ミモザの心苦しい恋と時戻り -09-
とうとう、ミモザが貴族学園に入学する日が来てしまった。
「目標! 絶対に王太子様とは関わらないこと!!」
そう心に決め、入学式に挑んだ。胸がちくりと痛んでも、前の人生のアケーシャのことを考えたら、そうしないといけないと思った。
「ねえ、今、王太子殿下がこちらを見てるって!」
「もしかして、私のことを見てくれてるのかしら?」
「そんなはずないじゃない。気のせいよ」
「あなただって、本当はそう思ってるくせに」
ひそひそと聞こえてくるクラスメイトの話声に、ミモザは嫌な予感がした。
(大丈夫、きっと前の人生で目が合ったのも、気のせいだったのよ。絶対にあり得ないから)
入学式が始まって、ずっと壇上を見ないように、顔を俯けていた。絶対に関わらないために。
だけど、声は聞こえてきてしまう。優しく愛を囁いてくれた彼の声が。
その声を聞くだけで、ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。
(だめ、絶対に顔を上げてはだめ。……だけど、少しくらいなら、無事を確かめるためなら……)
少しくらいなら、と顔を上げてしまった。その瞬間、目が離せなくなってしまった。
(……気のせいじゃ、なかった)
前の人生でも、確実に自分のことを見てくれていたんだな、と確信してしまった。
その事実に、ぽろぽろと、涙が零れ落ちて止まらなくなる。
「え? ちょっと、あなた大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
突然泣き出したミモザを心配して、隣の席の女生徒が声をかけてくれた。
「ふふ、もしかして、王太子殿下の美しさに感動してしまったの? 分かるわ〜、でも好きになったらだめよ。アケーシャ様って婚約者がいるのだから」
「もちろんです。アケーシャ様にご迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「迷惑も何も、D組の私たちじゃ、まずあの方たちの視界にも入れないわよ。ふふ、あなたって面白い子ね」
(そうよ、絶対にだめ。絶対に関わらないって決めたんだから! こうしてはいられないわ。入学式が終わるのと同時に、教室に直行しなくちゃ。絶対に中庭には寄らないんだから!!)
その思惑通り、入学式を終えると直ぐに教室に戻った。誰にも話しかけられないように、一目散に。
(ふう、これできっと大丈夫。これで王太子様の視界には入らないわ。そうだ! 今度の人生はお友達をいっぱい作ろう!)
式の最中に、心配して気軽に声を掛けてくれたことが嬉しかった。前の人生では、クラスメイトの殆どに気を使われているということを、ひしひしと感じていたから。
さっそく持ち前の明るさで、何人かのクラスメイトと仲良くなることができた。
(やっぱりみんないい人だったんだ。やっぱり、わたしが悪いことをしていたから、みんな冷たかったんだね)
「ミモザ様は、お昼はどうなさるのですか?」
「カフェテリアに行こうかな、と思っています」
「それなら、ぜひご一緒に」
「はい!」
この学園内にカフェテリアを始めとした食事ができるところは数カ所ある。ミモザが行こうとしているのは、一番安い価格設定のカフェテリア。上流貴族はまず来ない。
クラスメイトとカフェテリアに行く準備をしていると、突然男の人がミモザを尋ねてきた。
「ミモザ様は、いらっしゃいますか?」
「はい、わたしですが?」
(この人……)
その人を見た瞬間、一瞬にして青褪めた。
「王太子殿下がお呼びです。中庭までお越しください」
前の人生と同じ。ダニエルの側近で、入学初日にミモザを呼びにきた人だったから。
「えっ、無理です。わたし、今からお友達とカフェテリアに行くんです」
だから、はっきりと拒否した。今のミモザに不敬なんていう言葉は頭の中にない。頭の中にあるのは、いかにこの誘いを断るか、だ。
だけど、ミモザのこの答えに、クラスメイトが焦った。
「ちょ、ちょっと、ミモザ様、何を仰ってるの!? 行かなければならないに決まってるじゃない!! 私たちのことはお気になさらないで、さあ、行ってらっしゃい」
どうしてか、近くにいたクラスメイトががみな、満面の笑みで送り出そうしてくる。
「えっ!? わたしはみなさんとカフェテリアに」
「もうっ、途中まで一緒に行ってあげますから。王太子殿下とお話しできる機会なんて、今を逃したら二度と来ないわよ!! 入学式で人目見ただけで感動して泣いちゃうほど憧れてるんでしょ?」
むしろ、お話しできる機会なんて、二度と来てはいけない。だけど、クラスメイトに連行されて、ミモザは逃れることができなかった。
(え、何で? どうしてみんなそんなに乗り気なの?)
前の人生では、ダニエルとのことが原因で虐められたのに。
(あっ……)
中庭に着いた瞬間、ダニエルを見つけてしまった。
(だめ、逃げなきゃ!!)
反転しようとしたその瞬間、背中を押されてしまう。
「がんばれ、ミモザ様!!」
(だから、どうしてそんなに応援してくれてるのよ!?)
わけが分からなかった。どうしたらいいのかもわからず、一か八か顔を上げた瞬間、目の前には、ダニエルが立っていた。
ミモザが映し出された金色の瞳が、弧を描く。
「……やっと、見つけた、君の名前を教えてくれ。俺は、君にずっと会いたかったんだ……」
前の人生と同じ言葉に、ドクンドクンと心臓が早鐘を打ち始める。
(大丈夫、名前だけ、まだ名前を聞かれただけだから)
「ミモザ、です。ミモザ・スコットです」
「ミモザ、か」
名前を呼ばれた瞬間、鼓動が一気に跳ね上がった。ダニエルの満面の笑みに、目が離せなくなる。
(どうしてこんなに格好良いの? だめだよ、ずるいよ、……もっと私のことを見て欲しくなっちゃうよ……)
ダニエルの手が動こうとした瞬間、我に返り、咄嗟に両手を背中に隠した。
(わたし何を考えてるの? 絶対だめに決まってるじゃない)
「はは、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
「え、あ、すみません……」
「そこのベンチで、少し話をさせてくれないか?」
「……はい」
少しだけ躊躇った。きっと、これからあの話をされる。だけど、断れるわけがない。
ベンチに隣に座った。少しだけ距離を空けて。そして、ゆっくりとダニエルが話はじめた。
「あの時、助けてくれてありがとう」
「な、何のことですか?」
もう、知らないふりをするしかなかった。
「どうして知らないふりをするの? 俺は君のことを覚えている。君が……」
「夢です。きっと夢。それか、そっくりさんですよ。わたしなんて、平民の出です。スコット男爵家に養子にしてもらっただけで、本当に貧乏な平民なんです。だから……」
もう、それ以上は言わないで。気付いたら、ぽろぽろと涙が溢れ出していた。
これ以上嘘はつきたくなかった。初めてのキスの思い出を、なかったことにはしたくないから。
ダニエルがゆっくりとベンチから立ち上がり、ミモザの正面に跪く。そして、膝の上に乗せていたミモザの手に、そっと自分の手を重ねてきた。
「!?」
思わず、顔を上げてしまった。
「ミモザがどんな出自でも、俺は気にしない。でもそうか、ちょっと俺も焦りすぎたね。ゆっくりと心を開いてもらえるように、俺が頑張るしかないね。だけど、信じてほしい」
ミモザの手をそっと取り、優しく口付けをされた。
「俺は、本気だから」
もう、逃げられない。
金色の瞳は一切の揺らぎなどなく、今もミモザだけを真っ直ぐに見つめている。目を逸らすことなんてできなかった。
(本当にずるいよ、反則だよ……)
ずっとこの瞳に映っていたい。そう思ってしまった。




