ミモザの心苦しい恋と時戻り -08-
「夢、だったの?」
だけど、そんなはずはない。あれほどまでに、長くてリアルな夢などあるはずがない。
「わたし、死んだはずじゃ……」
そう思った瞬間、全身が震えて止まらなくなった。
ミモザは殺された。痛いと思う間も無く、意識が途絶えた。……はずなのに、次の瞬間には、いつものように目を覚ました。
そして、自分が寝ていた布団が視界に入った瞬間、涙が零れ落ちた。布団の上に掛けられた懐かしいブランケットの模様ーー綺麗な花の刺繍。
「えっ、嘘……」
慌てて、きょろきょろと周りを見回す。
「ここ、お母ちゃんと住んでいた家だ」
狭くてぼろぼろの家。だけど、家中の至る所に綺麗な刺繍が飾られている、とてもあたたかい家。一気に心が落ち着いた。
「今が、夢?」
そう思ってすぐに、懐かしくもあり、聞きたくても聞くことが叶わなかった声が、ミモザの耳に聞こえてきた。
「起きたのかい? おはよう、ミモザ。10歳のお誕生日おめでとう」
一気に涙が溢れ出した。
「お母ちゃん!」
思わず、母に抱きついてしまった。
会いたくても会えなかった母が、今ここにいる。もう、絶対に離れたくない。
「どうしたんだい? 怖い夢でも見たんかい? あっ! はい、誕生日プレゼント。これで元気を出しとくれ」
その誕生日プレゼントを見た瞬間、確信する。
(やっぱり、わたし、過去に戻ったの?)
それは、間違いなく前の人生で一番の宝物だった刺繍のハンカチだったから。
今日は、ミモザにとって、二度目の10歳の誕生日。
ミモザの、二度目の人生が始まった。
2nd life
「お母ちゃん、ありがとう。絶対に大切にするから!」
「ああ、そうしておくれ。ミモザもそろそろ用意しなさい。今日は教会に行かなくちゃいけないんだから」
「あっ!」
ミモザは思い出した。
10歳の誕生日には、もう一つ、決して忘れることの出来ない、大切な出来事があったことを。
母を仕事に送り出す時、近道はするなと、やはり釘を刺された。だから、余計に思った。
「早く行かなきゃ!!」
すでに食べ始めていた朝食をそこそこに切り上げると、直ぐに教会に向かった。
正確には、教会に向かう途中の崩落事故の現場に、まっすぐに向かった。
「もしかしたら、崩落する前に間に合えるかも!」
間に合えば、通ろうとしている馬車を片っぱしから止めればいい。しかし、その願いも届かなかった。
「嘘、間に合わなかった……」
崩落事故の現場に着いた瞬間、絶望に近いものを感じた。すでに崩落した後だったから。
「……ううん、こうしちゃいられない! 早く助けなきゃ」
気を取り直し、岩石の残骸を乗り越えて、ひたすらあの場所を探した。
「あった……」
潰された馬車を確認すると、前の人生の時と同じように、岩の隙間から馬車の中へと入った。一切の躊躇いもなく。
「間に合わなくて、ごめんなさい」
馬車の中に入ると、大人の男の人は、息絶えていた。前の人生と同じように。だから、一生懸命叫んだ。
「王太子様、しっかりして!! 今助けるから!!」
ぴくり、と反応したその手を、すぐに握りしめた。
「もう少しだけ、頑張って。今助けるからね」
必死でダニエルを広い空間に助け出した。やっぱり意識がない。呼吸も浅い。
直ぐ様、馬車の中に落ちているはずの小瓶ーー幻の秘薬を探した。
「あった!!」
少しだけ躊躇った。だけど、瓶からだと飲んでくれないのは分かっている。
「……キスのカウントに入れないでくださいね。治療行為だから、仕方なく、だから……」
この出来事を覚えていることは知っている。だから、あえて言葉にした。
そして、幻の秘薬を口移しで飲ませた。ゆっくりと、確実に、そして、愛しいという気持ちを全て注ぎ出すように。
「これできっと、もう大丈夫ですから」
ダニエルの容体が落ち着いてきたのを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。
「良かった、本当に……」
涙がぽろぽろと溢れ出した。
二度目でも、大切な人の苦しんでいる姿は見たくない。前の人生のように、助かるとも限らなかったから。
これで、最後にしなければならないから。
馬車の中からダニエルを救い出すと、すぐに迂回路との分かれ道に走り、助けを求めに行った。
さすがに今度は、彼が王太子だということが分かっている。変な人に彼を託すことはできない。
すると、運良く身分のしっかりした人に会い、その場を引き継いで、ミモザは名乗ることなく逃げる様に教会へと向かった。
名乗ってしまったら、またアケーシャに迷惑がかかるかもしれないと思ったから。
教会に着くと、礼拝堂の隅に座って眠っている老婆だけがいた。やはり何も変わらない。
ミモザは、静かにお祈りを捧げた。
「神様、わたしも10歳になりました。……王太子様が早く元気になりますように」
(願うだけなら、良いよね……)
「あと、わたしはお母ちゃんと離れたくありません。ずっと一緒にいたいです。どうか、よろしくお願いします」
お祈りを終えると、歩いて家へと帰っていった。
それからは、前の人生と同じような日々を辿った。
二度目の人生だということもあり、少々の軌道修正をしながら過ごしてた。
だけど、養子に出され、母と音信不通になってしまうことは、変えることができなかった。




