22.舞踏会とドレス
王宮舞踏会の日がやってきた。
邸に迎えに来てくれたレオン様は、騎士の正装姿だった。今日は帯剣しなければならないから騎士団の参加者は皆正装姿らしい。
金糸の繊細な刺繍が美しい服で、剣も式典用の豪華な装飾が施された物だ。
髪もいつもは無造作に纏められているが、今日はキッチリと縛られ美しいご尊顔が露になっている。そして少しだけ垂れ下がった前髪が色気を醸し出している。
私の言いたいことはお分かりいただけるだろう。
そう。格好良い。物凄く。
信じられない位に美しい男の人。
おそらく今日この姿を見て失神する令嬢が出てもおかしくないだろう。
私もこの輝きの眩しさに、眩暈がしてしまったくらいだ。
私だけじゃない。お父様とお母様も思わず絶句して、リーズ公爵家の玄関に静寂が訪れたのだから。
◇◇◇
フレイヤとこうして社交場に出るのはいつ振りだろうか。すっかり大人の女性の体と雰囲気を纏ったドレス姿に目を奪われてしまった。
ああ、何故舞踏会になんて行かなければならないのだろう。誰にも見せずに寝室に2人で閉じ籠って、1つずつ身に付けている物を脱がしていってしまいたい……
……欲求不満か。
ご両親がいる側でこんなことを考えてしまっている俺は、なんて野蛮で最低で下劣なんだろう。
気持ちを切り替えなければ。浮かれている場合ではない。今日は1ミリも気を緩めてはいけない。何があっても彼女から離れてはいけない。
……なのに!どう頑張って決意を改めようとも、彼女の谷間が全ての思考をひっくり返してしまうのだ!
もう少し露出の少ないドレスにして欲しかった!俺がドレスを贈れば良かったのだ!余裕が無い為に準備が出来なかった!
これでは全ての男にご褒美をやっているようなものではないか!!
テオドールどころか、誰であろうと彼女に近づけさせてたまるものか!!!
◇◇◇
王宮に着いた。
隣のレオン様はどこか厳しい顔をしている。そんな表情も凛々しくて今日の格好には似合いすぎているけれど。
案の定、遠目からでもレオン様を見た令嬢の恋い焦がれたような悲鳴が聞こえたり、ふらついてしまって側にいる方に支えられている令嬢がいるのが分かる。
そして皆が遠くから見守っている。
まあね、側でこの美しさを見るのは心臓に悪いからね。私もとても凝視なんて出来ず、隣にいてもなるべく前を向いてチラ見でやり過ごしている。
不思議なのがそれが女性だけでなく男性もなのだ。全く近づいて来ない。モーセの海割りの如く進む道が割けるように勝手に空いていく。避けられている?
「レオンがいると誰にも話し掛けられずに済んで楽だなぁ」
お父様が嬉しそうに言って、お母様も「ふふ、本当ね」と嬉しそうに返している。
避けられているのは、レオン様がいるからなの?
◇◇◇
リーズ公爵家はあまり社交場に出ない。でもこの王宮舞踏会には必ず参加する。公爵家として王家に忠誠を誓っている意味も込め、王宮舞踏会だけは何があっても参加を欠かさない。
だからかリーズ公爵家に近づきたいと思っている貴族はこの機会を逃さないようにとチャンスを伺って観察してくる。
昨年もそうだった。
悪いが隙など見せてやる気は毛頭無い。全ての企みのある視線に睨みで返してやる。
フレイヤには誰一人近づけさせたりしない。
「あら。フレイヤちゃんの今日のドレスは素晴らしいわね!」
俺の策略等全く通用しない魔女もいるが……。
母だ。
「そうでしょうか……。私はちょっと恥ずかしいのですが、侍女がこれを選んで持ってきて着せられてしまいまして」
「まあ、そうなの?つまり、侍女からレオンへのメッセージかしらね」
「どういうことだ?」
何故侍女が俺へ?
「注意してるんじゃないかと思うわよ。先週貴方がつけたキスマーク、だいぶ薄くなっているとはいえまだ残っているでしょ?白粉で消しているところもあるけれど、髪で隠れるところはそのままになっているもの」
「わわわわわっ!あ、あのっ!マデリンさま!?」
物凄く動揺して辺りをキョロキョロし出すフレイヤ。
「大丈夫よ、フレイヤちゃん。ヒューゴ様はあちらで写真に興味のある紳士とお話しされているから、聞かれていないわよ」
「そ、そうですか……」
「レオン。フレイヤちゃんもヒューゴ様に見つからないように気をつけているのよ?侍女も無言のメッセージを送って来ているし、もうちょっと自制しなさいよ」
「……善処します」
「『イイエ』という意味かしら?」
「……努力します」
「仕方ないんじゃないの?襲ってくれって言ってるようなもんだろ、コレ」
兄が指差すのはフレイヤの胸の谷間。
……見るな。
「侍女はレオンの我慢強さを試しているのだろうか?」
父まで真面目な顔してフレイヤの胸の谷間を見ている。
……いや、だから見るなって。
思わずフレイヤを背に隠した。
◇◇◇
王族の皆様が入場され、舞踏会が始まる。
国王陛下と王妃殿下に続いてアリーチェ王女殿下が婚約者の方と共に入場される。アナベル様の家系なだけあり、さすがの美形振りを発揮されている。
そしてエドワード王子殿下とカリナ様が入場される。婚約してからお二人が揃って公の場に出るのは初だ。なんて麗しく素敵なカップルなのだろう。見慣れたお二人でも、今日は特に輝いて見える。カリナ様の美しさは人前に出ることで更に輝きが増すように感じる。
国王陛下のお言葉の後、王族の方のダンスが始まった。
「カリナ様は今日も美しいですね……」
溜め息が漏れてしまう程、エドワード殿下とカリナ様のダンスは素晴らしい。ふわりと広がるドレスも、揺れる髪も、輝くお二人の衣装が照明の灯りを反射する様も、見惚れてしまう。
「そうか?俺はフレイヤの方が美しいと思うが?」
それは贔屓目です。
王族のダンスが終われば、私達も踊らなくてはならない。レオン様と踊るのも久し振りかもしれない。王立アカデミーの卒業パーティー以来だろうか。
レオン様から差し出された手を取って前に進み、踊り始める。
……そうだ。今日は特に格好良いのだった。
美しい顔が近い。近いぞ。
微笑まれるともう意識が飛びそうになる。
顔を逸らすわけにはいかない。こんな貴族が勢揃いしている場で、皆に注目されている状態で、変な噂を立てられるかもしれないのだから、しっかり務めを果たさなければ。
「顔が少し赤いけど、具合悪い?」
本気で心配してくださっているのか、分かってて言っているのか……。
「……今日のレオン様が格好良すぎて、照れてしまうのです」
「そうか。嬉しいな。じゃあ、目を逸らさず今の俺を見て」
腰を強く寄せられ、そして真っ直ぐに見つめられてドキリとしてしまう。
「動揺させないでください。足が、止まってしまいます……」
「今日の君は本当に美しい。他の男が好色な目で君を見ているのが、俺は耐えられない。そんな男達に君の柔らかで慈愛に満ちた視線を送って欲しくない。君の瞳には俺だけを映していて。だから、俺だけを見ていて」
……なんて殺し文句だ。
さすが。英才教育を受けていらっしゃるから。
レオン様にフォローされてなんとか踊っているが、足がふわついてしまって感覚がよく分からない。
もう口を噤もう。これ以上聞いてしまったらとんでもないダンスになってしまう気がする。
大人しく言われた通りに美しい顔を見つめていよう。そして宝石のような美しい瞳に私が映っているのを確認しながら。
◇◇◇
「フレイヤちゃん、色気が凄いな。誘ってるの?」
「フレイヤがそんなに大胆とは思わなかったな」
「レオンが着せて自慢したくて贈ったものじゃないの?」
「違いますっ!違いますからっ!これは侍女が……」
「ううっ……フレイヤ様が羨ましいです」
アカデミーの頃に戻ったような気分になる。
ショーンに殿下にアルロにカリナ……。
このメンバーも俺の策略が通用しない。完全無視だ。寧ろ面白がって近寄ってくる。
「あまり見るな」
皆の視線の間に立つ。
「侍女が?」
殿下が少し不思議そうに尋ねてくる。
それもそうだろう。母もカリナも着るドレスは自分で選んで決めている。殆どの貴族女性は助言は貰っても侍女に任せっきりにしないのでは無いかと思う。フレイヤは特別だ。
「母が言うには、俺へのメッセージだそうですけれど」
「ヘタレってないでさっさと手をつけろ、とか?」
「今日はお持ち帰りして良いですよ、とか?」
「何を仰っているのですか!戒めの為に決まっているじゃないですか!殿方は何を考えているのですか!」
ショーンとアルロが厳しめにカリナに怒られている。
殿下の婚約者として参加しているのだから、もうちょっとおしとやかにしていた方が良いのではないかと、兄としては心配になるが。
それにしても、男と女でこんなにも捉え方が違うものか。
真実は侍女しか知らない。
……侍女も女性だから、母やカリナが言うことが正しいだろうなとは思うけれど。
男は大抵が馬鹿な生き物だな。




