優しい願いは呪いとなって -05-
「それで、アーシャはどうして、自分に暴力を振るう父親から逃げないんだ?」
ダレルと別れ、アーシャとミサナはアーシャの部屋に戻った。ルツィフェも一緒に。
ルツィフェの言葉に、言葉を詰まらせてしまったアーシャは、少しだけ逡巡し口を開いた。
「……神様だから、分かるの?」
「まあね」
きっと全てを知っているのね、とアーシャは観念する。
「そう簡単に、家を出ることなんてできないのよ。それに、暴力と言っても躾の一環だから」
「だけどっ、」
ミサナが口を挟もうとするも、アーシャがそれを制止する。
躾と言えば、なんでも許されるなんておかしいです、とミサナはいつも泣きながら、アーシャの手当てをしてくれていた。
その暴力も、最近はまだ少なくなった方だった。それまでは、癇癪を起こしてはアーシャに暴力を振るうことが当たり前だったから。
幼い頃に母が亡くなってから、それはずっと続いていた。
ミサナに会うまでは、一人でアカシアの木の下で泣いていた。ミサナと出会ってから、ミサナだけが「仕方がない」で済まさずに、あのアカシアの木の下で一緒に泣いて寄り添ってくれた。
「俺なら叶えてやれるぞ。男性アレルギーも治せるし、その痣も綺麗に消せる。なんなら一緒に逃げることだってできるぞ?」
「魅力的な誘いね。だけど、それはできないわ」
「どうして?」
「私は、ミサナと殿下の恋を見届けなきゃ」
突然自分の名前が出てきたことに、ミサナは驚いた。
「そこで私ですか!?」
「ふふ、もちろんでしょ。私はあなたたちを見ていると、もしかしたら恋もいいものかもしれないって、思えてきたんだから」
「じゃあ、魔法でミサナたちの恋を叶えてやるか?」
「魔法で叶っても嬉しくありません!!」
ルツィフェの提案に、ミサナは全身全霊で拒否した。
「だって、ふふ」
「本当に、お前らおかしいな。まあ、俺も恋ってやつを知りたいから、ちょうどいいや」
「あら? あなたも恋を知らないの?」
「さあな」
ルツィフェはごろんとアーシャのベッドに寝転がった。
「ああっ! アーシャお嬢様のベッドに寝るなんて、だめですよ!!」
「なんだよ。別にいいだろ? 俺はアーシャと一緒に寝るんだから」
ルツィフェはすでにベッドの上で目を閉じていた。
「あんなこと言ってますよ! アーシャお嬢様も怒ってください!!」
「……別にいいわよ」
「えっ!?」
アーシャは顔を背けながら、ミサナに言った。その顔は耳まで赤い。
「だって。ミサナもさっさとダレルに一緒に寝てくれって頼めば? なんなら魔法で叶えてやろうか?」
「じ、自分で言います!」
真っ赤な顔をしてミサナが叫ぶ。
「まあ、ミサナったら大胆ね」
アーシャの言葉に、今さっき自分が言ってしまった言葉を思い出したミサナは、一気に焦りを見せた。
「じゃなくて!! 遠慮します!!」
「ふふ、照れちゃって」
「もう、アーシャお嬢様ったら!!」
本当にルツィフェはアーシャの部屋に居座った。最後までミサナが部屋を出て行くように、と嗜めたが、聞く耳を持ってくれなかった。
「本当に一緒に寝るの?」
すでにベッドの上に横たわっているルツィフェの隣に座ったアーシャは、答えの分かりきっている質問をした。
「ああ、そのつもりだ。アーシャだって、睡眠薬なんて飲まなくても眠れるはずだぞ? なんなら子守唄だって歌ってやる」
「本当になんでもお見通しね。でもどうして私なの?」
「分からない。だけど、お前といると落ち着く」
本当は気付いている。だけど、分からないふりをした。
アーシャはベッドに寝転んだ。瞳を閉じて温もりに触れた瞬間、深い眠りについた。
******
ルツィフェの姿は本当に、アーシャとミサナとダレルにしか見えないらしい。
どこに行くにもルツィフェはアーシャに付いてくる。もちろんお風呂と着替えとトイレの時は、どこかに行ってもらってはいるけれど。
「本当に見えないのね」
しみじみとアーシャは言う。初めのうちは隣に、しかも、とても近い距離に男性がいることに一種の背徳感があった。が、今はもう慣れた。
隣にいるのが当たり前になっていた。
「俺が嘘を言ってるとでも思ったのかよ?」
アーシャはルツィフェをじーっと見つめた。
アーシャの目の前には確実に存在している。だけど、三人以外には見えていないという現実がアーシャの心に重くのしかかる。
「本当に、神様、なのね……」
その言葉は、少しだけ悲哀を滲ませていた。
「追放された、な」
“追放”とわざと強調するルツィフェの言葉に、アーシャは期待してしまう。目の前からいなくならないかもしれない、と。
「それなら、追放してくれた方に感謝しなくちゃ」
「何だよ、それ?」
「ふふ」
嬉しそうに笑うアーシャの髪を、ルツィフェはその指で梳く。
「綺麗な髪だ」
「髪だけ?」
「さあな」
優しく触れられる度に、アーシャの中の全てが癒されていった。




