16.回復の時間
「今日も美しい君を眺めながら朝食を頂けて幸せだな」
「まあ、嬉しいわ。貴方も素敵よ。今日は何処かへ行かれるの?」
「ああ、友人が冬の休暇明けにカフェをオープンするから、今日はプレオープンに招待されててね。君と離れなければならないのは辛いが、連れていって無駄に男どもに君の美しさを見せる方が辛い。君の美しさは簡単に男を魅了して虜にしてしまうからね」
「まあ。仮にそうだとしても、私は既に貴方に虜になっているのよ?何も心配することはないのではなくて?」
「下心のある目で君を見られるのが嫌だし、そんな男どもが君の綺麗な琥珀色の瞳に映ることも嫌だ。君の瞳には私だけが映っていて欲しい」
「初めからずっと貴方しか映らないわ。でも、女性の招待客もいるのでしょう?私がいないことを幸いにすり寄ってくるご婦人がいるのではなくて?そんな卑しい女性が貴方の瞳に映るのは私も嫌よ?」
「美しい私の女神がそう言うなら、私は挨拶だけしてすぐ帰ってこよう。お土産を持って帰ってくるよ」
「嬉しいわ。けれど、我が儘を言ってしまったかしら?」
「君の我が儘は、私への愛の証だ。喜んで受け入れる」
「甘やかさないで」
「甘やかしたいのさ」
朝食を終えると2人はソファへ移動して、愛を囁き合い、キスをして…………
「大丈夫か?」
エミリオ様……私、大丈夫じゃないです。
「フレイヤ、顔が真っ赤だよ」
朝からこんなやりとりを見せられるのは、私には刺激が強いのです。
「いつもはカリナが突っ込み役なんだが、今日はもうアカデミーに行ってしまったからな」
「いつも!?これは……毎朝?」
「ほぼ毎朝だ」
「レオンが眠っている間は大人しかったがな。子どもの前だから自重するというのはあの2人の辞書にはない」
こんなのを毎朝見ているのか!なんて高度な愛の英才教育……。だからレオン様は恥ずかしげもなく愛の言葉を言えてしまうのだろうか。だから色々なバリエーションのキスをしてくださるのだろうか。
ベルック公爵家、恐るべし……!
1週間ずっとレオン様が眠る部屋に食事を持ってきて貰って1人で食べていた。ベルック公爵家の皆様と一緒に朝食を取るのは初めてで、こんな公爵夫妻のラブラブイチャイチャを見ることになろうとは……。普段から仲の良い夫婦であることは知っていたけれど、朝からこんな感じなんだ……。
恥ずかしさで食事の手も震え止まってしまう。
エミリオ様は平然と食事を終え、新聞を読んでいらっしゃる。
レオン様は目覚めたばかりということもあり、寝台で寝ててくださいと言ったのに無理に起きて、ふらつきながらも一緒の朝食の席についた。食事はスープを体の反応を見ながら少しずつ食べている。
レオン様がすぐ側で、起きて食事をしている。
私の視線に気づいてにこりと美しい微笑みを向けてくださる。
ほっとする。夢じゃないんだ。
◇◇◇
何をするにも心配してくるし、少しも離れようとしないフレイヤ。
可愛い。凄く可愛い。
いや、違う。そんな思いをさせてしまっていることを反省すべきなのだ。
いや、でもやっぱり可愛くてそれが嬉しい。
今朝なんて、可愛い寝顔がすぐ真横にあり、柔らかな髪を撫でる心地好さ。朝の目覚めにあんな至福の時間があるなんて。あれが結婚したら毎日か!?幸せすぎる!今すぐ、今日にでも結婚したい。
しかし体がいつも通りでない感じは十分にあったが、1週間も眠っていたのには驚いた。確かに筋力も低下し、暫くは不便を感じるだろう。
それでも寝台で伏せて寝ているフレイヤを抱き起こすことは出来たし、押し倒すことも出来たから十分だ。
可愛かった。
俺のシャツを握り涙を流しながら懇願されたのだ。そりゃ筋力も体力も低下していようが、押し倒すだろう。
さらには「キスして」だ!そんなおねだりを聞いたらキスをするしかない。それだけじゃない。本人はおそらく無意識であり言葉にしたと思っていないだろうが、俺には小さく囁く「止めないで」という声が聞こえたのだ。止めないでと言われたのだから、止められようもない。ただ本能のままに彼女の肌を堪能してしまった。
それにしても、とても良いタイミングで現れたカリナ。
止めて貰って良かったと思う反面、邪魔されなければもっと堪能出来たのにと恨む気持ちもある。
止めて貰わなければ、本当にどこまでしてしまっていたか分からない。母や兄の言う通り、ただの獣だった。フレイヤの甘い香りと求める言葉に理性など吹き飛んでいた。
いつもいつも、うちの家族は寸でのタイミングで現れる。どういう危機察知能力なのだろう。プライバシーがただ無いだけか?
母から2人っきりは駄目と言われ、リビングにずっと一緒にいる。ソファから立ち上がろうとすれば、「どこに行くのですか?」「何か入り用なのですか?」「私がやります!」……そんな調子なのだ。
離れることを怖がり、俺の体を心配して休ませようと代わりに何でもやろうとする。
筋力も体力も元に戻さなければ剣を振れなくなってしまうので、体調が悪いわけではない限り動きたいのだが……心配させてしまった自覚はあるので苦笑いしつつ言う通りにしていた。
午後になり体力が低下しているせいか眠気に襲われ、フレイヤに促されるままリビングで眠ってしまった。
目を覚ますと賑やかな声が聞こえてきた。
「……起きましたか?」
俺が目を覚ましたのに気がついて顔を覗き込んでくるフレイヤの顔は、何だか少しほっとした様子だ。
頬に手を伸ばして触れれば、微笑んでくれる。
「良かった……」
「良かった?」
「また……目覚めなかったらと思ったら、少し不安になりました」
「寝ろと促したのはフレイヤだよ?」
「そうですね。すみません」
体を起こしてキスをする。抱き寄せてもう一度キスをしようとしたら、口を手で抑えられてしまった。
「あのっ!ちょっと……殿下が!エドワード殿下がいらっしゃってます!」
「…………」
「レオン様が目覚めたと報告を受けてお越しくださったみたいです」
なんとなく殿下に邪魔された気分になり、ムスッとしてしまう。俺の口を抑えているフレイヤの手を剥ぎ取り、頭の後ろを押さえて引き寄せ強引にキスをした。
フレイヤの甘い香りに似た甘い味がした。トロリとした蜜のような。もしかしたらこれが母が言っていたフレイヤの魔力なのだろうか。体が軽くなる感覚がする。
フレイヤはアカデミーにも行かずに魔法を使っていないと言っていた。このままなら魔力膨張を起こしてしまう可能性がある。それならこの甘い魔力をもう少し貰いたいな、なんて思いながらキスをし続けていた。
「なんだ。すっかり元気そうじゃないか」
「あっ!やっぱりまた手を出してる!油断も隙もない!」
……結局、邪魔されるのか。
リビングの入り口にいつの間にかエドワード殿下とカリナが立っていた。
フレイヤは見られてしまったことが恥ずかしいのか、全力で抵抗して離れてしまった。
「フレイヤの魔力を貰っていた」
「魔力?」
「そうだったのですか!?」
「……フレイヤ様に許可無く貰ったのですか、お兄様」
不思議そうな顔をしている殿下に、俺が目覚めた経緯を話した。
「そう言うことか。愛のキスで目覚めたと報告を受けた時は何のことだかふざけているのかとも思ったが、魔力を回復してもらったと言うことなのだな」
この家はどういう報告をしたんだ!?
「魔力はかなり回復しました」
「あとは寝ていて低下した筋力や体力か」
「そうですね」
何となく掌をにぎにぎと開いたり閉じたりしてみせる。今の状態ではどこまで剣を振れるだろう。どこまで動くことが出来るだろう。
「大きな怪我が無くて助かったな。回復が比較的早そうだ」
「ああ……それも、おそらくフレイヤのお陰です」
「えっ!?私ですか!」
驚いた顔のフレイヤに微笑みかける。
「入団式の時に貰った剣帯の刺繍のお陰だと思う」
「刺繍ですか?」
「あの時……あの男に無数の氷をぶつけられた時、シールドで限界まで魔力を使い果たしてしまい、氷とシールドがぶつかった衝撃で起きた爆発に対応出来る状態ではなかったが、意識を失う寸前に青白い光に包まれたんだ。あの青白い光には見覚えがあった。フレイヤが刺してくれた剣帯の柊の刺繍が纏っていた光と一緒だった。あの青白い光に守られたんだと思う」
「そうだったのか」
「そう言えば入団式でフレイヤ様の刺繍した箇所を言い当ててましたね。その光が見えたから分かったのですね」
「ああ。フレイヤの色だ」
彼女の瞳によく似た青色。青空の下、太陽の光が差し込んだ時の光輝く瞳の色だ。
「レオンは魔力が色で見えると言うことか?」
「フレイヤのだけですけど」
他の者の魔力までは見えない。自分のもよく分からない。
以前ドルバック伯爵がフレイヤのネックレスに俺に似た魔力を感じると言っていたが、それは俺にはさっぱり分からないから。
「私の刺繍が……?何で……」
「柊には護符の願いが込められています。フレイヤ様の願いに魔力が自然と乗ったのでしょうか?」
「そうなのかな。そういう魔力に関して詳しくないから推測でしかないけどな。以前フレイヤから貰ったハンカチの刺繍からはその魔力は見えないし、モチーフが関係しているのか、願う気持ちが関係しているのか……」
「そうか。不思議なものだな」
結局、彼女を助けるつもりが最後は彼女の刺繍に助けられた。そして、目覚めるのにも彼女に魔力を貰った。
『魔法手伝って貰えば良いじゃない』
あの男の忌々しい声と話し方。
しかし、実際のところ手伝って貰ったようなものだ。
「殿下。報告があります。フレイヤとカリナは席を外してくれるだろうか」




