と遊ぶこともない。

アカデミーで勉強したり友達とおしゃべりしたりもしない。

町に買い物にも出掛けない。

リーズ公爵領へも行かない。


変化の殆ど無い日々を送るのか。頭がおかしくならないだろうか。

本を読みたいと言えば用意してくれるのだろうか。お世話係の女性に聞いてみようか。もうじきお昼ご飯を運んできてくれる頃合いだと思うし、聞いてみよう。


コンコンコン、と良いタイミングでノックの音がした。


「お食事をお持ちいたしました」


「ありがとう」


「また暫くしたら下げに参ります」


「あのっ!暇潰しに何か本とかないかしら?」


「かしこまりました。後でお持ちします」


必要最低限の会話で終了し、女性は去っていった。私はそのうち会話の仕方を忘れてしまうんじゃないだろうか。言葉が出てこなくなる気がする。独り言でも常に呟いていなければ、発声すら出来なくなるのではなかろうか……。


でも食事は美味しい。湖で釣れたと思われる魚が出る。今日はパーチのフリッターだ。パーチ率は高い気がする。ふわふわの身がとても美味しい。湖の水が綺麗だからだろうか。


食事が唯一の楽しみ。

たまに肉料理の時もあるけれど。


食事を食べ終わり再びのんびりと時間を過ごしていると、ノックの音がした。

食器を下げに来たのか、または本を持ってきてくれたのかと期待して扉の方を見た。

扉を開けて入ってきたお世話係の女性は、数名の男性を従えており、男性達は本を数冊抱えていた。


「様々なジャンルの書籍を持って参りました。ご希望の物がございましたらお申し付けください」


部屋に備えられていた棚に本を並べていく。1度に30冊位持ってきてくれたようだ。


「ありがとう」


並べ終えたら直ぐに部屋を出ていった。


無駄の無い。


でもこれで少しは暇潰しになる。気も紛れる。




昼間は本をざっとどんな内容か確認する為パラパラ見た。植物の図鑑や経済学の本、旅行記、伝記、若い令嬢が好きそうな恋愛小説まで、本当に様々なジャンルがあった。

けれど結局手に取ったのは魔法書。知っている魔法ばかりが載った本だけれど、狭い部屋の中で実際に小さく魔法を出しながら読んだ。ずっと魔法を殆ど使っていなかったから、少しは放出しないとかなと何となく思ったのだ。こんなところで魔力暴走や膨張を起こしてしまってはテオドールに何を言われるか分からない。


お陰で今日はあっという間に夜になった。やることがあると嬉しい。


今日は天気も良く、夜空には月が輝いている。月が美しすぎて星が隠れてしまっている程だ。

月にレオン様から頂いたガラスのイヤリングを翳す。琥珀色と青色がキラキラと輝いている。


置き手紙にレオン様との婚約を解消して欲しいと書いたのに、私は未練がましくこれを持ってきてしまった。心の支えとして持っていたかったのだ。私はレオン様を忘れられる日がくるのだろうか。


レオン様は素敵な方でとてもおモテになる。私との婚約が解消されればすぐまた何方かと婚約されるのだろうな。私と婚約してたって令嬢から絵姿が届いているとカリナ様は仰っていたし。夜会に出て私が隣に居ようとも令嬢を伴ってアピールしてくる貴族がいたくらいだ。


私じゃない別の女性に愛を囁き、大切にされるのだ……


……はぁ。

毎夜こんなことを考えてどうするのだ。



「溜め息ついてどうしたの?」


はっとする。


「テオドール……」


どうしていつも急に目の前に現れるのだろう。しかも月を眺めていた窓の柵の上。普通に扉をノックしてきて欲しい。


「婚約者のこと考えてたの?」


「……」


「忘れられないんだね」


「……どうして、ここに?」


「どうしてって、私が君を連れてきた理由忘れた訳じゃないでしょ」


「理由……」


それは、テオドールの子どもを産むことだ。


「だから夜に来たんだけど、君は昼間の方がお好みなの?」


なんでこんなデリカシーの無い言い方をするのだろう。からかっているつもりなのだろうか。


テオドールは窓からするりと室内に入ってきた。反射的に私は後ろに下がる。


「そんなに怖がらなくても。自分で決意してついてきたんじゃないか」


「そう仕向けたんじゃないの」


テオドールが近づいてくるのに合わせて私もさらに後ろに下がる。


「まあ、そうだけど。ここまで来て拒むの?」


「……昨日まで、何も無かったのに」


狭い部屋だ。あっという間に私は壁際に追いやられてしまった。背に冷たい壁が当たる。


「君さ、頼まれたから猶予の時間あげたのに邪魔されて婚約者と出来なかったんでしょ?可愛そうかなって思って気持ちの整理ってやつ、つけられるように放っておいてあげたんだけど、暇みたいだから私の相手して貰おうかと思って」


手を伸ばしてきて頬に触れられる。


(近い……)


綺麗な顔立ちに、月明かりに照らされ輝く金髪。

一般的にはとても格好良い人なのだろう。ときめく女性も多いのだろう。

でも私には怖く思えてたまらない。


顔が近づいてきてキスをされるのかと思い、両手を胸の前で握り締め目を閉じ、顔を横に背けてしまった。


(……レオン様!)


やっぱり無理!

握り締めた両手の中にはイヤリングがある。貴方を忘れられないのに他の人となんて私には無理。手が震えてしまう。

いつか平気になるの?無理なのは今だけ?


「ふーん、そう」


テオドールはそれだけ言うと、ガシッと私の手首を握り、握り締めていた手の中からイヤリングを奪った。


「あっ……!」


「これを未練がましく持っているから忘れられないんじゃないの?」


「返してっ!」


窓辺に行くと窓から外へイヤリングを投げ捨ててしまった。


「やだっ……」


窓から身を乗り出して外を探すけれど、下は湖だ。あんな小さなもの、落ちた時の水音すら聞こえなかった。でも波紋が月明かりのお陰で見えた。


必死の思いで浮遊魔法を掛ける。でもイヤリングは浮き上がってこない。


「この湖深いからね。魔力が届かないかもね」


レオン様から頂いた大切なイヤリングなのに。


『君がこれを着けていてくれたら、会えない時でも、俺は君の側にいられる気がする』


一生会えなくても、もう私に会いたいと思われなくなっても、あの時そう言ってくれたレオン様を私は忘れたくないのだ。


レオン様の隣にいられることを失っても、イヤリングは失いたくない。唯一の支えなのだから。


衝動的に窓から体を出し、そのまま湖に向かって飛び込んだ。


「おいっ!」


テオドールの声が聞こえた気がしたけれど、私はザブンと湖に入水して潜っていく。魔力が届けば浮き上がってくるだろう。


(私の掌まで浮き上がってきて!)


泳ぎは小さい頃リーズ公爵領で少し習っただけ。泳いで潜っているというよりも、沈んでいると言った方が正しいだろう。息が苦しくなってきて魔法で空気を纏う。


冷たい。寒い。


魚に変身してみようか。少しは水の冷たさを感じないだろうか。


ひたすら潜っていくとキラリと光る物が浮いてきた。掌に吸い込まれていく。握って顔に近づけて見ると、ガラスのイヤリングだった。


(良かった……)


浮遊魔法で水上まで浮き上がる。湖から顔を出し呼吸を整える。

とりあえず塔の下の岸にあがると、濡れた体に冷たい冬の夜の空気が刺すように感じ、ガタガタと震え出す。


「馬鹿なんじゃないの?」


頭上からテオドールの声がして上を向くと、いつの間にかすぐ隣に立っていた。


「こんな真冬に湖に飛び込む令嬢なんて、聞いたこと無いよ」


一瞬にして温風が体を包み、濡れた衣服や体が乾いていく。


「風邪引くなよ」


そう言ってテオドールは去っていった。


どうやら魔法で乾かしてくれたらしい。

暫く唖然として座り込んでしまっていた。



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