優しい願いは呪いとなって -09-
1st life
「今日もお話を聞いてくれてありがとう」
今日もアカシアの木の下に一人の少女、アケーシャが訪れた。他愛のない話を、まるで親や友達にするように祠に向かって話しかける。
『またか』
そう思いながらも、ルツィフェはアケーシャのことが気になって仕方がなかった。
美しい顔も、凛とした態度も、まるで彼女が生まれ変わったようだったから。それに、彼女もここが好きだったから。
『アケーシャはアーシャじゃない。アーシャは生まれ変わることなどできない。ずっとあの教会で一人でいるんだから』
ルツィフェは、あの教会で時間の止まったアーシャの隣で長い年月を過ごした。時々、教会にお祈りに来る人の願いに耳を傾けながら。
だけどある時、不意に不安に駆られてしまった。
アーシャが目覚めた時、自分のことを覚えていないかもしれない。
ダレルの願いが発動したと知って、絶望するかもしれない。
アーシャが一生目覚めないかもしれない。
一度そう思いはじめてしまったら、その思考が止まらなくなってしまった。
気付いたらルツィフェは教会から、アーシャの隣から飛び出していた。
一度離れてしまったら、戻ることができなくなってしまった。怖い……
『愛を知らなければ、こんな気持ちも知らなくて済んだのに……』
彷徨って辿り着いた先が、思い出のアカシアの木の下だった。
そこで、ただ時間が過ぎるのを待った。終わりがないことを知りつつも、この思い出の地に居座った。
そして、アケーシャに出会った。いつからか、ルツィフェはアケーシャの話に耳を傾けるようになった。
アケーシャが、ミサナに会う前のアーシャと同じように孤独を抱えていたから。
愛を知らなかったルツィフェが、唯一この子のために何かできないかな、と思ったアーシャと似ていたから。
アケーシャにはルツィフェの姿は見えない。声も聞こえない。だから、代わりに風を吹かせる。
辛く泣いている時でさえも、慰めの言葉すら届かない。だから、こっそりと癒しの魔法をかける。
もしもアケーシャが、自分の力だけではどうしようもできない願いを心から願うなら、その願いを叶えてあげようと思い始めていた。
だけど、アケーシャは願わなかった。あの日までは。
「あなたに願うのも変な話だけど、でも、口にすれば叶いそうな気がしたから。どうか、これから先も大切な記憶だけは、何があっても忘れませんよう」
アケーシャが願ったから、ルツィフェはその願いを叶えた。“この先も大切な記憶だけは、何があっても忘れない”と言う願いを。
そして、ルツィフェの予期せぬことがアケーシャの身に起きてしまう。
アケーシャが斬首の刑に処された。それは、アケーシャの大切な家族であるエイデンが教えてくれた。
エイデンは一人、祠に向かって泣き叫んだ。亡骸さえも連れ帰れなかった、全てを奪われた、と。
大声で泣いても、もう彼を迎えにきてくれる人はいない。
そして、その数日後、
(俺が見えるのか!?)
ルツィフェは心底驚いた。誰にも自分の姿が見えるはずなどないのに、ミモザがルツィフェの存在に気付いて、頭を下げたのが分かったから。
その理由に、ルツィフェはすぐに気が付いた。
(まさか、彼女がミサナの生まれ変わり?)
ミモザがミサナの生まれ変わりだと思ったら辻褄が合う。ミサナが「生まれ変わっても、ルツィフェに会いたい」と願ってくれたからだと。
「どんな願いに変えても、わたしはこの記憶を絶対に忘れない。何があってもずっと、あなたのことを一生背負っていきます」
ミモザがそう願った。だから、ルツィフェはこの願いを叶えてあげた。ミモザの願いはミサナの願いだから、叶えてあげたいと思った。
それに、一人でも多くの人に、アケーシャのことを覚えていてほしかったから。
だけどその瞬間、ミモザがエイデンに殺された。ルツィフェの目の前でミモザが死んだ。
癒しの魔法をかける間も無く、即死だった。
呆然とするルツィフェの耳に聞こえてきたのは、周囲の悲鳴と小さな呟き。
泣きながら、訴えるように呟かれたその願いに、ルツィフェの心が締め付けられた。
「姉様、また、あなたに会いたい、昔に戻りたい……」
過去に時間を巻き戻しても、同じことの繰り返しだと分かっている。やっても意味のないことだと分かっていた。
だけど、何の気まぐれか、ルツィフェはエイデンの願いを叶えてしまった。
『どうか、奇跡を。運命が変わりますように』
神様が奇跡を願うなんて滑稽な話なのに、そう願いながら、過去に時間を巻き戻した。
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2nd life
「私に、もう一度人生のやり直しの機会を与えて下さり、ありがとうございます」
アケーシャのこの言葉を聞いて驚きつつも、ルツィフェは一瞬にして理解した。
『俺は過去に時間を巻き戻したのか? でも、どうして俺はそんな馬鹿なことを?』
ただ同じことを繰り返すだけなのに。もしアケーシャが辛い運命の末に、過去に巻き戻してほしいと願い出たのなら、またその辛い運命を繰り返すだけなのに。
ルツィフェの記憶もまた、過去に時間を巻き戻した時に、一緒に巻き戻されていた。
だから、どうして自分が過去に時間を巻き戻す選択をしたのか、知る由もなかった。
だけど、同時にその言葉に一筋の希望が見えた。
『もしかして、アケーシャは前の人生の記憶があるのか?』
奇跡だと思った。
『未来に起こることが分かっていれば、その辛い未来を回避できるかもしれない。永遠に同じ未来を繰り返されることはないのかもしれない』
ルツィフェは傷付いたアケーシャの心を癒した。
アケーシャの一度目人生がどんなものだったのか、今のルツィフェには分からない。だけどせめて今の自分ができること、心だけは癒してあげたかった。頑張れって応援したくなったから。
だけど、アケーシャの状況は日に日に追いやられていった。
『それなのに、どうしてアケーシャはこんなにも前向きなのだろうか?』
エイデンと出会ってからは、アケーシャに笑顔が増えた。嬉しそうに話すのはいつも彼のこと。
「私の願いは、エイデンの願いを叶えてあげたい、ということ。エイデンは何てお願いするのかな? エイデンのことをずっと見守っていてあげてね」
願うのは、エイデンの幸せ。
『どうしてそんなに、エイデンのことを思いやれるのだろうか?』
誰かのことを一番に思いやれる、その気持ちにルツィフェにも心当たりはあった。
今も一人で教会で眠っているアーシャに会いたくなった。……だけど、やっぱり怖い。
『俺は、こんなにも臆病だったのか……』
それからアケーシャは婚約を解消されて、自ら修道院に入っていった。最後まで前向きだった。それなのに、
『アケーシャが、毒殺された?』
アケーシャの大切にしていたエイデンが泣きながら、祠に花を手向けた。エイデンが憎悪に満ちていくのが分かった。嫌な予感がした。
ルツィフェはエイデンを見守ることにした。それが、アケーシャの願いだから。
嫌な予感は現実のものになる。
エイデンはミモザに会いに行った。ルツィフェはすぐに、ミモザがミサナの生まれ変わりだと気付いた。
ルツィフェの存在に気付き、明らかに驚いた顔をしていたから。それは、ルツィフェの姿が見えるということだから。
だから必死に叫んだ。
『食べてはいけないっ!!』
ミモザには、ルツィフェの声が聞こえているはずだから。だけどミモザは食べてしまった。何も願うこともなく。
『誰もこんな運命を望んではいない』
だけど、願いを叶えることでしかこの世界に干渉できないルツィフェには、なす術がなかった。
そんなルツィフェの前で、エイデンが願った。
「姉様、また、あなたに会いたい。あなたのいない世界では、俺は生きていけない。昔に戻りたい。お願いだから、戻して」
きっと、一度目のやり直しの願いも彼だったのではないか、とルツィフェは思った。
少しの違いはあれど、やはり同じことが繰り返されているのではないか、という絶望とともに。
だけど、過去に時間を巻き戻した。その少しの違いで起こるかもしれない奇跡を願いながら。
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3rd life
「神様、本当にありがとうございます。三度目のやり直しの人生、私は今度こそ幸せになってみせます。一度目よりも二度目の人生の方がずっとずっと幸せだった。だからきっと、三度目のこれからは、もっと幸せになれるはずだから」
アケーシャの言葉を聞いたルツィフェは、驚いた。やはり、ルツィフェには記憶はない。
(三度目のやり直しの人生? ということは、俺は過去に時間を巻き戻したのか? どうして俺はそんな無駄なことをしたんだ? それに、どうしてアケーシャは前の人生での記憶を持っているんだ?)
疑問に思うことは前と同じ。だけど、
(何度もやり直しているというのに、どうしてこんなにも前向きでいられるんだ?)
絶望してもおかしくないはずなのに。やり直したいと思うような人生を歩んできたはずなのだから。
心が傷ついているだろうことが容易に想像がついたルツィフェは、アケーシャに癒しの魔法をかける。
今度こそは幸せになってほしいと思いながら。
今度の人生は、今までとは全く違うらしい。友達もできたと嬉しそうに教えてくれた。しかも、その友達も前の人生の記憶を持っていると。
(もう一人、俺が願いを叶えたいと思う人物がいた、ということなのか?)
自分がその友達の願いを叶えたとしか説明がつかない。その謎は解けることのないまま、時間は過ぎて行った。
今度の人生はうまくいっているように見えた。だけど、このままでは繰り返しの運命から逃れることはできない。
ダレルの願いが発動されたら、アーシャが過去に時間を巻き戻してしまうから。
(また、俺には何もできない……)
ただ見守るしかできない。治癒魔法もほんの少し風を吹かせるだけの魔法も役に立たない。
今はもう、願いを叶えることでしか、この世界に干渉できないのだから。
なす術がなく絶望する中、アケーシャが願ってくれた。
「だからね、あなたにお願いがあるの。それはね、ミモザ様が心から願った時、ミモザ様の願いを叶えてあげて欲しいの。ミモザ様は王太子殿下のことが好きなはずなの。だけど、絶対に認めない。だから、お願いします。私は大丈夫。国外にでも逃げるわ。生きていれば何とかなるもの。生きてさえいれば」
願いを言い終えた時、アケーシャの瞳から涙が零れた。
『アケーシャ、願ってくれてありがとう。君の願いを叶えるよ』
アケーシャの気持ちに感謝をしながら、ルツィフェは魔法をかけた。
自分の幸せよりも、友達の幸せを願い、国の未来を願ってくれたから。
それは、アーシャが目覚めて絶望するのを防ぐことができるということでもあったから。
ダレルの願いが発動すれば、アーシャが目覚め、時間を巻き戻すことになる。アーシャは目覚める度に、ダレルとミサナのことを思い出し、傷付く。それが永遠と繰り返される未来は、絶望でしかないから。
「ありがとう、やっぱり今までもあなたが願い事を叶えてくれていたのね。本当にありがとう。それなのに、あなたのために、願うことができなくてごめんなさい」
その言葉に、胸が締め付けられた。ここにも自分のために願ってくれようとした人がいる。しかも、姿も何も見えないのに。
『大丈夫だよ、君がそう思ってくれただけで、俺は嬉しいから』
そう伝えたくても、アケーシャに声は届かない。だからルツィフェは、風を吹かせた。
だけど、そのミモザは願わなかった。だから、ダレルの願いが発動されてしまった。
アーシャが今、目覚めて何を思ったのかを想像するだけで、ルツィフェは絶望した。
だけどその時、ミモザが願った。
「次は、アケーシャ様になりたい」と。
少しだけ、希望が生まれた。願いを叶えることで、明らかに違くなる次のーー彼女たちの四度目のやり直しの人生。
『どうか、今度こそは、君たちが幸せになれますように』
そう心から願えるくらい。




