23.取引
「あ……」
突然、カリナ様が小さく呟いた。
「どうかしたか?」
隣のエドワード殿下がカリナ様に尋ねるが、少しカリナ様の様子がおかしい。俯き加減に視線が床を見ている。
「……控え室に……」
少し震えた小さな声だった。聞こえたのは私達だけだろう。
異変を察知して殿下とレオン様が直ぐ様動く。何事か一人の護衛に指示をして、護衛がスッと人混みに消えた。
「殿下、控え室に。隊長と両親に報告後私も向かいます」
「ああ。カリナ、行けるか?」
「……歩けます」
カリナ様は少し青い顔をしながらも笑顔を作り、殿下に支えられながら自身の足で歩いていく。傍目には何が起きたか分からないだろう。
「アルロ、警備責任者と指揮官に連絡を」
「ああ」
レオン様の指示で直ぐにアルロ様が行く。
「ショーン、悪いが探れるか?」
「やってみるが……また報告しよう。お前はもう行け」
「頼む」
2人の会話はよく理解出来なかったけれど、ショーン様の見たことの無い真面目な表情で、厳しい状況であることは何となく伝わってくる。
「フレイヤ」
「…はい!」
レオン様に付いて、貴族と挨拶をしているアリーチェ王女殿下の側に控えるリアム隊長のところと、お互いの両親のところへ向かった。
顔に出してはいけないのだろうと思い、なるべく不安な表情にならないよう気をつけた。しかし、心臓がドクドクと激しく鳴るのは抑えられなかった。
王族専用の控え室に向かうと、カリナ様だけでなくローラ王女殿下までもがぐったりと横になっていた。顔色が悪い。
「毒ですね。致死量では無いので、とりあえず安静に」
毒────。
医局の人かと思われる方の診断に手が震えてしまう。
「すまなかった、カリナ。側にいたのに……」
「いえ……私も、注意が足りず、申し訳ありません。……気づかれなかったでしょうか」
「ああ。頑張ってくれたな。ありがとう」
舞踏会を壊してしまわないよう、カリナ様は平静を装っていたのだろう。
ローラ王女殿下はまだ10歳だ。微量とはいえまだ未発達な体に毒は負担が大きいのか、かなり苦しそうで薬を飲ませ眠って頂くことにしたようだ。うとうととされ始めた。
レオン様がぐっと私の肩を強めに抱く。
「フレイヤは、大丈夫なのか?」
「はい……私は何とも無いです」
これはもしかして……
偶然な訳がない。カリナ様にローラ王女殿下。明らかに始まりの魔女の直系魔女だ。
そして、私は狙われなかった。
「他に参加者で体調不良を訴えているものは?」
「クランリカード侯爵令嬢とタンカーヴィル伯爵令嬢の2名の報告を受けております」
「ルイーズ……!」
まさか、ルイーズまで!ソフィア様の家系だから?
「クランリカード侯爵令嬢はカリナの友人だったな」
「はい……彼女はベルック公爵家の縁戚で、アナベル様の家系です」
エドワード殿下がカリナ様に確認している。
直系だけじゃなかった。
クランリカード侯爵令嬢はカリナ様とよく一緒にいた方だ。私も数度顔を合わせている。
どうしよう。体の震えが収まらない。
レオン様が強く抱き締めてくださるけれど、震えは収まりそうもない。
どうしよう。私のせい?
『君に拒まれるとなぁ、脅迫しないとかな』
テオドールの脅迫って、これなの?
レオン様を狙っているだけではないの?
どうしよう。
どうしよう……
もう心ここに非ずで、レオン様に付き添われ王宮を後にした。馬車の中では落ち着かせるようにずっと抱き締めてくれていた。
どうしよう。
この優しい腕を、失いたくない。
けれど……。
何も言葉に出来ず、馬車のガタガタと鳴る固い音が車内を占めていた。
「ご両親がいるから大丈夫だと思うけれど、十分に気をつけて。そして、しっかり休んでね」
邸まで送ってくださったレオン様が、別れの前にいつものように額にキスをしてくださった。
「……また、王宮に戻られるのですか?」
「そうだね」
どこか悲しげな顔。レオン様は優しい方だから、私に心配を掛けさせてしまっているとでも感じているのだろうか。
「……お気をつけくださいませ」
それを言うのが精一杯な私は、なんて弱くて役立たずな魔女だろう。魔力が高いだけで、何も出来ない。
レオン様にぎゅっと抱き締められ、耳にもキスをされた。体を離せば優しい微笑みを浮かべて、するりと頬を撫でられる。
「ありがとう」
そして邸を去っていく。
冬の冷たい夜の空気が入り込んでしまうのに、使用人達は何も言わずにいつまでも扉を開けてくれた。私がレオン様の姿を見えなくなるまで目で追えるように。
ドレスを脱いで湯を浴びて夜着を身に纏い、寝支度が整うと侍女も下がり自室に1人になる。厚手で温かいサフランイエロー色のショールを肩に掛け、バルコニーのある窓辺に立つ。
そしてさも当然のようにテオドールがスッと現れ、バルコニーの柵の上に座る。そして窓が勝手に開く。窓が空いた瞬間に外の風が1度に室内に入り込んで、カーテンを大きく揺らす。テオドールが魔法で開けたのだろう。
「どう?決めた?」
「貴方が、毒を盛ったの?」
「そうだよ。君達の命なんて、簡単に奪えるんだよ?」
わざと微量の毒にしたのだろう。私を揺さぶる為に。
王族として警備が特に厳重だった筈のローラ王女殿下。
仮装トーナメント大会の魔法戦で優勝した実力のカリナ様も。エドワード殿下がすぐ側に居て警護もしていた。
そのカリナ様のご友人の方も。まるでこちらの交友関係は全て把握していると言っているかのように狙ったのではと思ってしまう。
それに、ルイーズも。レオン様やエドワード殿下に負けず劣らずの剣術の腕を持っていて、ソフィア様の家系で魔力も高い。
気をつけていた筈の魔女も、私よりも強い筈の魔女も。私が動揺してしまうだろう魔女ばかりを狙って。
「もう……止めてください」
「じゃあ、どうすればいいか、分かるよね?」
もう、どうしようなんて言ってられないんだ。
覚悟を決めなければいけない。
次は微量の毒では済まないかもしれない。
次は私の大切な人が命を落とすかもしれない。
ブライアンおじい様のような方を出したくない。カミーユおばあ様のように悲しむ方を見たくない。
私の魔力は高いだけで何の役にも立たない。
私が出来ることは、もう、ひとつしかない。
「……お願いがあります」
◇◇◇
王宮に戻ると、舞踏会を終え帰る者達とすれ違った。何も気づいていないであろう。騒ぐ様子も戸惑う様子も何も感じられない。
カリナもローラ王女殿下も異変を悟られることが無かった。その場で倒れてしまう程の毒では無かったからだ。微量しか盛ることが出来なかったからか、何か意味があって微量にしたのか。
国王陛下の執務室の近くにある部屋に行くと、舞踏会の主催者として離れられなかった陛下とアリーチェ王女殿下も揃っていた。
カリナは医局で経過をみることになった。
ローラ王女殿下は自室で休んでおり、今は王妃殿下が側にいるということだった。
「毒の成分の解析結果が出ました。50年前の第一王子が飲んだものと同成分でした。おそらく同じものではないかと思われます」
医局から戻ったエドワード殿下の言葉だ。
淡々としているが、あれはかなり苛ついているだろう。長い付き合いだから分かる。
「50年前の事件の真相も分からない上に、今回の一連の事件の目的も不明瞭だ。ずっと避けてきたが本格的に彼の地を調査しなければならないだろうな。……リアム、マトフェイの地に特殊部隊の潜入を命じる」
「はっ!」
リアム隊長が陛下の命を受けると、俺に向き直る。
「レオン。王宮とアカデミーに潜らせている隊員と共にマトフェイへ向かえ。出発は明日。潜らせている隊員へは今日中に連絡を入れる」
「承知しました」
「……今日は、しっかり休んでおけ」
隊長として隊員に指示を出すのは、心苦しい思いもあるのだろう。危険な任務であれば尚更。




