27.祈り願う
事件から10年後なら、ラファエロ第二王子が忠告にやって来てブライアンが亡くなったあの時のことだろう。
「数日後彼は戻ってきたのですが、それ以来精神を病んでしまいました。私には王宮で何があったのか一切話してはくれませんでした。もともと逃亡していた頃から夜に魘されることがありましたが、それが酷くなったのです。彼のことを慕う者は徐々に増えて、島にも町が出来、人々が様々な店を出し、農業や酪農を始めるものもおり、賑わい出したのとは反対に、彼は失いたくないものが増え守るために島を小国のように統治し始め、治安維持に警備も配置するようになりました」
そして今の様な暮らしが出来上がったという訳か。
「定期的に大陸と連絡船で行き来し、情報も集めているようでした。娘を守るように城を建て、島の人々は私達を城主と呼ぶようになりました。行方をくらました人間なのに、良いのかしらとも思いましたが、この島に住む者の殆どは私達と似たような境遇で、あぶれ者の集まりですから、そんな者達が安心して身を寄せられる場所になれば良いと……そして気付けば40年近くが過ぎていました」
「ラファエロ第二王子が亡くなったのは2年前のようだな」
「ええ。死が早かったのは精神を病んでいたせいでしょうか、末期には食事をしても戻してしまうことが多くて……私は、この島を彼にとっての安息の地にしてあげられなかったのかもしれません」
ブライアンの命を奪ってしまい、その事を悔やみ病んでしまったのだろうか。しかし、妹である前国王陛下を脅しブライアンの命を奪って自身が病んでしまっても、第一王子の死の真相を明るみにしたくなかったということなのか。自分の行動が正しかったのかどうか、分からなくなり迷走してしまったのかもしれない。
ラファエロ第二王子自身が亡くなってしまっては、彼の心の真実は分からないままだ。
「話しは変わるのだが、貴女はテオドールをご存知か?」
「……ええ、勿論です。テオドールは、私の孫です。殿下はテオドールを追ってこちらへ来られたのでしょうか?」
「ああ」
「そうでしたか。テオドールが……何かしてしまったのですね。申し訳ありません」
「いや。その反応では、テオドールはここには居ないのだな?」
「はい。ラファエロ様が亡くなって直ぐ、この島の衛兵達を連れ島を出て行きました。何処に行ったのか分かりません」
テオドールはここにはいない……。
つまりフレイヤもここにはいないだろう。
思わず手を強く握り締める。
「そうか。テオドールは何故この島を出ていったのだ?」
「テオドールは、初めてこの島を出て大陸に赴いた時から広い世界への憧れを強く持つようになりました。この島の城主の子息として、私達が流れ着いてからの歴史を伝え聞かせ、ラファエロ様が知識や魔法を教えましたが、彼が王家の血を引く者であることは隠していました。しかし、大陸で平民以外にも貴族を目にする内に、彼の幅広く深い知識や高い魔法技術、言葉遣いや仕草等が普通でないことを悟り、私達の過去を知りたがりました。そして……ラファエロ様が衰弱して魔力が弱くなったのを良いことに、彼に催眠魔法を掛けて過去を聞き出してしまったのです」
「その過去とは、事件のことも?」
タウンゼン侯爵息女は悲しげな表情をして首を振る。
「私はその場に居なかった為、聞き出した内容を詳しくは知りません。それから数日の内にラファエロ様は亡くなってしまいました。テオドールは、『自身が王家の血を引くのにこの様な境遇はおかしい』と私や娘に当たり散らし、終いには衛兵達を連れ島を出ていってしまったのです。娘はその時、テオドールを押さえ付けようとして反対に魔法で顔を焼かれてしまい、酷い火傷が残ってしまいました」
実の母の顔を焼くとは、テオドールの過激さにフレイヤの身に何も無ければと憂心を抱く。今は悔しいが祈り願うしか出来ない。
ここにはいないのだ。
何処にいるんだ?手掛かりは、ここではもう掴めないのか……。
「テオドールの行き先に心当たりはないだろうか?」
「申し訳ありませんが、何も分かりません。テオドールは……テオドールは何をしでかしたのでしょうか?」
「始まりの魔女の血を引く者に毒を盛り、それでソフィア様の直系であるリーズ公爵令嬢を脅し連れ去った。彼女はそこにいる者の婚約者だ」
「リーズ公爵家のご令嬢を……!それに、毒まで……!申し訳ありません!」
「彼はベルック公爵子息だ」
「そうでしたか!ああ、そうですわね。その綺麗なアンバーの瞳はアナベル様の血を濃く受け継いでいる証ですものね」
そうだ。母は当たり前だが、兄もカリナも皆琥珀色の瞳だ。そして、目の前のタウンゼン侯爵息女も同じ琥珀色の瞳だ。
城に入ってからフードを取ったので、俺の瞳の色もよく見えたのだろう。
「貴方の大切な人を連れ去ってしまったのね……申し訳ありません。そして婚約者様の行方を探しているのですね。私ではもう…お力になれそうもありません」
謝罪をされ、こちらも何と言って良いか困り、とりあえず頭を下げる。
「貴女の息女からも話は聞けるだろうか?」
「……どうでしょうか。テオドールが出ていってしまったことと、美しかった顔を失ってしまった悲しみで長く臥せっておりまして……。聞いて参りますので、こちらでお待ち頂けますか?」
承諾するとタウンゼン侯爵息女は応接室を出ていった。
「レオン。どうだ?タウンゼン侯爵息女の話しは本当だと思うか?」
「おそらくは。おかしな素振りも声のトーンに違和感も感じられませんでした」
「そうか。だとすると、テオドールもフレイヤもここにはいないことになるな」
「……そうですね」
フレイヤのことを考えると感情を抑えられなくなる。
どんな目に遭っているか……
エミリー様はフレイヤが命を絶たれることは無いと言っていたが、テオドールの過激さを聞き、やはり不安になる。命を奪われないとしても、怪我を負わされているかもしれない。
あの夜から5日が過ぎている。
無体を働かされていないか……
テオドールが高魔力の遺伝子を求めていたのだとしたら、彼女を奪うのだろう。
こんなこと、考えたくない!
考えたくないのに……
『貴方がいいのです』
フレイヤはテオドールの子を成すことを覚悟で去ったのだ。俺の前から、婚約解消まで願い出て……
5日も過ぎているんだ。何も無いなんて可能性が、1日過ぎる度に低くなる。
あの時、手を離さなければ……何度思ったか分からない。無事を願うしか出来ないなんて───
「お待たせ致しました。娘の部屋にご案内します」
タウンゼン侯爵息女が戻ってきて、俺の思考が途切れる。また同じことを考えてしまっていた。今は調査に集中しなければ。
人のいない通路を通り、居室エリアらしき棟に入る。気温の高い島だからか、城の構造が風が抜けるように造られている様だ。
娘の部屋に通された。
ラファエロ第二王子が亡くなったのは2年前。その後直ぐにテオドールが島を出たのなら、この娘は2年前に火傷を負い、2年間も臥せっていたことになるだろう。体は痩せ細り筋力が落ちて、寝台から起き上がっているのも辛そうに見える。
「こんな姿で……申し訳ありません」
こちらを見たその顔の7割が火傷の跡だった。
「構わない。無理を言ってすまない」
殿下の素性をタウンゼン侯爵息女から聞いたのだろう。怯えた様子で視線が下がっており、タウンゼン侯爵息女に支えられている。
「テオドールの行方に心当たりはないだろうか?」
「……何も分かりません。母親でありながら、何も知らず、止めることも出来ず……申し訳ありません」
「テオドールは衛兵を連れて出ていったと聞いたが、その衛兵の人数は分かるか?」
「10人程です。この島は平和で、元々そんなに配置しておりませんでしたから。ラファエロ様が魔法を使えるものに手解きされたので、魔法技術はそこそこに高いかと思います。それにラファエロ様が大陸から時々連れて来る者がとても剣が達者で、その者が剣や護身術等を教えてくれていました」
「何故衛兵達はテオドールに付いて行ったのだ?」
「皆、ラファエロ様を慕っておりました。よく似て魔力も高いテオドールに傾倒してしまったのでしょうか」
「……テオドールには、幼い頃から年の近い者を側に置いておりました。その者はテオドールのことを深く慕っており、衛兵達のことも上手くまとめておりましたから、彼が衛兵達を促してしまったのかもしれません」
側近か……?
「その者はもしかして音楽の心得がありますか?」
「ええ。バイオリンが出来ます。彼の親が元音楽家でしたから」
おそらく侵入していた音楽家だろう。
「そうか。……その火傷だが、治癒魔法では治せぬのか?」
「この島に残っている者の殆どは魔力が低いか無いかで、高い者はテオドールが連れて行ってしまいました。私が治癒魔法をやってみたのですが、小さな火傷を治せただけで顔のこの火傷は治せませんでした」
彼女は侯爵家の者だから当然王立アカデミーで魔法を学んだことだろう。しかし治癒魔法は基本的に基礎しか習わない。魔法科でも治癒魔法の授業は選択制であり専門性が高い科目だ。適性もある。
「レオン。お前、治せるか?」
「……やってみましょうか」
火傷を負わせたのはテオドールの魔法だ。テオドールの魔力が強いなら、それを上回る魔力を込めないと治せないかもしれない。
俺が近づくとさらに緊張を増し強ばってしまった。顔に手を翳すとビクッとさせ、震え出す。俺が怖いのかもしれないが、テオドールに焼かれた記憶のせいで魔法を使われると反射的に怯えてしまうのかもしれない。
呪文を唱え魔力を流す。火傷が少しずつ薄くなる。まだ若いので皮膚の再生能力が高いのかもしれない。俺の母より少し年上なくらいだろう。ラファエロ第二王子とタウンゼン侯爵息女の娘である高魔力魔女ならまだ若い方だ。
もしくは、テオドールも母親に対して自然と魔力を抑えていたのかもしれない。俺はテオドールの吹雪を止められなかったから、火傷を治せるか自信は無かったが、すっかり肌が綺麗になった。
「凄いわ……!さすがベルック公爵子息だわ!」
「おそらくですが、テオドールも母親に対して自然と手加減をしたのでしょう。魔力がさほど強くなかったので治せました」
「……な、治った、の?」
ペタペタと顔を触って確かめているようだが、自分で見られず困惑している。
「ああ、そうね!鏡……手鏡を……!」
タウンゼン侯爵息女が慌てて立ち上がり手鏡をあちこち探す。今日ずっと貴族息女として落ち着いた態度で対応してくれていたが、やはり嬉しいのか振る舞いに気を回せないでいる様子だ。
火傷のある顔を見せないようにとの配慮なのか、部屋に鏡が見当たらずなかなか見つからなかったが、やっと手鏡を引き出しから発見して手渡してもらい、恐る恐る鏡を覗く。王族の血とアナベル様の血を受け継いだだけあり、とても綺麗な顔立ち。エドワード殿下と同じ金髪に緑の瞳。そして、テオドールに似ている。
「──!……ありがとうございます……!」
涙を拭かずに鏡を見続け、タウンゼン侯爵息女に抱き締められている。
フレイヤが火傷をした時に治せなかったのが悔しくて学んだ治癒魔法が、こんなところで役立つとは思わなかった。
君は今、何処にいるのだろうか。




