優しい願いは呪いとなって -06-
「ルツィフェ、あなたは愛を知らなすぎる」
毎度のように告げられるその言葉に、ルツィフェはうんざり顔だ。
「愛なんか知らなくても、俺は愛の神様だ。神様って言ったって、ただ願いを叶えればいいだけなんだろう?」
不貞腐れながら文句を言うルツィフェに、最終通告とばかりに言い渡す。
「あなたに試練を与えます。愛を知るまで、あなたは地上で願いを叶え続けなさい」
「んなもん必要ねえよ。それに、そんなあやふやじゃ、何をしたらいいか分かんねえし」
血相を変えて、ルツィフェは叫ぶ。
「では、課題を与えます。1つ、愛することを知る。2つ、愛されることを知る。3つ、愛を結ぶ。この試練に相応しい相手三名には、あなたのその姿を見え、触れられ、声も聞けるようにします」
「はあ?」
「その過程で、たくさんの人の願いを叶え、人を救いなさい。誰かの願いを叶えることで、あなたの力も増していきます。そして最後に、その願いの中に、あなたの願いを叶えたいと願われた時、試練が終わります。それまでは、ひたすら地上を彷徨い、願いを叶え続けなさい」
「……なんだよそれ? 愛されるならまだ分かるけど、愛するってなんだよ? 俺は人間の女なんかに絶対に惚れねえし」
「人間の女性に惚れた時は、もちろんその女性と結ばれることを許します。その者をここに連れてきて一緒に暮らしてもいいですよ」
******
「ルツィフェ様、ルツィフェ様!!」
「ん、ああ。寝てたか」
ミサナの声に、ようやくルツィフェは目を覚ます。今日もまた、アカシアの木の下に四人はいる。
「寝てたか、じゃないですよ!! アーシャお嬢様の膝枕で寝るなんて羨ましすぎます!!」
ルツィフェが横たわった姿勢のまま、アーシャを見上げると、読んでいた本で顔を覆い隠しつつも、頬を赤く染めたアーシャが、ルツィフェにだけ分かるように優しく微笑んでいた。
「なんだ? ミサナはダレルに膝枕してやんねーのか?」
「ひ、膝枕って!?」
「ダレルもミサナにしてもらいたいだろ?」
「ああ」
「ええっ、ダレル様!!」
「ミサナと一緒のベッドで寝たいだろ?」
「どうしてそんな話に?」
さすがにダレルも素直に頷けない。
「ルツィフェ様ったら、アーシャお嬢様のベッドで一緒に寝てるんですよ!! それも毎日!!」
「!?」
「驚きますよね、そうですよね!!」
アーシャに言っても流されて、ルツィフェに言ったら「お前らはまだなのか?」「ミサナは欲求不満か」と揶揄される。
やっと、正常な判断をしてくれる同志を見つけたミサナは喜ぶ。
そんなダレルとミサナは、ルツィフェに煩いと追い出され、散歩を始めた。
「でも、アーシャお嬢様があんなに楽しそうにお話されてるのを見て、私、とっても嬉しいんです。ずっと無理をなさっていたのを知っていますから」
伏し目がちに告げるミサナに、ダレルは決意する。
「ミサナ、俺たちももう無理するのはやめよう。もうそろそろ限界だと思うんだ」
突然のダレルの提案に、ミサナは溢れ出しそうな涙を堪える。
「はい、私はいつでも覚悟はできております。今まで良い夢を見させていただき、ありがとうございました。まるで物語のお姫様になった気分でした」
その手はぎゅっと拳を握りしめ、肩が小刻みに震えている。その肩を引き寄せて、ダレルはミサナを抱きしめた。
「ミサナ、俺と結婚してくれ」
「……へ?」
「ふっ、あははは」
しっかり者のミサナにしては珍しい間の抜けた声に、ダレルは思わず笑ってしまった。
「酷いです! 笑うことないじゃないですか! それに、そんな変な冗談を言うなんて……」
「冗談じゃなくて本気だよ。俺はミサナが好きだ。愛している。だから、俺と結婚してくれ」
その金色の瞳には、涙を零し始めたミサナを真っ直ぐに映し出していた。
「嬉しいです。だけど、ダレル様と私では身分が違いすぎます。きっと側室でも許されません」
「側室なわけがないだろう? 俺はミサナしか愛さない。ミサナ以外の女性を、正室はおろか側室にだって迎える気はさらさらない」
「ダレル様……」
「ミサナ、もう一度言う。何度でも言う。俺はミサナが好きだ。俺と結婚してくれ」
ぎゅっとダレルを抱きしめたミサナは、ダレルを見上げて満面の笑みを浮かべた。
「はい、喜んで」
ダレルとミサナはゆっくりと唇を重ねた。必ず幸せになろう、と誓いながら。
「初めてキスをした人と結婚するのが夢でした。それがダレル様であることが、私はとても嬉しいです」
もう一度、ダレルとミサナは抱きしめあった。
二人は手を繋いで、アカシアの木の下で待つアーシャの元へと戻っていった。
すると、満面の笑みを浮かべたアーシャが待ち構え、喜びを隠しきれず、二人の元へと駆け寄る。
「ミサナ、おめでとう! ……きゃあっ!」
「大丈夫か!? ってごめん!!」
二人の目の前で躓いてしまったアーシャを、咄嗟にダレルの手が支えた。
だけど、アーシャは男性アレルギー……
「アーシャお嬢様っ、大丈夫、ですか?」
「……だい、じょうぶ?」
だけど、発疹も発作も発症しなかった。
今までどのような薬を飲んでも治らなかった。それなのに、治ったということは、考えられることはただひとつだけ。
アーシャとミサナはルツィフェに目を向けた。
「もしかして、ルツィフェが治してくれたの?」
「俺は何もしてねえよ。ただ……」
「ただ?」
「アーシャが恋がしたいって思ったからじゃねえの? 俺、愛の神様だから」
にやりと笑った、ルツィフェは自慢げに告げた。愛の神様だ、と。
今までは、愛なんてどうでもいいと思っていたのに。
「愛の、神様?」
「ああ、だけど肝心な俺が愛を知らない。だから追放された。ただそれだけだ」
ふっと自嘲気味に言ったルツィフェの手を取り、アーシャは自分の頬に寄せる。
「やっぱり、ルツィフェを追放してくれた方に感謝しなければね」
ルツィフェは愛おしそうにその姿を眺めた。この気持ちが何なのか、もう気付いている。
「ルツィフェさんは、願い事を叶え終わったら、いなくなっちゃうんですか?」
「……まあ、似たようなものかな? なんだ? 願い事を言う気になったか? 例えば、身分の差とか」
ダレルをわざとらしくちらりと見るも、ダレルは、首を左右に振る。
「これくらい説得できないんじゃ、その後にミサナを辛い目に合わせるだけだ。みんなを説得するのは俺が自分でする。それはケジメだと思っているから」
「はい。私はいつまででもお待ちします。もし結婚ができなくても、私はこの思い出だけでも幸せですから」
ダレルとミサナは顔を合わせ、嬉しそうに笑い合っていた。
「本当に変わってるな」
ため息をつくルツィフェの横で、アーシャは呟く。
「羨ましいわ。私も結婚したくなったかも」
その瞳はルツィフェの方を向いている。だけど、ルツィフェは気付いてないふりをした。
「その時は私、必ずアーシャお嬢様のお子様を大切にお育てします!!」
「ミサナ、お前は王太子妃になるんだぞ?」
「王太子妃!? そう考えると、不安になってきました」
「大丈夫よ。きっとなんとかなるから。私もミサナのサポートをするわ」
「アーシャお嬢様!! やっぱりアーシャお嬢様が一番です!」
「ミサナ!!」
アカシアの木の下に笑い声が響く。ただ、幸せはそう長くは続かなかった。




