17.天秤と平和
フレイヤは何も言葉にはしないが心配そうな表情を浮かべている。同じ部屋のすぐ側に居ないと不安なのだろうか。申し訳ないとは思うがカリナに促してもらい、2人で部屋を出て行ってもらった。
それを確認し、殿下が部屋に防音魔法を掛ける。
「フレイヤはかなり心配性になっているな」
「ええ」
今日一日中ぴたりと側にいて嬉しいし可愛いと思うが、さすがにずっとは無理だ。彼女もアカデミーに行かなければならないし、リーズ公爵家にも帰らなければ心配していることだろう。
「あの日ことはルイーズとフレイヤの護衛から証言をしてもらっている。金髪の美形の男が現れテオドールと名乗り、男が突然フレイヤの手と地面を凍らせ、広場を吹雪にさせたこと。お前がシールドを張り地面の氷を溶かして市民を逃がし、フレイヤとルイーズも逃がした後に吹雪が氷となりお前を襲い爆発が起きたこと」
「あの男はテオドールと言うのですか……」
あの音楽家のパトロンらしき若く美形で金髪の男。実際はパトロンではなく、首領の立場であろう。
「フレイヤは仮装トーナメント大会の時に一度話し掛けられているらしい」
「仮装トーナメント大会……ああ!あの時の男か」
そう言えば大会後にフレイヤの姿が見えなくなって探したら、見知らぬ男と話していたな。あの時の男がテオドール……。そんな前から見張られていたということか。いや、ドルバック伯爵の件からずっとか、もしくはもっと前からか。
「テオドールがお前に『やっと出てきたね』と言っていたのをルイーズが聞いている。お前に気づいて誘きだそうとしていたのではないか」
「テオドールがフレイヤに接触した時、奴は俺と視線を合わせてきて笑ったんです。まるで、『気づいてる』と言われているようでした。それだけではありません。ずっと変装していたこと、アルに掛けられていた魔法とアカデミーに掛けられていた魔法を解除したこと、テオドールを探し見つけて尾行していたこと、全てを知っていました。俺の魔力量の限界を試そうとでもしたのか、俺に魔法を使わせ、さらにフレイヤにも使わせようとしていたようでした」
「そうか。アルからも報告は貰っている。リアム隊長の予想通り、催眠魔法を掛けられていたと。そしてアカデミーの多くの学生や教師にまで催眠魔法を掛けていたようだな」
「ええ。おそらく接触したことのある者殆どに掛けたのでしょう。テオドールのことを聞き取りした際、奴のことを知っていると答えた者は全て催眠魔法が掛けられていました。それを解くのにかなり魔力を消費してしまい、結果がこれです」
それがなければ魔力が枯渇することもなく、無様に倒れることもなかっただろう。
「テオドールが数日かけて掛けた魔法を解いたのだから仕方がない。よく1人でそれだけ解いたものだ。アルが他にも掛けられていた者がいないか確認し解除したが、少数だけだったそうだ」
「催眠魔法は解除出来ましたが、広場での吹雪や氷は解除出来ませんでした。それに、俺の尾行にも気づいていました。奴は俺よりも魔法の技術も魔力量も上でしょう」
認めたくないが、事実そうなのだ。
気配消しには自信があった。もう何年も令嬢の追っかけから逃げる為に変装以外にも気配を消すことがあったからだ。俺の気配に気づけるのは、高魔力保持者くらいだろうと思っていた。
「俺が奴を見つけることが出来たのも、今思えばわざと姿を現して追わせていたように思います」
「わざとか……」
でなければたった1日で見つけられただろうか。誘導されるように情報が流れ込んできていた。『ここにいるよ』とでも言われているようだった。
「殿下。フレイヤが直接的に狙われました。俺は、彼女を危険な目にあわせないようにと思って特殊部隊に入ったのです」
「レオン……」
「今回は奴の思い通りに動かされました。しかし、逆に言えば俺の知らないところで彼女に危害を加えることも可能だと言うことです。俺が騎士団にいる以上、俺が彼女を守ることは──」
「ちょっと待て、レオン!」
殿下が俺の言葉を遮る。先の言葉が分かり止めたのだろう。
「影だけでは無理です!誰かが側にいる必要がある。それを他の者になど任せられない!」
「フレイヤだって魔女だぞ?決して弱くはない。魔法技術も上がったし、そう容易くやられるような程度では無い──」
「彼女は優しすぎるのです!アカデミーの模擬戦とは違う!あの時だって戸惑い、冷静に魔法を使える状態ではなかった。偶々居たルイーズが付いていなければあの場から逃げることも出来なかった」
確かに彼女は始まりの魔女ソフィア様の直系魔女で魔力は高いが、戦闘向きの性格ではない。自分の命を奪おうとしたドルバック伯爵親子にすら、境遇を憐れみ温情を与えてしまうようなお人好しだ。
森の動物達に好かれる心の綺麗な彼女が、突然の敵意を前に戦えるとは思えない。
はぁと殿下が溜め息を吐く。
「……ルイーズがあの日フレイヤの側に居たのは偶々ではない」
「偶々ではない?」
「フレイヤがベルック公爵領に赴いた時にお前が護衛にルイーズを指名しただろう。それをきっかけに彼女なりに危険を察知したのだ。フレイヤの影に自ら接触し、フレイヤに何かあれば知らせて欲しいと言っていたそうだ。それであの日、フレイヤが珍しくアカデミーの授業後に出掛けようとしていたのを影から聞いて付いていったのだ」
「そうでしたか」
ルイーズの機転には感謝だ。
まあ、ルイーズなら気配に気づくことくらい出来るだろう。だからこそ側に付けたのだ。説明もせずにベルック公爵領に行かせてしまったのは申し訳なく思うが、ルイーズのお陰で今回は助かった。
「それに、エミリオにも『気をつけろ』と釘を刺されたそうだ」
「兄さん……」
「次いでに言うとな、お前が眠っている間、国王陛下の執務室にお前の母親とエミリオが乗り込んできて部屋を凍らせて行った」
「はい?」
凍らせた?
またあの母は極端なことを……。
「説明を求めてきた。父上はお前が目覚めたら話すと約束してしまったからな、数日のうちに場を設けるだろう。反故にでもしたらどんな仕打ちをされるか分からんからな」
少なくとも、この家の中で最強であることは間違いない母だ。幼馴染みの国王陛下を全く恐れていない。
母と国王陛下といい、兄とアリーチェ王女殿下といい、うちって王家との仲悪いんだなと再認識をしてしまった。
「それに、カミーユもフレイヤに話すことを決めた。ブライアンのこと、エミリーにもだ」
「……そうですか」
ずっと隠していたと聞いた。言えなかったのか、言いたくなかったのか。そこまでは俺は知らない。
「フレイヤも全てを理解すれば、表立って護衛を付けられる。そうなればお前が懸念していることも少しは良いだろう」
「……しかし、護衛と言っても奴に敵う者かどうかは分かりません」
「お前の気持ちは分かる。私だって叶うのならカリナの側に付いていたい。しかし、そんなことは無理だ。王家の人間として責任を持って事を片付けねばならない」
「俺は王家の人間ではありませんから」
「だから辞めるのか?お前は私の側近だろうが」
「……殿下とフレイヤを天秤にかけるなら、迷い無くフレイヤを選びます」
「あっそ」
そう言いながらも顔が笑っている。
「あの時も……巻き添えになった市民よりもフレイヤを優先したかった」
「でも、しなかったな。両方守ったじゃないか」
「しかし次は、両方守れない状況なら彼女を選びますよ、俺は」
「……そうか」
何よりも優先したいのはフレイヤだ。
もう彼女の居ない人生は考えられない。失いたくない唯一だ。
◇◇◇
レオンとの話を終えて部屋を出る。
サロンから華やかな話し声が聞こえてくる。あのサロンは平和だ。ほっとする。ずっと失われないで欲しいと思うものだ。
サロンを覗いて声を掛ける。
「仲が良いな」
「殿下!お話は終わられたのですか?」
カリナのまだどこか少女の可憐さを残した笑顔。大人の妖艶さが増してきたと思ったが、母親と姉のような存在のフレイヤと共にいる時は、まだ幼さを纏わせている。
「ああ。フレイヤ、レオンのところに行ってやるといい」
「!!、……すみません」
なかなか部屋を出て行けなかった理由を悟られているのが恥ずかしいのだろうか。顔を俯かせている。
「フレイヤちゃん。レオンのところにお茶を持っていってあげて」
「…はい!」
夫人に促され足早に出ていく。
フレイヤが居なくなり夫人に向き直られる。
「殿下。陛下はお約束をちゃんと守ってくださいますよね?」
「また改めて連絡を寄越す」
「期待しておりますわ」
今日はにこりと美しい笑顔だ。その笑顔も怖いのだが。
そして使用人を下がらせサロンを出ていく。
2人にしてくれたのか。
「お茶を飲んで行かれますか?」
「そうしたいが、もう戻らなくては」
カリナの頬を指の背で撫でる。
久しぶりに触れたなと思う。そもそも会うのが入団式以来じゃないだろうか。
以前レオンに妃教育で王宮に来ているから会えるだろうと言われたが、会ったことは一度もなかった。
「少し、顔つきが変わられましたね」
「そうか?」
「凛々しさが増しました」
良く言ったものだ。おそらく本当は違うように思っただろうに。
カリナらしさに思わず小さく笑ってしまう。
さっきはレオンを咎めるようにフレイヤとのキスを邪魔してしまったが、確かベルック公爵家ではキスまでは許してもらえるんだったな。レオンには悪いことをしたかな。
気持ちは分かるのだから。
ずっと側で守ってやりたいと思うのも。私よりカリナの方が魔力も高く強いだろうけれど。
婚約して安心するのかと思えば、そんなことはなく、叶えば次を求めてしまい、早く結婚したいと思うのも。
そして好きな女性が目の前にいるのなら、抱き寄せキスをしたいと思うのも。




