優しい願いは呪いとなって -07-
「ルツィフェさん、私、お願い事を決めました!」
アーシャが父に呼ばれ不在の中、ミサナはルツィフェにこっそりと告げる。
「なんだ? ダレルとの結婚を願うのか?」
「違いますよ。どんなに頑張っても、私にはどうにもできないことを思いついたんです。私、生まれ変わっても、ダレル様とアーシャお嬢様とルツィフェさんに会いたいんです!」
「はあ?」
突然のミサナの発言に、ルツィフェは首を傾げる。
「輪廻転生ってあるじゃないですか。もしも私が死んで生まれ変わった時に、またみなさんに会えたら嬉しいじゃないですか!」
「生まれ変わってもダレルの生まれ変わりと結婚する気か?」
「いえ、それは、生まれ変わった私が頑張ればいいだけの話です。まずは、会わなければ始まりませんから!」
「本当にお前は変わってるな。今幸せになることを考えないのか?」
「ふふ、今は願い事をする必要がないくらいとっても幸せなんです。それに未来にも幸せが待っているって分かれば、毎日が楽しくないですか? だから、よろしくお願いします。あっ、アーシャお嬢様とダレル様には内緒ですよ!」
ルツィフェはミサナの願いを叶えた。自分の存在が含まれていたことに、心が擽ったいと思いながら。
「今、胸の中で何か弾けた気がしました! 不思議な気持ちです。もしかして、ルツィフェさんは愛の神様って仰っていたから、ルツィフェさんの私に対する“愛”ですかね?」
「……」
「ふふ、ルツィフェさん、ありがとうございます!」
「……俺は先にいつものところに行ってるからな」
面と向かってお礼を言われたルツィフェは、少しだけ気恥ずかしくなった。今まで願いを叶えて礼を言われたことなどなかったから。
「はい! アーシャお嬢様が戻られ次第、すぐに行きますね」
少し経った頃、アーシャが青褪めた顔でミサナの元に走ってきた。
その身体には真新しい傷が付いていた。
「ミサナ逃げて、早くっ!!」
「アーシャお嬢様、どうなさったのですか!? まさか、旦那様に!? その前に早くルツィフェさんに治してもらって……」
バタン、とドアが開き、激昂したヴァンガード公爵が一目散にミサナの前へと向かってくる。
「ミサナ、どういうことだ? お前が王太子殿下の恋人だなんて、身分を弁えろ。お前は育ててもらった恩を仇で返す気か? お前には絶対に身を引いてもらうからな」
ミサナとダレルのことが知られてしまったから。
「お父様っ、ミサナは私のためを思って始めたことです。それに殿下がミサナをお選びになられたのですから、ミサナは全く悪くありません」
「うるさい!! いい加減にしろアーシャ、お前にはもう結婚相手を用意した。そいつと結婚をして世継ぎを作ってもらう。それで今回のことは手を打ってもらった」
「旦那様、それは……」
ミサナがアーシャを庇うように、ヴァンガード公爵の前に立ち塞がったその時、
「ミサナっ、お前は黙れ、永遠になっ」
「……ッ!?」
アーシャの目の前で、ミサナは殺された。
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「私、の、せい……」
アーシャは自室で泣いていた。あれからずっと部屋に閉じ込められ、そして泣き続けていた。
「アーシャ……」
「私のせいでミサナは死んだのよ? 私が変な提案をしたせいで……」
ルツィフェは唇を噛み締めながら、ただアーシャを励ますことしかできなかった。
アーシャが全てを拒んだから。治癒魔法も、触れることさえも、全て。
「アーシャ、時間を巻き戻すか?」
ルツィフェはアーシャのために提案をする。だけど、アーシャは首を縦に振ることはない。
「巻き戻しても、同じことの繰り返しなのよね?」
ルツィフェは何も答えられなかった。答えは分かりきっているのに、ああ、というたった一言を答えることができなかった。
「ごめんね、ルツィフェ、あなたを早く解放してあげるべきなのに、それでも私はあなたに願い事を言うことはまだできない」
「ああ、気にするな」
「優しいのね、本当に優しい……だけど、私だけが幸せになってはいけないわ。だから、さようなら。ルツィフェ」
いつかは言われると思っていた。だから、覚悟はできていた。
アーシャは人間の女性だから、人間の男性と結ばれることが一番良いと思っていたから。その時は、できる限りの力を使って、愛の神様らしく祝福をしようと思っていた。
だけど、こんな別れ方は想像していなかった。
「……ああ、さようなら」
ルツィフェはアーシャの前から姿を消した。最後に触れることも、抱きしめることさえもできずに。
そして、アーシャは初めて会った知らない男性と結婚をした。
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「どういうことだ? 侯爵家の御令嬢と結婚だなんて? 俺には結婚したい恋人がいるって言ったはずだ」
ダレルは血相を変えて猛抗議する。
「残念ですが、そのお方、ミサナ様は殿下のためを思って身を引くとの伝言を預かっております。要らないと拒否されたのですが、少しばかりのお金はすでにお渡ししました。今頃は海を渡っていることでしょう」
「嘘だっ、そんなはずはない!!」
ミサナに限ってそんなことはない、とダレルは声を荒げる。
「いえ、もうすでにヴァンガード公爵家から出て行かれたとのことです。アーシャ様もご結婚されたのですから、連絡を取るのもお控えください。国王陛下が崩御されて、殿下が即位するにあたり、要らぬ誤解を生じてしまっては、争いの火種になってしまわれます」
ダレルが再三確認するも、同じ回答しか得られず、ヴァンガード公爵からも、ミサナは辞めてどこかへ行ったとしか返事はなかった。
使いを出しても、ミサナの姿を確認することはできなかった。
そして、ダレルは国王に即位し、侯爵家の御令嬢を王妃に迎えた。
「せめて俺のことを思い身を引いたミサナのためにも、もしもミサナが他国にいるのであれば、この国に戻ってきたいと思えるように」
その思いを胸に、懸命に国政に力を注いだ。
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あれから四人で集まることはもちろんできなかった。だけど、ダレルはただ一人、ルツィフェとだけは連絡を取り合っていた。
「ルツィフェ、いるか?」
場所はアカシアの木の下ではない。王都の街外れにある教会で、ダレルはルツィフェと会う。
「悪い。いつもここまで来てもらって」
「いや、今日もアーシャに渡すものか?」
「ああ」
ルツィフェは液体の入った小瓶をダレルに渡した。アーシャのためを思い、作っている秘薬。ダレルに仲介に入ってもらう代わりに、ダレルにも同じものを渡していた。
「アーシャのアレルギーが再発したんだってな」
「精神的なものだからな。いくらこの薬を飲んでも治らない」
「だけど、これのおかげで、アーシャはいつも一命を取り留めているらしいぞ」
ダレルもアーシャに会うことは一度も叶っていない。アーシャの手に確実に渡るように、信頼のおける者にこの薬を託していた。
「それで、ダレルは願い事を決めたのか?」
「いや、まだだ。俺以外のみんなは?」
「まだだ」
「そうか」
ルツィフェは嘘をついた。ミサナの願いはすでに叶えている。だけど言えなかった。
ミサナが内緒だと言っていたこともあるけれど、それが死んだ先の未来の願いだったから。




