20.カミーユの秘匿
アディール殿下の話は、私にとって全く知らない過去だった。
「それから10年が経ち私は王位を継承し国王となりました。ずっとその事件が気掛かりで、捜査を打ち切ってしまった国王であった母に対しても不信感を持っていたのもあり、密かに再び特殊部隊を結成し再捜査をさせました。その特殊部隊には、このリアム隊長も再び配属され、カミーユの夫であったブライアンも配属されました」
思いがけない名前が突然出てきて、ブライアンおじい様が関わっている話なのだと理解した。だからカミーユおばあ様もここにいるのだと。
その先を知りたいような、でも知りたくないような不思議な感覚に襲われる。
ずっと私の手を取ってくださっていたレオン様が手を握ってくださった。私の動揺を感じ取ったのだろう。
***
カミーユは幼い頃からの私の友人で、国王となってからも私の心を支えてくれる大切な友人だった。そしてその日も、カミーユと忙しい執務の合間の心休まるささやかなひとときを過ごしていたその場に、突然兄である第二王子が現れたのです。
10年振りの再会でも、兄の目は喜びとは正反対の怒りの目をしていました。
「捜査を止めろ。特殊部隊は解任しろ」
「どうしてですか!?お兄様の名誉の為に捜査を始めたのはお兄様でしょう。なのに突然姿を消してしまって。何故ですか!?」
「お前はそれ以上知らなくて良い。捜査を止めろ」
「納得がいきません」
「忠告をしに来ただけだ。お前を納得させる為に来た訳ではない」
「その忠告を理由もなく受け入れる訳には参りません。私は国王です。判断材料も何も無く、ただ言いなりのお飾りの国王になるつもりは毛頭ありません」
「ならば脅迫しなければならない」
そう言うと同時に側にいたカミーユに剣を向けました。カミーユの喉に剣を当てられましたが、その第二王子の背後に現れたのがブライアンでした。
「カミーユから剣を離せ」
「……お前、最近俺のことを嗅ぎ回っていた犬か?同じ魔力を感じる。カミーユとの関係は?」
「妻だ」
「そうか。なら、お前にしよう」
第二王子は後ろを振り向きブライアンと目を合わせると、あろうことか催眠魔法を掛けてしまいました。咄嗟にブライアンは魔法解除をしようとしましたが、中途半端に催眠魔法が掛かった状態になってしまい、剣を持つことが出来なくなり剣を落としてしまいました。
「催眠魔法が掛かりきらなかったな。お前にカミーユを傷付けさせたかったが、抵抗して動かせないな」
「お兄様!止めてください!」
「アディール。捜査をしないと約束しろ。そうでなければ、カミーユがどうなるか分かるだろう?」
「陛下!例えどんな理由があろうと脅迫に屈しては国王としての権威と尊厳が失われます」
「カミーユ……!」
「権威と尊厳か。それでも国王も心を持った人でしかない。血を見れば決断出来るか?」
再び第二王子がカミーユに剣を振り上げた時でした。
催眠魔法が掛かって動けずにいる筈のブライアンが、カミーユに覆い被さりその背を剣が走りました。
辺りに血が飛び散り、ブライアンの背からどくどくと血が流れ出ていく様に、私は体が震え動けなくなりました。
「捜査を止めるんだな、アディール。止めなければ次は始まりの魔女の直系の血が流れることになる」
そして第二王子は再び姿を消したのです。
直ぐに医者を呼びブライアンに治療を施したのですが、出血量があまりに多く助かりませんでした。
私にとってブライアンの死は、これ以上の捜査を断念するのに十分な要因となりました。
つまりそれは、ブライアンの死の詳細を公に出来ないことでもありました。
第一王子の死の真相を再び闇に葬っただけでなく、第二王子が現れ脅迫されたことも、ブライアンの死も、密かに結成した特殊部隊を脅迫の通りに解任したことも、全てを闇の中へと押しやったのです。
そして唯一私に出来たことは、催眠魔法を禁忌魔法に指定し、一切の使用を禁止にしたことだけでした。
***
話を聞いている途中から体の震えを止められず、レオン様がずっと肩を抱き、落ち着かせようとしてくれていた。
私だけじゃなく、お母様も初めて聞く話だったのか動揺している様子で、お父様がやはり寄り添っている。
「あの時、カミーユのお腹にはエミリーがいました。魔女は妊娠をすると子の魔力によって、自身の魔力のコントロールが効かなくなる為、カミーユはとても優秀な王宮魔導士でしたが魔法で第二王子に対抗することが出来ませんでした。だからこそ、ブライアンは内偵でありながら姿を現したのでしょう」
「妊娠で、コントロールが……」
初めて知った。
「フレイヤはまだ知らなかったのね。そうよ。魔女は妊娠をすると、お腹の子の魔力の高さによってコントロールの効きが変わってきます。魔力が低ければさほど影響は無いけれど、高いとまともに使えなくなる。リーズ公爵家のような高魔力の家系では、ほぼ使えないでしょうね。覚えておきなさい」
「はい……」
ほぼ使えなくなるんだ。
もしかしてマデリン様が結婚するまではキスまでと言っているのは、もし万が一妊娠してしまったら魔法が使えなくなりアカデミーを退学もしくは休学しなければならなくなるからだろうか……。
「エミリー、フレイヤ。……ずっと、黙っていてごめんなさい」
「……お母様が謝ることではありません。公に出来なかったことなのですから」
おばあ様が首を振る。
「いいえ。今回、王家からフレイヤが狙われていると言われた時も、伝えることを躊躇ってしまった。あの日の後悔を、未だに乗り越えられていなかったのね。私が妊娠していなければ、人質のような扱いを受けることもなかった。ブライアンに庇われ切られても、治癒魔法で直ぐに手当て出来ていた。そうすれば、命を落とすことはなかったのではと……王宮魔導士なのに私は何も出来なかった。けれど、妊娠していたことを後悔するのはエミリーを否定することのようで、そう考えてしまう自分が嫌だった。エミリーを授かって私もブライアンも……本当に、本当に嬉しかったのだから」
おばあ様は40年もの間、ずっと後悔し続けていたのだろうか。そしてずっと自分自身を責めていたのかもしれない。王宮魔導士としての自信も誇りも失って辞めてしまう程に。
「私は……狙われているのですか?」
おばあ様が抱えていた苦しい胸の内を聞きながら、やっぱり私は狙われていて、そしてそれはテオドールになのではと感じ取っていた。
「昨年、ドルバック伯爵が貴女の命を奪おうとしたわね。ドルバック伯爵は取引をしていたのです。逃走後に身を隠す処を提供する換わりに貴女の命を奪うようにと、若い金髪の男とね」
「若い金髪の男……」
「この間貴女の前に現れた若い金髪の男が、テオドールと名乗ったそうね」
アディール殿下に頷く。
テオドールは私に対して名を名乗った。命を奪おうとしているのに何故名乗ったりしたのだろう。それにこの間私の部屋にも現れたが、特に命の危険は無かった。
「王家の血を濃く引く者は、美しい金髪をしているわ。そのテオドールと言う者は恐らく第二王子の血を引く者でしょう」
王家の……血筋。
「40年前、ブライアンの捜査によって第二王子がマトフェイという地にいることが分かったわ。そして、行方知れずとなっていた元婚約者の令嬢と共にいることも。その令嬢は直系ではないけれどアナベル様の家系の令嬢で大変魔力が高かった。その2人の子孫であれば、当然テオドールも魔力が高いことでしょう」
「何故フレイヤは狙われているのですか?父の死と関係でもあるのでしょうか?」
お母様の言葉にアディール殿下とおばあ様が目を伏せる。
「……それが、分からないのです。私は捜査を止めてから一切指示を出してはいません。今回再び特殊部隊を結成したのは、ドルバック伯爵の供述でフレイヤが狙われていると分かってからです」
再び特殊部隊を……もしかして、レオン様は再び結成されたそこに所属しているの?
思わずレオン様に目を向けてしまう。
私の視線に気がついて顔を向けてくださるけれど、どこか申し訳なさを浮かべた表情だ。
「フレイヤ。特殊部隊は秘密裏に捜査を行い、情報の一切を外に漏らしてはならない決まりがあります。そこに所属していることも親であろうと恋人であろうと教えてはならないのです。気がついてはいるでしょうが、レオンはリアムやエドワードと共に特殊部隊に所属しています。今回は特別にここにいる皆に話しましたが、口外はせぬように」
やはりそうなのか。
そして特殊部隊は私が狙われていると分かってから。
レオン様が騎士団に入団してからずっと忙しかったのは、私のせいだったんだ……。
それから広場でレオン様が命の危険に晒されたのも、私のせい……。
おばあ様と違い、妊娠していた訳でもないのに魔法を使えなかった。一緒に戦うことも助けることも出来なかった。本当になんて情けないんだろう。
「第二王子は最後に『始まりの魔女の直系の血が流れる』と警告しました。それを指すのがカミーユなのか、それとも私なのか、はたまた別の魔女か。しかし、第二王子は第一王子の事件の再捜査を嫌がっていました。なのに今回再捜査をしていないにも関わらずフレイヤが狙われ、テオドールの目的が分かりません。そして、第二王子が今回のことに関わっているのかどうかも分かりません」
私だけが狙われていると言う訳ではないのだろうか。カリナ様もお母様もマデリン様もアリーチェ殿下もローラ殿下も、狙われる可能性があると言うことなのだろうか。
「明後日、ここ王宮で舞踏会が行われます。公に出来ない事情もあり舞踏会は中止にはしません。何か起こるかどうか分かりませんが、王宮の警備は厳重にし、フレイヤにはレオンが、カリナにはエドワードが婚約者としてだけでなく警護も兼ねて側に付きます。会場に魔法を掛け、一部の者以外は魔法を使えないように制限もします。王家の遺恨に巻き込んでしまい胸が痛い思いですが、両家共くれぐれも気をつけて欲しい」
その場の皆がアディール殿下に礼をもって答える。
王宮舞踏会にレオン様と一緒に参加出来ると聞いてほっとした。護衛も兼ねてというのに申し訳なさを感じるけれど、1人で参加するのかもと不安に思っていたから。
「カミーユ様。ずっと気になっていたことがあります」
「マデリン?」
「フレイヤちゃんのことです」
「……フレイヤの、魔力のことね」
「はい。彼女の魔力は日々溢れ出ている様に感じます。その割に通常であればコントロールする術を幼い頃から教え込むものですが、彼女はコントロールを殆どしていません。レオンと婚約した際にエミリー様に伺いましたが、カミーユ様からの指示で何も教えていないと聞きました。何か理由が?」
「フレイヤは希に見る高魔力で、それは始まりの魔女に匹敵するものだろうと思われます。所謂、先祖返りと言うものではないかと」
えっ……そんなに……
「エミリーのお腹にいた頃から魔力暴走を起こしていました。リーズ公爵家の魔女には暴走はさほど珍しくは無いのですが、頻度が多く力も強くて抑えるのが大変でした。これ程の高魔力は政治に利用される恐れがあると思い、王家とも相談しフレイヤの力は隠しておくことに決めたのです」
確かに魔力は高いかもしれないけれど、そこまでなのだろうか。
思わず自分の手を見てしまう。
そんな力があるなんて、信じられない。
「ただでさえソフィア様の直系で嫌でも目立つのに、魔法技術が高ければ周りは煩くなるでしょう。エミリーは優秀な子でしたから、幼い頃から縁談の話が多かった。特に父親が居なかったので、リーズ公爵家を操れるのではと企む家も多かった。フレイヤはもしかしたらそれ以上になるかもしれないと」
おばあ様はお母様を女で一つで育て、きっと多くの苦労をしてきたことだろう。私なんかでは想像できないような思いをし、そして抱え、リーズ公爵家を守ってきたのではないだろうか。
「リーズ公爵家は政略結婚には全く興味の無い家です。恋をして、自分自身で生涯のパートナーを見つけて欲しかった。それまでは目立たずちょっとおっちょこちょいな魔女で居れば良いと」
だいぶおっちょこちょいです、私……。
おばあ様が私の前までやってきて手を包み込んでくれた。
「魔法に対してコンプレックスを抱かせてしまったことは申し訳ないと思っているけれど、家柄や魔力に関わらず貴女を見てくれる人をちゃんと自分で見つけられたわね」
そんなことを言われるとちょっと恥ずかしくなる。
「レオン様。フレイヤのこと、宜しくお願いします」
「はい。生涯をかけて」




