優しい願いは呪いとなって -08-
「陛下、王太子殿下の婚約者はどうなさいますか?」
ダレルの息子も、もうすでに10歳になろうとしていた。
「もうそんな時期か。早いものだな。好きな子はいないのか? 好きな子と結婚させてやれ」
自分に叶わなかったこと。だからこそ、絶対にそれだけは叶えさせてあげたかった。
「それだと、ヴァンガード公爵家の御息女になりますが……」
「ヴァンガード公爵家、ということはアーシャの娘ってことか」
「ただ、ヴァンガード公爵夫人の関係もありますし、お勧めはできませんがよろしいのですか?」
その言葉に、ダレルは血相を変えて問いただす。
「アーシャに何かあったのか!?」
「心を病んでいる、というお話です」
「心を病んでる? なぜだ?」
「存じ上げておりません」
「今すぐアーシャのところへ行くぞ」
ダレルはすぐさまヴァンガード公爵邸に向かった。四人で会った時以来、一度も訪れていない。
ヴァンガード公爵邸に着くと、人目を盗むように応対してくれたのは、アーシャの息子エリックだった。
「アーシャに会えるか?」
「母は今、ミサナさんに会いに行っています」
「……ミサナが戻って来てるのか?」
覚悟を決めたエリックは、真っ直ぐにダレルに告げる。
「私は、姉に幸せになってもらいたいと思っています。ただ、母のことがその足枷になっていることも存じております。ですので、陛下には真実を知って御判断していただきたいのです」
ダレルが案内されたのは、思い出の場所、アカシアの木の下だった。
ただ、そこには今まで存在していなかった祠が立っていた。
その祠の前には……
「アーシャか?」
ダレルが問いかけると、アーシャはふわりと微笑んで、そして祠に向かって優しく話しかけた。
「ミサナ、ようやく殿下がいらっしゃったわ。今日も私の代わりによろしくね。私はここで絵を描いているから」
その姿を見たダレルは、震える体を抑えきれなくなっていた。だけど、信じたくない。
「母は昔からずっとこうなんです。母の目の前でミサナさんが殺されてから……」
「ころ、さ、れた……?」
「はい。母が毎日、譫言のように泣きながら言っていました。私も何とかこの屋敷で働いていた使用人を探し出し、聞き出しました」
「どういうことだ? 俺のために身を引いたって……」
絶望するダレルの前に、ヴァンガード公爵が慌てて駆けつけた。
「エリック、お前何を勝手にやってるんだっ、陛下、大変失礼いたしました。こいつの話はただの噂話ですから。それにアーシャは病気なので、お気になさらないでください」
「どういうことだ? 本当のことを言えっ、早くっ!!」
ダレルは事の真相を全て聞き出した。もちろん、他に関係する者、知っていそうな者にも全て。
「ミサナ、アーシャ、俺は君たちとの約束を果たせなかった。だからせめて、アーシャの子や俺の子には、幸せになって欲しいと思っている」
決意したダレルは一人、ルツィフェのいる教会を訪れた。
「その様子だと、全てを知ってしまったようだな」
「ああ、やっぱりルツィフェは知っていたのか」
否定も肯定もせず、ルツィフェはダレルの目的を問う。
「願い事を、決めたんだな」
「この国を滅ぼしたい」
「本当にそれでいいのか?」
人を傷つける願いには、対価が必要になる。
「俺の息子とアーシャの娘を結婚させるつもりだ。誰にも文句は言わせない。それが、俺が子供たちにできる全てだ。そして、その血を引く子供たちが幸せになれるように、愛する人と引き裂かれることのないように、制約を課したい」
ミサナが嬉しそうに言った「初めてキスをした人と結婚をするのが夢だった」という言葉。
アーシャとの「ミサナを幸せにできない時は、国が滅ぶ時だ」という約束。
「俺の子とミサナが大切に育てると約束したアーシャの子と、その間に生まれてくる子供たちが、俺たちのように、理不尽に引き裂かれることのないように……」
王族の血に制約を。
本当に好きな人と幸せになれるように、幸せのための制約を、願いにかえて。
「国を滅ぼすとなると、その願いを叶えるためには対価が必要だ」
「ああ」
「いいのか? 死ぬかもしれないんだぞ?」
「覚悟はしてる。まあ、死んだらミサナと会えるかもしれないしな。それにもし生まれ変わったら、今度こそミサナを愛し抜きたい、ミサナと幸せになりたい」
「生まれ変わっても会えるとは、限らないぞ」
会えるということは知っている。それがミサナの願いだから。
「どこにいたって、必ず見つけてみせる。会えるまで何度だって、生まれ変わってみせる」
「……分かった」
ルツィフェはダレルの願いを叶えるために、魔法を使った。
「これは、お前のその制約を果たすための道具だ。この通りの儀式を行えばお前の願いは叶う。俺にはこれ以上手を貸すことは許されていない。あとは自分でやれ」
「ああ」
「これがあるからと言って、必ずしもやらなければいけないわけじゃないからな。やらなくてもいいんだからな!!」
ルツィフェのその言葉に、ダレルは曖昧に微笑むだけだった。そして、ダレルは振り返ることなく教会を後にした。
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「やあ、久しぶり」
「ふふ、ルツィフェは全く変わらないのね」
「ああ、アーシャも元気そうだな」
「あの薬のおかげよ。おかげで死ぬに死ねなくて、おばあちゃんになってしまったわ」
アーシャは心を患ってはいなかった。患ったとしても、ルツィフェの薬が全てを治してくれていたから。
もう先が長くないと悟ったアーシャは一人、教会を訪ねた。
「アーシャは、相変わらず綺麗だよ」
「ふふ、ありがとう」
アーシャはルツィフェの隣に座った。教会の隅にある椅子に。
「願いを、叶えにきたんだね」
アーシャはこくりと頷いた。その瞳を涙で滲ませながら。
「あなたのために願うはずだったのに、ごめんなさい」
アーシャはルツィフェの願い事を叶えたかった。それは最初からずっと思っていたこと。
初めて会ったあの日、アーシャに優しく触れながら、心の痛みを治してくれたルツィフェに、お礼がしたかった。ルツィフェの一番の願いを叶えてあげたかった。
「いや、そう思ってくれただけで嬉しいよ」
「本気でそう思ってたの。だけど願いを言ってしまったら、ルツィフェがいなくなってしまう。そんなの、私には耐えられなかった」
「知ってた。俺もアーシャの願いは聞きたくなかった。だからあの時、別れを告げられた時、素直に距離をおいた」
アーシャが目を閉じると、一筋の涙が頬を伝った。意を決して、願いを口にする。
「陛下の願いを打ち消す力が欲しいの」
「国が滅ぶ、というやつか。ダレルの願いを無かったことにすればいいのか?」
アーシャは首を左右に振る。
「それでは、陛下が命を代償にした意味がなくなってしまう。だから、もしその願いが発動してしまった時に、どうにかする力が欲しいの」
アーシャの言葉にルツィフェは息を呑む。その言葉が指す力はひとつだけ。
「それって、つまり……」
「あなたの、ルツィフェの力を私に分けて」
「嫌だっ!!」
ルツィフェは、その願いを拒否した。アーシャには、自分と同じ孤独を味わってほしくないから。
「お願い、私に償う機会を与えて」
「俺がその時にどうにかすればいいだろ? 俺に命じろ、そう願え!!」
「だめよ。それではルツィフェを縛り付けてしまうわ。もう、私だけでいいの」
自分だけ先に死んで、ルツィフェだけを縛り付けたくなかった。
「……俺の力といっても、ダレルの願いをどうにかする力なら、全ての力を与えなくてもいいってことだよな? ダレルの願いが発動してしまった時に、時間を戻す力を授ける。それでもいいか?」
「ええ、十分よ」
「それまでは、アーシャの時間を止める。ダレルの願いが発動した時にだけ、アーシャが目覚めることができるようにする」
そうすれば、その時が来るまでの間、孤独を味わうことはないから。
一度過去に巻き戻せば、それが永遠に繰り返されるかもしれないけれど、アーシャが自分の前からいなくなるということはなくなるから。
「やっぱりルツィフェは優しいのね。ありがとう。ルツィフェだけは、幸せになってね」
アーシャはルツィフェの隣で深い深い眠りについた。
ただ、この世界に多大な影響を与えるような大きな力を手にしてしまったアーシャの姿は、ルツィフェ以外の者には見えなくなってしまった。




