13.彼女の気持ち
王宮────
いつもは騎士団の特殊部隊の部屋にほぼ軟禁状態だが、今日はリアム隊長と国王の執務室を訪れていた。
漂う空気が重いのも仕方がない。
「隊の者はレオン以外誰もその場には居なかったのね?」
「はい。報告書の証言はタンカーヴル伯爵令嬢ルイーズのものです。それと、カミーユがフレイヤ嬢に付けていた影の護衛1名が外から見ていた証言を合わせてあります」
父上である国王と姉上に提出した報告書には、2日前に起きた劇場前広場での突然の吹雪に関する詳細が書かれている。
市民の多くは魔力が低かったり無い者もいる。突然の吹雪に驚いた者が殆どで、混乱して逃げ惑うことしか出来なかったようだ。
偶々居合わせた者、近くで店を出している者、暮らしている者、働いている者等、多くの者が巻き込まれたり、目の当たりにしたりと吹雪と爆発の目撃は多かったが、何が原因で起きたのかまでは分からなかったようだ。
「市民への被害状況は?」
「数名の者が軽傷を負ったようですが、治癒魔法を使う程ではないと報告を受けております。周辺の建物が少し損傷しましたが、派遣した王宮魔導士によって修復しております。また広場も昨日のうちに現場検証を終え本日修繕が完了したとのことです」
「そうか」
2日前は劇場も公演が何も無い日で客が居なかった。貴族の客が多かったらもっと騒ぎになり、現場の混乱の収拾は大変だっただろう。
たまたま劇場に打ち合わせで来ていたショーンが外の騒ぎに気づき、警備隊と騎士団へ連絡を入れてくれた。
「目的までは分からないか……」
「ええ。ルイーズがレオンとテオドールと名乗る男の会話を少し聞いたそうですが、目的は何だと言うレオンの問いには答えなかったそうです」
「そのテオドールという男は金髪だったのね?」
「ええ。とても綺麗な金髪で色黒の綺麗な顔立ちだったと。恐らくドルバック伯爵にコンタクトを取ってきた者と同一かと思われます」
「そう……」
テオドール。フレイヤに対してそう名乗ったと聞いた。本名かどうかまでは分からないが、フレイヤに本気で害を成そうとしたようには思えない。
『私はテオドール。以後お見知りおきを』
ルイーズからの報告を聞く限り、今後も接触をしてくるつもりがあるように感じる。今回の目的はレオンだったのか?
『やっと出てきたね』
まるでレオンを誘きだそうとしていたと。
「陛下。相手は実際に行動に移してきました。王宮舞踏会が狙われてもおかしくありません。如何されるおつもりですか?」
リアム隊長に問われ父上も息を吐く。悩ましいところだろうなと思う。
「王宮舞踏会が中止になった前例はない。中止にでもなれば貴族の中で様々な憶測が飛び交い、納得出来る説明を求められることだろう。それが出来ないからな、警備態勢を強化し強行することになるだろう」
「貴方達から報告を受けた演奏家の件は潰したわ。新しい演奏家を入れるつもりはない。アストゥリア公爵には私もウンザリしてたから、王家への借金の件を利用して息子に爵位を譲るよう命を出し、領地で大人しく隠居して頂くことにしたわ」
「そうですか。ご対応ありがとうございます」
結局王宮舞踏会は行うのだな。
不安はあるが……
その時、部屋の外が騒がしくなった。高い声が聞こえる。女性のものだろうか。
「おっ、お待ちください!今は……!」
侍従の慌てる声がする。
「あら?どうせふんぞり返って話を聞いてるだけでしょ?」
……ああ。
コツコツと響くヒールの音。
バンッと大きな音を立てて扉が開いた。ヒールの音はノックの代わりだったようだ。
「邪魔するわよ」
「マデリン……」
父上が思わず顔を歪める。
レオンの母。ベルック公爵夫人で、アナベル様の直系魔女。この方の度胸は姉上でも敵わないだろう。
「話し合いの最中に乱入してくるとは……相変わらずだな」
「話し合い?陛下はただ報告を受けてるだけでしょ?現場には赴くこともなく、危険は下っ端に晒して」
「……レオンのことか」
「これだけ被害を被っているのです。きちんと説明していただけるのですよね?」
「今はまだ出来ない」
「何故です?何も対応せず我が家は危険に晒され続けろと?カリナにだけ影を付けて、いざというときはカリナの命だけ助かれば良いとでも?」
「そう言うことではない。私の意向だけで決められない理由があるのだ」
「フレイヤちゃんも標的にされているのでしょ!?」
「……お前はどうせそこにいるエミリオに調べさせある程度知っているのだろう?」
ベルック公爵夫人に付き添っているのは、いつもなら夫である公爵なのだが、今日はエミリオだった。力のあるエミリオが護衛を兼ねているのだろう。
「それとこれは別です。王家から説明をして頂きたいのです。今回レオンが被害を受けました。騎士団は王家に忠誠を誓っているのですから、その王家から説明するのが筋ではなくて?」
「……レオンが目覚めたら説明する」
「何ですか、それは!レオンが目覚めなかったらそのまま闇にでも葬るつもりですか!?」
「お前は自分の息子を信じないのか?」
「信じております!けれど、万が一の時は覚悟なさいませ。皆の前で無理矢理にでもその口を割らせて全てをさらけ出させて差し上げますから」
一瞬にして部屋の気温が30℃近く下がった。寒い。
ベルック公爵夫人の冷えた視線は紛れもなく魔力が宿っており、部屋を凍らしてしまった。
いつもはその美しい顔を笑顔にし、怒っている時でも美しい笑顔の仮面を被っているベルック公爵夫人が、幼馴染みの父上に仮面も被らずに本気で怒っている。
「ベルック公爵夫人……フレイヤは、どうしてるかしら?」
姉上が部屋の温度を火魔法で整えながら、部屋を出ていこうと背を向けた夫人に聞く。
「リーズ公爵邸にも戻らず、アカデミーにも行かず、ずっとレオンの側に居ます。頑なに動こうとしません」
「そう……」
夫人は姉上に向けていた視線をこちらに移す。
「男性陣にはどこまで彼女の気持ちを理解できますか?」
それだけ言うと部屋を出ていった。
正に嵐のように言いたいことだけ言って去っていった。
最後は私や父上、リアム隊長に向けての言葉だったようだ。
◇◇◇
ベルック公爵邸────
「お母様、お兄様、おかえりなさいませ」
王宮から戻った2人に挨拶をする。
「何か収穫は?」
「母さんの睨みで陛下の執務室を凍らせてきた」
「……何も収穫は無かったんだな」
お父様はすぐに理解出来てしまったよう。
「レオンが目覚めたら説明するそうよ」
目覚めたら……。
2日前、意識の無い状態で帰宅したレオンお兄様。
当初は王宮の医局に運ばれたのだが、魔力が空っぽになってしまい、生命力が著しく低下して治癒魔法が殆ど効かなかった為、傷の手当てをすることしか出来なかったそうだ。
奇跡的にも生死に関わるような大きな怪我は無かった。
シールドの魔法を直前まで使って氷の攻撃を受けていたからか、両手には切り傷が多く、騎士服もコートもあちこち切れていた。
そして爆発の影響で火傷もあった。
でも爆発の中心地に居たにも関わらず大火傷にならなかったのは、ギリギリまでシールドを保てていたのではないかと、医者に言われた。
フレイヤ様がお兄様から離れないと言って動かなかったのだが、医局は付き添いの許可が出ず、ベルック公爵邸で療養させることになった。
そして翌日になってもお兄様は目覚めず、今日も眠り続けたまま。フレイヤ様もずっとお兄様が眠っている寝台の側から離れない。
フレイヤ様は自分を責めている。
自分のせいで。
自分は何も出来なかった。
自分は傷を治すことも出来ない。
今はただ涙を我慢して、お兄様が目覚めるのを信じて待っている。




